第34話
―……トナさん、アントナさん。
―ん?どうした?ルル。
―私があなたに出会ったときのこと、私一生忘れられないわ〜。
―そうかい?そんなに衝撃的だったかね……。
―ふふふっ、そうよ〜。だって大きな狼さんみたいだったもの〜。あんな大きな狼さん、見たこと無かったのよ〜?
―くくくっ、俺は狼じゃないぜ?
―分かってるわよ〜。それでも私、あなたと恋をしたいって思ったのよ〜。
―狼みたいな俺と恋をしたかった、か。俺が怖くなかったのかい?
―そうね〜。私を助けてくれたんですもの。ずっと一緒にいたいと思えたわ〜。
「……」
薄暗い廊下を進む。魔力濃度はどんどん上がる。スライムのマスクをつけていても目眩が止まらない。
「はあっ……はぁっ……一体どんな魔族なのかね」
トナが知っている魔族の中で一番強い魔力を持っているのはホウオウとリュウガである。鳳凰族と竜族は500年生きる。ホウオウは邪神シャフマから国民を護るほどの力を持っていた。建物は壊されたが、人だけは……と無限とも思えるほどの白魔法を使用し続けることができる魔力量を有していたのだ。リュウガは言わずもがな純粋な黒魔法が得意だが……。魔族の寿命は魔力貯蓄器官の大きさで決まると言われている。つまり単純に、寿命が長い魔族は魔力量が多いのだ。
(大昔に存在していた『シャフマ』という魔族は1000年生きたらしいがね)
しかし実際には、シャフマという魔族は1000年でしんだわけではない。封印されただけなのだ。
(寿命がない……ということは神だ。シャフマは結局それなのか分からなかった。きっと自覚もしていなかっただろう。だが、もし神ならば……人間、魔族を超えている。そりゃあそうだぜ。俺たちは神から生まれている)
オーダムという神。海神と称されるそれが、トルーズク大陸に上陸したストワード兄弟と交流をし、兄の方と子を作ったことはいまや常識である。デヴォンとリクが数ある歴史書を解き明かし、各地の魔族に話を聞いた。トナの両親であるザックとテリーナも『人魚の手記』の内容を知った者として歴史の真実の解明に尽力したのだ。
(母サンの母サンはオーダム姓だった……)
(父サンの母サンもそうだ)
トナはかなり強くオーダムの血を引いている。
(だが、俺の瞳はストワードの色だ。皮肉なもんだね)
トナの父方の祖父……アレストの瞳は紫だった。
(人間の色は青、魔族の色は赤……か)
「止まりなさい!」
「……!」
女の声がして顔を上げる。
「ここから先は立ち入り禁止よ!」
猫耳の少女だ。しっぽがゆらゆら動いているところを見るに、魔族だろう。
「あんたもボスの仲間かい?」
「そうね。私は強い魔力を宿した人間を探していたのよ!ここにいれば強い魔力を宿した人間に出会えると思って、ボスの下についたの」
(また『人間』か)
「ボスのために強い魔力を供給し続けられる存在をここに運び、監視するのが私の仕事よ……!そして、やっと理想の人間に出会えたの……!」
「なるほど。その人間がこの先にいる、と」
「そうよ!だから邪魔をさせるわけにはいかないわ!」
「俺も止まるわけにはいかないんでね……」
頭がクラクラする。トナは深呼吸をする。
「…………オーダムの名のもとに……」
「汝の精を貰い受ける!サイレス!」
スライムが体内から放出される。その衝撃にも足元がグラつく。
「すごい魔力ね!」
「溜め込んでいるんでね……!はあっ……!魔力がパンクしそうだっ……!」
魔力貯蓄器官が悲鳴を上げている。胸元がパンパンに膨らみ、他の臓器を圧迫しているのが分かる。しかしここで放出するわけにはいかない。今、施設内で組まれている魔法は『大切なものを奪う』もの。トナの溜め込んだ魔力が全てその術式に変換されれば、被害はこの施設内だけでは済まないだろう。
(俺の特殊魔法は魔力吸収……!便利な魔法だと思っていたが……これは辛いぜ……!)
「すごいわね!この魔力……!ゾクゾクするわ……」
猫の魔族はそう言って倒れた。何の防御もせずに、スライムに触れたのだ。
「へ、変なヤツで助かったぜ……うっ……ヤバい。さすがにカタをつけないと、俺が爆発する……」
そのとき、頭の中で何かが消える音がした。
「……あ?」
何度か瞬きをする。
「何だ?俺、何か忘れた……?」
ジスラとレガーの実力は互角だった。
「魔蛇族。闇魔法が得意だと聞いたが」
「たしかに俺は毒や睡眠の効果がある魔法は得意だ。だが、そんなものを使う必要は無い」
「俺は強いからな」
レガーに拳が止められる。しかし、ジスラは残念そうにはしない。ピンク色の瞳はギラギラと輝いている。
「お前は何のためにたたかっているんだ」
「理由は無い」
「……お前に命令をしているのは誰だ」
「政府だ」
「なら、政府のためにたたかうのだろう」
「そうかもしれないな」
レガーの蹴りを生身で受け、ニヤリと口角を上げる。
「俺は、政府の犬だ」
「……!」
「俺にたたかう理由はない。だが問題ない」
グッと腰を落とし、拳に力を入れる。
「俺は強い」
ゾッとするほど心底楽しそうな笑み。レガーはそれを意識を飛ばす前に見た。
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