第44話

「……」

「なっ……!?おい!お前!」

「何だ?」

低い声。間違いない。ソテは屈辱的だと思いながらも見上げて声を張る。アイマスクをした大男。間違いない。

「ジスラン・エル・レアンドロ!アントナの従兄弟だろう!俺を無視するな!」

会場がどよめく。すかさず、ユセカラがソテの後頭部をひっ叩いた。

「うっ!?」

「……最悪な人間ですね。本当に……あなたは……っ」

「構わん。別に隠してはいないからな。俺はどこであってもジスラだ。レアンドロの名も隠す必要はないと思っている」

「しかし、こんな場で……申し訳ありません」

頭を下げるユセカラに首を横に振り、会場の中央まで歩くジスラ。ソテは何かブツブツ言っている。

「本名でお呼びしない方がいいですよね?」

司会も戸惑っている。ユセカラは頭を抱える。

「ジスラで良い。俺は己に恥じる生き方はしていないからな」

「す、素敵……!」

「声だけじゃなくて、性格もかっこいいのね!」

「見て!すごい体格!」

「毎晩ゲームしててもあの体型を維持出来るなんて相当ストイックなのね」

女性ファンが多いらしい。ユセカラは普段トナやドミーと一緒にいるジスラを想像したが、女性に人気な要素はあまり見当たらないと思ってしまった。匿名性の高いインターネットでは妄想で補完される部分が多いのだろうが……。

「納得いかない……俺の方が人気者のはず……」

悪態をつくソテ。ゲーム機を手渡されるジスラ。女性ファンの声が聞こえる。

「アイマスクは外さなくても良いのかしら?」

「前の配信でアイマスクしたままゲームしてるって言ってたわよ」

「いやいや、さすがに外すでしょ」

ジスラが握るのはゲーム内の状況によって振動を変えるゲーム機だ。

「……アイツがアイマスクをつけている理由をファンは知らないのか」

「知らないでしょうね。ストイックなジスラのことです。言う必要がないという判断をしていると思いますよ」

「……」

ジスラが今まで顔出しをしなかった理由、それにソテは今気づいた。彼はHNもろくにつけず、番号や『匿名くん』と呼ばれていた。それは顔を隠すためだったのだ。

(本名を言っても無反応だったが、顔は見せられないのか)

ソテにとって自分の名前は大切である。本名で活動をしているのも、レイ・ストワードの名を背負っているからだ。

それを重荷に感じる必要は無いと父は言った。自分でもそうだと思う。たとえ変わり者の自分でも、恥じることはない。

(俺は……)

ずっと思っていた。生まれてくる時代を間違えたと。

政府で働く兄やアントナ、真っ当に学校に行き社会に出て働くレイ・ストワードやエル・レアンドロの親戚たち。

平和になった世界では彼らは幸せに生きられるが、自分は違う。

今でも夢に見てしまう。30年前に生まれていたら、まだ不安定な世界でレイ・ストワードの名を持っていたら、きっと……。

自分はどうしようもないのだ。夢見がちな癖に平和を喜べない自分がしたいのは、独裁と殺戮。

(平和を築いた先祖に罪悪感も持てないのだからな)

ペンを持てば様々なころし方が浮かぶ。自分がされたことではないのに、この世に恨みなんてないのに、見てきたかのようなリアリティ。それを買われて作家になった。

平和な世界では忌避される物語。爆発的な人気にはならない。初めて世界に恨みを持った。そして更に筆が乗るのだ。


―俺の才能が分からない世界なんて、こうしてやる……!


「またまた勝ったあ!」


司会の声で現実に引き戻される。ジスラは挑戦者全員を負かしているらしい。

「すごいですね、ジスラさんにゲームの才能があったなんて知りませんでした」

ユセカラが拍手をする。たくさんの拍手に耳を塞ぎたくなる。

「何がネタ探しだ……!」

どうやら自分は平和ボケをしていたらしい。刺激を求めているつもりで、平和な世界に胡座をかいていたのだ。

「ジスラ!俺と勝負しろ!」

アイマスクの向こうの目を見開かせたい。

誰かを自分の手で……。

(あぁ、俺はどうしようもなく、飢えている……!)

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