第35話

「……人間……とは言った、がね……」

天井に繋がれているのはあまりにも知っている人物だった。

「あんた……か……!!!うっ……!」

油断すると様々な穴から魔力が出る。やりたくなかったが仕方がない。スライムを手からいくつか出して息をつく。

「見た目がグロいのは目を瞑ってくれよ」

含んでいる魔力量が多いスライムは血肉のような外見になる。これでいくらかマシにはなったが、まだ息苦しい。

「全く……兄貴である俺に迷惑かけやがって……弟の方もそうだがね……!」

目の前の妹……セオドアは目を覚まさない。

「セオ!目を覚ませ!あんたの魔力が全部出ている……!くっ……!」

足元にはボスがうつ伏せで転がっている。ため息。

「こうなったら力づくでやるしかないね!ジスラ!!」

大声でジスラを呼ぶ。走ってくる足音が大きくなる。

「トナ兄!間に合ったか!魔力が濃いな」

「あんたも分かるレベルか……ははっ、相当だね」

「だが問題ない。俺は強い」

「うん、分かったよ。あんたさ……セオのところまで俺を飛ばしてくれないかい?投げて」

「分かった」

「即答かい。すまないね、普段なら浮遊魔法で行ける距離なんだが」

「問題ない。あの高さなら俺の腕力で飛ばせる」

「……加減はしてくれよ?」

「分かった」

ジスラに抱えられる。片手で檻を歪め、穴を開けたジスラに背筋が寒くなる。

「よし」

「……頼むぜ」

槍を投げられるように飛ばされる。天井まで一気に。

「ぐあっ!うお!?」

腕や肩につけていたスライムが衝撃を緩和した。すかさずセオの体に掴まる。

「セオ!目を覚ましてくれ!魔力の制御をしないとヤバい!」

「……」

「俺、何か忘れちまっているんだ!それが何か思い出せないほどに記憶を奪われている!このままじゃあ、一生思い出せない……!」


「セオ……!!!」




「トナ兄、セオは起きたぞ」

「えっ」

「……何してるんだい?兄さん」

目が覚めたら至近距離に兄がいた。不快そうに顔をしかめる妹。

「あんたねェ……。はあ、まあいい。ここを出てから話そうか。ジスラ。すまないが、受け止めてくれ」

「その必要はありませんよ」

声をした方を見ると、カルロが。

「おっ!カルロオジサンじゃないか!」

「施設内で異常があったと報せを受け、リクの派遣した保安官と共に駆けつけました。アントナ、セオドア、怪我はありませんか?」

「俺はないぜ。セオは……」

「ーーーっ……!」

「あんた顔真っ赤じゃないか!やっぱり大量魔力放出はヤバかっ……うお!いってえ!」

トナがセオに蹴られる。

「何をするんだ!落ちたらどうする!」

「か、カルロオジサンに……こんなところ見せられないだろう!早く離れろ!」

「はあ!?俺はね、あんたを助けに来たんだよ!まあ結果的にだが!それでも感謝して欲しいね!」

辺りの魔力濃度が下がる。スライムがトナの体に吸収されていく。

「いいから離れろバカ兄貴ー!」

「ギャ!ジスラ!受け止めてくれ!」

90キロの男が天井から落ちる。それを受け止めたのは、カルロだった。

「はあ……2人とも混乱しているんですか?無理もありませんが……」

「あぁ……アリガトウゴザイマス」

トナを睨むセオから魔力濃度が上がる気配がする。

「セオも今下ろします。アントナ、動けますか?ジスラと共に1階へ向かってください」

「外に出なくていいのかい?」

「まだ外に出てはいけません。白魔法で回復しなければなりませんからね」

「回復?」

「大切なものを奪われていただろう」

ジスラの言葉にピンときた。

「ああ!……なにかは思い出せないが、そうだったね」




ジスラとカルロ、セオが外に出ると、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

「違法……とまではいかなかったですが、危ない方法で運営していたのは事実です。経営者は法をすり抜けるのが上手い人物でした。店員の記憶処理をし、魔力の動力源を隠していたようです」

「このまま放置しておいたら、違法になっていたな」

「ええ。今摘発できて良かったですよ。とにかく裁判ですね。後日行われますから、その結果を待ちましょう」

ジスラが頷く。セオはずっと黙っている。

「セオ、大丈夫か?」

「……大丈夫だ。ボクは利用されていただけで、何も悪いことはしていないからね」

「その通りだな」

ツッコミ役がいない。

「夜も遅いですし、早く帰りましょう。セオは帰れますか?」

「ボクはワープ魔法を使うから大丈夫です!今日はありがとうございました!さ、さよなら!」

高速でワープ魔法を唱え、闇に消える。

「……トナ兄と同じくらいの高速詠唱だったな」

「さすが兄妹ですね。アントナは奪われたものを取り戻した瞬間にワープ魔法で帰りましたからね」

「場所を聞いていたのか」

「いいえ。しかし、分かりますよ。シャフマの家でしょうね」

カルロが目を細めて微笑む。

「……そういえば、セオドアはアントナが到着してすぐに目を覚ましたようですね」

「あぁ。トナ兄が耳元で叫んだから……にしては、変なタイミングだったな」

すぐに目を覚ますならば、トナがセオの体に掴まったときに気づきそうなものだが。

「何が原因だったんでしょうか……。まあ、考えても仕方ないですね。今日は帰りましょう。ジスラ」

「あぁ、父さん」



ワープ魔法で帰った先は、いつもの自室。今日は簡単に顔と体をシャワーで洗い流そう。

「……カルロオジサンの名刺だった」

あのとき、朦朧とした意識の中で見たのはカルロのサインが入った名刺だった。その衝撃で目が覚めたのだ。

「兄貴ばっかりズルいだろう!ボクだってサイン入りの名刺が欲しいのに!」

どういう経緯かは分からないが、そんな貴重なもの、欲しいに決まっている。髪を軽く拭いて、ベッドに仰向けになる。

「はあ……カルロオジサン……ボクにも何かプレゼントしてくれないかなあ……」


「プレゼントこそ『愛』……だからね!」

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