第45話

「いいだろう」

ジスラは無表情だ。ソテは気に入らない。

(俺は、他人がされて嫌なことが手に取るように分かる)

前にアントナをモデルにした主人公を小説に出したとき、溺愛している妻に関する記憶を全て消して絶望させる話を書いたことがある。もちろん本人には黙って出版したが。

(公衆の面前でアイマスクを外してやる……!)

自然と悪い笑みが漏れる。ゲーム機を握るソテ。

「ジスラ!俺が勝ったらそのアイマスクを取ってもらう!」

どよめく声。

(動揺しろ!ゲームに集中出来なくなれ!)

「……ふふ、面白いな。いいだろう」

「えっ?」

「ただし、お前が負けたら、」

「ぬっ!?」

しまった。

これは想定していなかった。


「『メデューサの夜』の続編を書け、ソティリウ」


「……へ?」


『メデューサの夜』

ソテのデビュー作である。荒削りで全く売れず、落胆した記憶が蘇る。

(たしかメデューサと呼ばれて恐れられた蛇の目を持つ女が世界に復讐する話だったな……その続編を待っている読者がいたとは)


「い、いいだろう!俺は筆を持てば何でも書ける!」


「お前を負かし、続編を読めるのが楽しみだ」


「チッ……!」


正面に座るとジスラという男の迫力が伝わる。大男はアントナで見慣れていると思ったが、ジスラはアントナと違い鍛えている体付きをしている。保安官をしていると聞いた。世界のために働いているのだ。

(世界を壊す物語を書いている俺とは正反対というわけか)

だからこそ、ここで負かせば

(復讐心が満たされる!)


何度かやったことのあるゲームだ。アントナがたまにやっているところを取り上げていただけだが。

「……」

振動に意識を集中する。

(画面を見なくても振動で判断すればクリア出来るゲームだ。ジスラが強いのは目に頼っていないからだな)

「ふふ……」

「な、何がおかしい」

「画面を見た方がいい。何故見ない?」

(そうだ!コイツは魔力感知で外界を見ている!俺とは視界が違う……!)

ソテが目を瞑る。

「目を……閉じた……?」

「……ゲーム機の振動だけ使う!余計な物を視界に入れないためだ!」

「……!」

真っ暗な世界の中で手に伝わる振動だけを頼りにクリアを目指す。ジスラには魔力感知があるが、ゲーム画面には通用しないはずだ。これで条件が同じになった。

「俺は卑怯だが……」


「それでもプライドはある……!」


アイマスクの下、ジスラの目が見開いた。



結果は、ジスラの圧勝だった。汗だくになったソテがジスラを睨む。

「続編を楽しみにしている」

「……お前、性格が悪いぞ」

「そうか?はははっ」

ジスラの笑い声。女性ファンがザワつく。

「は、初めて聞いたわ!笑い声!」

「配信でも笑ったことないわよね!?」

ソテは目を白黒させる。ジスラも首を傾げている。

「俺はそんなに笑わなかったか?ゲームは楽しんでいるんだがな。ソテ、もう一戦しろ。俺は『メデューサの夜』は少なくとも3部まで続くべきだと思っている。あ、番外編も読みたいな……」

「……もういい!帰る!」

ソテが勢い良く立ち上がる。慌てて追いかけるユセカラに構わずズンズン歩く。

「続編は書く!それで満足だろう!」

振り返ることもせず、そう言い捨てて会場を出る。

「あぁ、満足だ」

ジスラは目を細めて笑った。



メデューサは昼間は普通の人間として生きている女性だ。平和な世界で、ごく普通に。

だが、彼女は夜になると豹変する。アイマスクを外して小説を書くのだ。その物語の中では、彼女の本来の目を皆が恐れている。昼間には見せない、蛇の瞳を……。


―お兄ちゃん、何読んでるんだ?


―『メデューサの夜』だ。


―それ、怖い本だぞ?……あっ、でも、この女の人はお兄ちゃんと同じ優しい目をしているぞ!


―あぁ、怖いが優しいな。俺にもそう見えるよ。

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