005 みんなで朝ご飯

 香り漂う茶色パンにナイフを入れ手頃な大きさに切り分けていく。外が少し固めなパンの中の適度な弾力がナイフを通じて手に伝わってくる。そうして切り終えたパンを皿に置き、またパンにナイフを添え軽く押しながら動かす。

 今は市場から少し離れた広場のベンチで朝食の準備の最中である。まだ朝ということもあり人通りは少なく静かで、ひんやりとした冷たさの残る空気を感じながら準備を進めていく。


「いやー、さっきはびっくりした。まさか見破られるなんて」

「私もすぐにお止めするべきでした」

 ライカが木製のコップにミルクを注ぎながら言う。

「ライカは悪くないよ。私の気が緩んでた」

 ワーラの街では魔法鞄であるということは誰にも見抜かれなかったためすっかり油断していた。森にいた時からこの鞄を使用しているが、これが貴重な品であることは十分理解している。人が集まる場所では看破される危険があるため特に注意しなければならない。

「近年魔法袋や魔法鞄を所持する冒険者が増えているという噂があるそうですが、仮に噂が本当であったとしても貴重な品であることに変わりありませんからね。盗難されないよう警戒します」

 2個目のコップにミルクを注ぎ終えバスケットから木の平皿を取り出したライカが続ける。

「ペンネ様もお気をつけください。それと、街中であれなど取り出されないように」

 釘を刺されたため「はーい」と返事をしておき、ワーラでの一騒動のことを思い出す。簡単な人助けを行った際に街中で筆を取り出し、そして使用したことでそれが噂として広がりかけたのだ。話が大きくなる前に騒動を鎮めることができたが、このタンダルで「不思議な筆を使う魔法使いがいる」などという噂が広まればあっという間に拡散されて収拾がつかなくなるだろう。そうでなくとも魔力がないというだけでも好奇の眼差しを向けられてしまうことは容易に想像がつくので、可能なことなら目立たないように立ち回りたい。

 などと考えている内にライカが平皿にミルクを注ぎ終えてベンチに置く。するとどこからともなく見覚えのある黒猫、もう1人の仲間であるクロームが現れた。人間があまり得意ではないクロームは混雑が予想される市場には同行しなかった。朝食の時に合流すると約束していたが、ちょうど準備が終わった時を見計らったかのように出てきた彼女に感心する。本獣は訝しむような目でペンネを見ていたが、すぐに興味は目の前の朝ご飯に移ったようだった。

「それじゃ、食べよっか」

 掌を合わせ心の中で感謝の祈りを手早く捧げ、パンを手に取った。

 

 


 

 結論から言えば、満足のいく食事だった。橙色のジャム――オレンジパールのジャムがパンやミルクと相性がよく食が進んだ。パールという柑橘系の果実から作られており、オレンジパールは甘みと酸味の調和がとれたよく市場に出回り入手もしやすい品種だ。そのままでもおいしい果物なので、森にいた頃はそのまま食べたり野菜と和えてサラダとして食べることが多かった。少し甘すぎるような気もしたが、その甘さがミルクと相性が抜群だった。

 合間に摘まんで食べていたレーズンはペンネが知っている黒々としたレーズンよりも少しだけ粒が大きいが実は柔らかく、何よりも鮮やかな明るい色をしている。葡萄の風味がほどよく残りほんのりと甘酸っぱく優しい味わいで、2人とも自然と手が伸びており気付けばいつの間にかなくなっていたのでライカと顔を見合わせて笑ってしまった。

 クロームは平皿に注がれたミルクをお上品に飲み干し、今は果実に夢中になっている。ペンネの手にすっぽりと収まる程度の大きさのレッドアップル、その1切れを前脚で器用に押さえてしゃりしゃりとかじりついている。少し大きく切れた果実の欠片を奥歯で咀嚼する表情はなんだか幸せそうで見ているこちらも嬉しくなってくる。

 その様子を見ていると、ライカがレッドアップルを1切れ手渡してきたのでそのまま顔を近づけて口に入れる。ふやけた声でお礼を言うと一瞬だけ目を丸くしたライカに「お行儀が悪いですよ」と注意された。微笑んでいるので怒っている訳ではないのは明白だが、小さい頃は当然のようにお互いに食べさせ合いをしていたことを思い出し少しだけ寂しい気持ちになる。

 ふと視線を感じ目線を落とすとクロームがこちらを見ている。咥えていた果実の先端を指で千切りクロームに差し出すと、何かを言いたげだったクロームはライカを一瞥した後にその小さな欠片を口で受け取り味わうように咀嚼する。それを見ながらペンネもまた果実を口にして食後のひとときを楽しんだ。





 ペンネの持つ魔法鞄は一級品であるため、中に入れた品が劣化することはない。食品であれ素材であれ取り出すまでは時間の経過が止まり新鮮な状態が保たれる。とある人からもらった特別な品であり、ペンネにとってなくてはならない物ではある。ただ、食品と他の物――例えば魔物の素材などを一緒に入れておくのは大丈夫とは分かっていても精神的にあまりいい気はしないのでどうにかしたいところ――そう思いながら半分ほど残ったジャム瓶とクローム用に少し残したミルク、その他バスケットや食器も人がいない時を見計らい全部魔法鞄にしまいこんだ。

 食後にクロームとは一旦解散し、ライカと2人で街を散策する。タンダルの中央広場付近に主要な施設が揃っているようで、冒険者ギルドもそこにあった。中に入ると3組ほど人がおり、ある者はテーブルで話を、ある者は受付で金貨を受け取っている。今日は仕事はしない予定だが明日からは街の外へ出るつもりなので、ペンネは依頼を確認するためライカと共に受注板の前へ移動する。

 依頼受注板には依頼が張り出されており、この中の受けたい依頼書を剥がし受付に持って行き受注処理をしてもらうことで依頼を受けることができる。今は10件ほど依頼書が張り出されており、見習い級のペンネが受注できるのは1つ上の銅級の依頼より下の難度の依頼――つまり銅級と見習い級の依頼だ。ライカは銅級なので銀級の依頼を受けることができるが、銀級より上の依頼は依頼の難度も上がりそれに伴い命を失う危険も高まるので今は受けないことにしている。もっとも今は銀級以上の依頼は1つもなく、もっといえば魔物討伐の依頼も2件しかない。

 その中から良さそうな依頼書を3件剥がし受付に持って行くとすぐに若い女性が現れたので依頼書と冒険者カードを手渡す。

「おはようございます、依頼の受注ですね?」

「はい、お願いします」

「見習い級の薬草採取が2件と……あれ、銅級のゴブリン討伐も受けられますか?」

「はい、受けます。あ、受けるのは私じゃなくて彼女です」

 ライカが冒険者カードを差し出すと「かしこまりました」と言い、受付嬢が受注処理を始める。カードを石版にかざし登録情報を確認し、すらすらと万年筆を台帳に走らす。手続きはすぐに終わり依頼書とカードが返却される。

「受注完了しました。ゴブリン討伐はペンネさんもご一緒されるのですか?」

「はい、勉強のために」

「タンダルの周囲は強い魔物はあまりいませんが、何があるか分からないので十分気をつけてくださいね」

 「はーい」と返事をすると「お気を付けて、無事に帰って来てくださいね」と親切な受付嬢は笑顔で見送ってくれた。



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