第37話

ストワード中央高校はその名の通り、ストワードの真ん中……いや、正確には、トルーズク大陸の真ん中。旧フートテチと旧シャフマの国境付近のストワード都市圏に建っている。かつてペルピシと言われたこの土地は、大陸統一が成された後に開発が進み、大陸の大都会として栄えた。ちなみにストワード中央大学も中央高校の近くにある。高校を卒業し、大学に進学するという道を選ぶ生徒たちは必ずここに入ることになる。大陸にはまだ大学はここしかないのだ。ニチジョウやブンテイ、ストワードの南地域など、大陸統一前から教育に力を入れてきた地域はあったものの、教育制度は統一されていなかったためいろいろとバラバラなのだ。未だ、大学教育の意識の違いは根深い。

ともかく、中央高校は大都会にあるわけだが……。都会には得てして狭い路地裏が多くある。不良たちはここでよく喧嘩をする。クオスはそこにいた。

「ケンカかよお!すげえぜえ!俺ちゃんも行くぜえ」

「よせ。怪我するだけだ」

「俺ちゃんこう見えて意外とタフだぜえ」

「……」

金髪ピンクメッシュがクオスの胸を突き飛ばす。

「うぐっ!?」

バランスを崩し、尻餅をつくクオス。

「……お前、目が悪いだろ」

「!」

「見えてねぇんだろ。まともに」

「……」

「さっきから俺の目を見て話してねぇ。わざと逸らしてるようにも思えねぇし、単純に視力が悪いんだろ。そんなんでケンカ出来ると思うな」

「そんなわけねえだろお」

クオスが立ち上がろうとして、転ぶ。足元に缶が転がっているのが分からなかったのだ。

「メガネかけろ」

「何言ってんだよお。俺ちゃんは、美術部、」

「おい!アイトーグ!」

クオスの言葉は続かなかった。低い声がして振り向くと、三人の男子高校生が。同じ中央高の制服を着ている。

「なんだ?舎弟でも出来たのか?一匹狼のお前が。らしくねぇな」

「勝手に着いてきてんだよ。……はぁ」

「細っこくてちっちゃいなあ!1年か?」

「俺ちゃんは3年だぜえ。そんなに小せえかなあ」

立ち上がって頭をかく。

「クオストヤ、お前は帰れ」

「クオスでいいぜえ。帰らねえし」

「殴られたら痛ぇぞ」

「……キャハハッ」

クオスが目を細めて笑う。

「大丈夫、俺ちゃん、痛えのは慣れてるぜえ。よく転ぶからよお」

「っ、やっぱり視力悪ぃんじゃねぇか!危険だからどっか行け!」

金髪ピンクメッシュ……アイトーグが怒鳴る。クオスは表情を崩さない。

「さっさとケンカしようぜ!溜まってんだよ!」

「俺ちゃんが受けて立つぜえ。……っ!」

拳を顔面に食らう。次いで、腹に一発。

「お゛っ……!」

「クオス!」

躓いてまた転ぶ。

「勝手に追加ダメージ受けてんなぁ!」

アイトーグがすかさず相手に蹴りを入れる。

「ぐっ……!あ、アイトーグ……」

「舐めんな。油断が命取りだろうが」

「てめえ!」

「……何の意味もねぇ、ケンカなんてな」


(だが、今の俺には必要なんだ。これしかねぇんだ)


(だから、誰も巻き込みたくねぇんだ。クオス)


我ながらダサいと思う。情けないと思う。


(父さん、爺さん、すまねぇ)


この血は英雄のものだ。2000年前も、1000年前も、50年前も、そして30年前も。


(俺は『ストワード』だってのに……!)



「キャハハッ」

「!?」

クオスが相手の顔面を殴った。立ち上がっていたことに誰も気づかなかった。

「真っ赤だぜえ!これが俺ちゃんの血かよお!」

「な、なんだコイツ」

「やっと見えた……!!これが俺ちゃんの血の色!」

手の甲で鼻血を拭う。

「あぁ、これが赤なのかよお……!感動だぜえ!」

「クオス、痛くねぇのか?」

「ん?そんなことよりよお……」

クオスがアイトーグの目をジッと見つめる。

「あぁ……あんたの色、綺麗だぜえ。真っ青。何にも染まらねえ青だ」

「……!」

「なあ、俺ちゃんは何色だ?」

「……青、いや、緑?」

アイトーグはクオスのミント色の瞳を見つめ返す。

「中途半端だなあ!キャハハッ!」

「何言ってやがる!俺たちはケンカしに来たんだぞ!殴らせろ!」

クオスがニヤリと笑う。今度は体当たりだ。

「は!?」

その体重じゃあ無理だ。そう思ったのに、3人の中で一番大きい体格の男に尻餅をつかせた。

「あー、あんたらの色はまだよく見えねえなあ。澄んでねえからかあ?」

「さっきからごちゃごちゃと何話してやがる!おい!まとめてかかれ!」

見えねえ。そう思い、アイトーグの方を見る。

真っ黒な世界が、ぼやけた輪郭が、アイトーグの周りだけ光ってハッキリ見える。

それが嬉しくて、心の底からの笑みが出る。

「クオス!」

ガッ……!頭を殴られ、背中を蹴られる。クオスには空と地面の境界線も見えていない。彼の世界はずっと真っ暗闇。

(それで良かったのによお)


―すごい!こんな絵が描けるなんて!


―独創的な世界を持ってるんだわ!


―ああ、美術の才能だよ!狙って描けるものじゃない!


様々な色を塗り重ね、黒にする。

それだけの絵に何万、何億もの価値がつく。

クオスの世界は、一般の人々には都合が良いものらしい。


―クオス、これが赤だよ。


―父ちゃあ、これは?


―こっちはピンク。父ちゃあの色だ。


―この絵の具は?何色なんだよお。


―それは青と緑。混ぜたら……。




―混ぜたら、クオスの色になるよ。



(一生無理だと思ってたのによお。色を見るなんて)

クオスは絵の具を見分けるために点字を覚えた。キャップの色でも、中身の色でも、判別が出来なかったから。

でも、最近何故か世界の輪郭がハッキリ見えるようになってきた気がするのだ。

(父さんが言ってた、『魔法のコントロール』ってヤツかあ?)

生まれたときから自らの複雑な特殊魔法で生活が困難な人間や魔族が、ある一定の時期を過ぎると魔法をある程度コントロール出来るようになるというらしい。クオスの父ラビーも段々と未来予知の魔法をコントロール出来るようになったのだ。

(でもよお……なんで今なんだろうなあ……)


―才能だよ!この絵が描ければ、君は美術部の大会で優勝できる!


―クオス!君はいつも通り絵を描けばいいだけだ!


(いつも通り、かよお……)


(俺ちゃん、もう描けねえかもしれねえなあ)

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