第40話

「っははは!大統領の息子を殴ったのは気持ちよかったなあ!」

「えー、俺も殴りたかったぜ!」

「高校生とつるむとそういう良いこともあんのか!」

10人の男が酒を飲んで話している。

「しかしあのチビ、何もしてこなかったな」

「チビって誰だよ」

「アイトーグの舎弟くんらしい。名前は……なんだったかな」

「今度そいつ人質に取ってやろうぜ!アイトーグを誘き寄せるんだ!それで、俺たちもボスと同じように殴れる」

「いいなそれ!やりてえ!」

小さな空き地に笑い声がこだまする。

「あれっ、酒もうねぇの?」

「ったく、またどっかから盗んでくるか!あっちの酒屋の倉庫の鍵を壊して……。ん?なんだアイツら」



月明かり。逆光に照らされた三人の大男。その体格に、チンピラは顔を見合わせる。

「えっ、誰?ボスの知り合い?」

「あ?知らねえよあんなロン毛トリオ」


「さあて、派手にやるかね」

「トナ兄のその目久々に見たなー。中学以来?」

「加減はしろ。あくまで制裁だからな」

「どの口が言ってるんだかなー。一番馬鹿力な癖して」

「二人とも、魔法は無しだぜ。不公平になっちまう」

「もちろんさ。無しの方が楽しいときもある。なー、ジスラ?」

「そうだな」


「なんだお前ら。やんのか?」

一番体格が立派なボスが前に出る。トナが青の目を細めた。

「なんだか知らねぇが、俺たちにケンカを売るなんていい度胸だぜ!」

「知らない?こっちはよーく知ってるぜー。弟が世話になったからな」

ドミーは普段と髪型を変えている。もちろん、身バレ対策である。

「なっ……!舎弟くんの兄貴……?こんなでかいの……?」

「何ビビってんだよ!どうせ素人に決まってんだ!やっちまえ!」

チンピラが殴りかかってくる。トナは目を見開き、腕を広げて飛びかかった。

「ひいっ!?」

「うわっ!?」

90キロ……いや、95キロの体重が伸し掛る。このための食っちゃ寝生活……いや、肉付きの良さを高めるための生活だったのか。

「っくく!!ギャハハ!あんたたち、幸せものだぜ?俺の胸で息が出来ないなんてね!」

「ふざけてないで真面目にケンカしようぜトナ兄」

「真面目にケンカか。良い響きだな、ドミー兄」

「ってめえら!舐めやがって!」

ドミーが拳をさらりと躱し、腹に蹴りを入れる。

「ヒュー!リーチが違うぜ!」

「っはは!ヤバい!楽しいなー!これ!」

違う方向からまた拳が飛んでくる。

「ふんっ!!!!!」

腕を掴んで背負い投げ。ジスラの保安官力は格闘技に出ているのだ。一発で伸びてしまう男。

「トナ兄、ドミー兄。加減はしろ」

「「あんたには言われたくないね(なー)!」」


「っふふ、まだまだ行くぜ?」

「全力出てないからなー。今夜は楽しめるといいがな」

「かかってこい。俺は強いぞ。絶対に負けん」


「チッ……!上等だ!!!」




〜ストワード中央病院〜


「手術はしなくても大丈夫ですが、しばらくギプスを嵌めておきましょう。安静にしていれば怪我はちゃんと治りますよ。二人とも、かなり若いですからね。治癒力があります」

「ありがとうございます……」

病室のベッドに並んで寝かされたクオスとアイトーグ。一通りの処置が済み、穏やかな寝息を立てている。

「クオス、ごめんね。父ちゃあがちゃんと見ていればこんなことにならなかったよね」


「クオスは昔の僕と同じで目が見えないのに……」


「ケンカなんて、出来るわけないのに……」


「ごめんね……」


父の声を、目を閉じたまま聞く。

「……」

(俺ちゃんは、目が見えなくても……)


―ほら、クオスの色だよ。


(父ちゃあの声が、絵の具を握ってくれた手があれば、)


(…………)




深夜、隣のベッドでモゾモゾと動く音。

「クオス、起きてるか?」

「アイトーグ……」

「お前の父さん、寝たみてぇだな」

「うん……」

「まさかお前、ずっと寝たフリしてたのか?」

「いや、さっきまで本当に寝てたぜえ。ケンカ、ヤバかったからよお。疲れちまったみてえ」

「っふふはっ。そうだな」

あ、笑った。青が澄んだ。

クオスはアイトーグの瞳の色を見つめる。

「お前、反抗期なんてしなくていいだろ。こんなに親身になってくれるじゃねぇか」

「俺ちゃんは、見えなかったからよお」

「うん」

「父ちゃあの顔、今初めて見えてる」

まだ全部見えているわけではないだろう。しかし、これくらい見えていれば輪郭が分かる。

「俺ちゃん、やっと生まれて来たのかも」

特殊魔法で日常生活に支障が出ている知性体は、魔法のコントロールが出来て初めて世界を、自分を知る。

「ここからなのかよお」

不思議と悪い気はしない。それはきっと、友達と父ちゃあがいるから。


「アイト!!!」

「……!」

病室のドアが勢い良く開く。アイトーグの青が強く光り、クオスは目を細める。

「はあっ、はぁっ……無事でござるか!?」

「ゲッ!と、父さん……」

「遅くなったでござる!アントナからすぐに連絡をもらったのだが、シャフマに視察に行っていて……いや、何を言っても言い訳だな。アイト……」

「アントナ?オジサンが救急車呼んだのかよお」

正確にはドミーだが。

「クオストヤ!無事だったでござるか。アントナが心配していたでござるよ」

「あー……ありがとうだぜえ」

「仕事が忙しいなら、俺のことは良い」

アイトーグの低い声。

「俺のことなんて……」

「アイト。本当なら、拙者は怒るべきでござる」

「……」

「怪我して病院に運ばれたなんて、良くないことだからな」


「だが……」


「拙者はちょっと嬉しいでござるよ。アイトのことを知れて」


「うん、もう少し家に帰って休もう。決めたでござる。あ、仕事のことなら大丈夫でござるよ」


「……そうかよ」


「今まですまなかっ……」

「いい、謝るな。俺こそすまねぇ。こんな情けなくて」

「拙者は嬉しいでござるよ。アイトがストワードに縛られていなくて」

「えっ」

「自由にやらせたい。そう思っているからな」

「……そ、そうだったのか」



(すげえ。同じ色してるぜえ)


(うん、あの二人は上手くやれそうだぜえ)

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