第8章『強い男の夜』

第42話

〜ストワード トナの別荘〜


「チッ……あの出版社め……展開が時代遅れだだの文体がかたいだの、好き勝手言って……」

ブツブツ言いながらPCを睨むのはソテである。

「俺の文章にケチつけるところの話は絶対に受けない。決めたことだ……。しかし……!」

正直、今月かなりヤバい。

「定期的に金は入ってきているはずだが、何故だ?先々月はナントカ賞を受賞したから売れたし……。まあ、受賞式で他の作家を殴ったからスピーチは出来なかったが……」

それが原因で読者から大量に苦情の電話が来た。編集にも怒られた。テレビの生放送に乗ったのだから当然だが。


―俺の小説が下手だと!?俺は最優秀賞を受賞したんだ!!お前とは格が違う!!!


「……ふんっ、殴られて当然。だが、仕事は減る。クソ……何故理解されない……」


しかし、今度は違う。ゲームのイベントに取材に行くのだ。今話題のプロゲーマーと会うことになっている。

「年に2回しかイベントがないとはな。不便だ」

ネットの掲示板で交流を深め、やっと会えることになった。オフ会というものに参加するような性格では無いのでイベントならば……と話がまとまったのだ。

「ふふふ……これで俺の文章もバズる!古いとは言わせない!」

極寒の12月。ソティリウ・レイ・ストワード、勝負の月である。




〜ニチジョウ〜


「ニチジョウのソバは美味いかい?ルル」

「美味しいわ〜。アントナさんがいつもラーメンやスキヤキのお土産ばかり買ってくるから、ニチジョウの食べ物は重いものが多いのかと思っていたけれど、こういうサッパリしたものもあるのね〜」

「う……。まあ、それは俺の好みさ。ははは」

トナはニチジョウでルルとデートを楽しんでいた。駅前のソバ屋であたたかいソバを食べている。

「あ、そうだ。体調不良は良くなったのかい?」

「朝も聞いてきたわね〜。うふふ、もうだいぶ良いわよ〜」

「良かったぜ。何かあったらすぐ言ってくれよ?」

「そうね〜」

久々のデート。トナは有頂天だった。

「この後は映画でも行くかい?」

「そうね〜。私、観たい映画があるのよ〜」

「どんなヤツだい?」

「ゾンビがたくさん出てくる映画よ〜。予告でカエルのゾンビが出てきて、可愛かったのよ〜」

「……ゾンビがかわいい?そ、そうかい?」

ルルはたまに不思議なことを言う。

「じゃ、じゃあそれを観ようかね」

「うふふ、楽しみだわ〜」

(あぁ……幸せだぜ……)

最近は男(しかもゴツいアラサーやもう可愛さがない男子高校生の従兄弟)と行動することがかなり多かった。ルルという好きな女と歩けるだけで、満たされていくのを感じる。

「アントナさん?」

「ん?何だい?」

「私に何か隠し事してないかしら〜?」

「へっ?」

思わず間抜けな声が出る。一瞬考えるが、思い当たることはない。

「隠し事なんてないぜ」

「本当かしら〜?」

「……え、ないが……?」

「うふふふっ、ごめんなさい〜。からかっちゃったわ〜。実はね、昨日テレビで言っていたのよ。こういうことを定期的に言った方が浮気を予防できるって」

「浮気?俺がするわけないだろう」

「疑っているわけじゃないのよ〜。でも、浮気のことを気にしてるっていうことは示しておかないと〜」

「……気にしなくていいぜ、そんなこと」

少し不機嫌になる。

「あらあら〜?」

「……」

「拗ねちゃったかしら〜?」

「少し……」

「うふふっ、でもたまに不安になるのよ〜?ほら、あなたは出張が多いから」

「俺の愛が伝わっていないのなら、たくさん注ごう。あんたが不安にならないくらい愛を示すさ」

「……あらあら〜」

ルルの表情は変わらない。ずっとニコニコしている。

「なんだか甘ったるいラブストーリーの映画を観たい気分だぜ」

「うふふっ、じゃあそれも観ましょう〜?」

「今やってたかね。ええと……」

トナがスマホで映画を調べる。一瞬拗ねたようだが、普段通りに戻っているように見えた。

「あのね、アントナさん。昨日テレビで言っていたのだけれど、人には必ず一つは隠し事があるものなのよ〜?」

「んふふっ、そうかい?じゃああんたの隠し事はなんだい?」

「えっ……」

「ん?あるんじゃないのかい?」

「……まだ言いたくないわ〜」

トナの目が見開く。

「なっ!なんだ!なにか隠しているのかい!?教えてくれよ!」

「ダメよ〜。まだ言えないわ〜」

「まだって……具体的にいつになったら言えるんだい?」

「そうね〜」

「来月、とか?」

来月。1月か。何があるのか。

「あ、でも。まだ隠し事じゃないかもしれないわ〜」

「ん?どういうことだい?」

「そのときになったら言うわね〜」

「……気になるな」

「アントナさんはすごく喜ぶと思うわ〜。というか、喜んでくれないと困るわ〜」

「宝くじ当たった!とか?」

「うふふ、それに近いわね〜」

「マジ!?」

「来月にならないと結果が出ないでしょう〜?」

「たしかに」

宝くじのようなものか。不確定だから隠し事にはならない。なるほど。

「食べ終わったわ〜。ゾンビ映画行きましょう〜?」

「あぁ、行こうか」

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