第43話
〜ゲーム イベント当日〜
「早く着き過ぎたか……」
ソテは懐中時計を見て、ため息をつく。
(俺は早く着き過ぎるか、遅く着き過ぎるかしかない。昔からそうだ。何故だ)
「絶対そうだって!ソティリウ先生だよー!」
自分の名前が聞こえて顔を顰める。
「え、コスプレじゃないよ!たしかに授賞式と同じ服装だけどさ……」
ハオリの下にジンベイ。これは授賞式と同じ服装だ。ニチジョウで行われるイベントだから、この服は違和感がないはずだと選んだ。ニチジョウでは様々な服の人が歩いている。ニチジョウ人は奇抜なファッションをしている方が偉いのかと錯覚しそうになるほどに、派手な格好が流行っているのだ。この街では特にそうらしい。アニメやゲームの聖地と言われているここでは、キャラクターのコスプレをして歩いている人を多く見ることができる。
「あの、ソティリウ先生ですか?」
白髪の女性に声をかけられる。
「そうだが……」
「わー!やっぱり!先生の作品大好きです!ファンです!」
「俺のファンだと?」
アンチだと思った。と、いうか、ソテに話しかけてくる読者はほとんどがアンチだ。評論家気取りで編集部と同じことを言ってくる。
「先生のホラーもミステリーも好きです!サイン良いですか?」
ソテは頷く。サインを書いて渡してやると、女性は大喜びだった。
「わー!すごい!ありがとうございます!」
「……」
こういうとき、どうしたら良いか分からない。女性をジッと見ていると、あることに気づく。
「その髪型、まさか」
「えっ!先生も知ってるんですか!?ホウオウちゃんのことを!」
そうだ。この女性は格好こそ完璧なものでは無いものの、全体的な雰囲気がソテの好きなアニメ『羽ばたけホウオウちゃん!』の主人公、ホウオウちゃんに似ている。
「だが、コスプレではないようだな」
「そうですね、概念コスプレっていうか……」
「概念?」
「はい、コスプレはなかなか難しいんです。お金がかかるし、場所も選ばなきゃいけない。だから推していることをアピールしたいってだけのときは全体的に概念を寄せるんです」
なんて哲学的なんだ、と思う。
「このワンピースはホウオウちゃんの着ているものに似ていますが、フリルの数が少ないです。これなら普段着としても使えますし……メッシュもホウオウちゃんは5色だけど、私は2色にしています」
「概念を寄せる、か」
面白い。そんな方法があるのか。
「ホウオウちゃんはかわいいキャラクターですからね」
「それでいて勇敢でもある」
女性が頷く。
「分かります!かわいくて勇敢で、素敵な女性です!……あ、そうだ!さっきクジで被ったグッズがあるんですけど、良かったら先生にあげます!」
女性がバッグから取り出したのは、小さなストラップだった。
「これは、今冬限定のグッズだ!貴重なものだが……」
「被っちゃったので、気にしないでください!」
「そうか。もらっておく。感謝する」
「いえいえ!じゃあ、私、友達とホウオウちゃんカフェに行くので!……先生に会えて良かったです!」
「あぁ」
走って来た道を戻る女性のバッグには、ソテに渡したのと同じホウオウちゃんグッズがついていた。
「ふん、早く着いて良かったかもな」
「ソテ」
「げっ」
聞きなれた声に振り向くと、兄ユセカラが。
「実の兄に向かってなんですかその声は」
「……」
「今日はイベントに行くんですよね?あと10分で開場ですよ」
ユセカラが付き添ってくれるのだ。ソテはよく問題を起こすので、誰かに付き添ってもらうことになっている。
「随分早く来ていたようですが、何か問題は……」
「起こしていない!」
「なら良いですが」
ユセカラは自分には冷たいと思う。ずっと笑顔だから本当のところは分からないが。
(今日は俺の仕事のために来ているんだ)
(兄がどうなど、関係がないことに気を散らすな……!)
「……来たようですよ」
「!」
見ると、黒髪長髪高身長のイケメンが立っていた。目元はアイマスクで隠しているから分からないが、それでも申し分のないイケメンだ。
『匿名くん』そんな名前で呼ばれている彼。素性を一切明かさず、ボイスチャットにも参加しない。ただ淡々とゲームをするだけの男。
「ふっ、」
しかし、ソテはもちろん知っていた。彼のことを。顔を見て気づいたのだ。
「おい!『匿名くん』!まさか、その正体がお前だったとはな!」
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