第33話

ゲームは続く。どうやらここでは「安い」「高い」大切なものがあるようだ。ルーレットも丁半も安い部類で、トナとジスラは大したものは失わなかった。

「ルカに会える時間が減ったんだぜ!?」

「何度でも会いに行けばいいだろう」

「そもそも未来の予定を減らせるシステムがよく分からないがね、本当だったら一大事だぜ!」

「はっはっは!命やないんやから。あんちゃん、大袈裟やなあ」

短髪の男が笑う。

「命?命を失うことがあるのかい?」

「……それはボス次第やなあ」

「え」

「あ、負けや。あんちゃん強いわ」

目を閉じる。クルトのときと同じように動かなくなってしまった。それを見て目を泳がせるトナ。

「命……ってまさか、ね?」




「俺のメガネが消えたね……アレお気に入りだったんだがなあ。新品だし」

「トナ兄、次が最後のようだ」

「え、もう?」

ここまで4連勝だ。全て運でしかないゲームだったが、トナもジスラも服やちょっとした将来の予定を奪われるだけで済んでいた。

(いや、勝ったというより……)

全てを奪われる前にクルトたち店員が意識を失うのだ。

(しかもどんどん間隔が短くなっている。俺たちも賭けられるものがなくなってきている)

次は一体、何を賭けるのだろうか。

「ようこそ、最後のゲームへ」

「!」

「ここまで辿り着いていただき、嬉しいですよ」

ボスだ。目を細めて笑う姿にどことなく不安になる。

「私に勝てばあなたたちは賞金とこれまで失った全てのものを取り戻せます」

「勝てなかったらどうなるんだい?」

「最も大切なものをいただきます」

トナは考える。自分にとって、最も大切なものは何だろうか。


―アントナさん。


(ルル……だよな)


この魔法がどこまで効果を及ぼすかは分からない。

だからこそ恐ろしい。

「覚悟は決まりましたか?」

「俺は出られる。トナ兄、」

「あぁ。大丈夫さ。行こうか」

それでもここで引く訳にはいかないだろう。あの女は強い。きっと背中を押してくれる。あなたなら大丈夫よと。……深呼吸をする。

「それでは……!」

―ドンガラガッシャーン!!!!!!!

「「「!?」」」

緊迫した雰囲気を破った大きな音。次いで、足元が揺れる。

「おっ!?」

トナが尻餅をつく。

「何だ!?何が起きている!?」

「あんたの仕業じゃないのかい!?」

「知りませんよ!」

「トナ兄。おそらくだが、魔力補給のために閉じ込めていた魔族が暴れだしたんだろう」

「あー……それだね絶対」

パタパタパタとスズメの魔族たちが飛んでくる。

「大変れす!ボス!地下室が大騒ぎれす!」

「魔力補給のために繋いでいた人間が暴れてるれす!」

「やっぱり。って、人間かい!?」

離れていても地下からビリビリと魔力を感じる。こんなに強く、真っ直ぐな暴の魔力を使える人間などほとんど存在しないだろう。魔族ならともかくだが。

「とにかく出力をオフにしなさい!停電しても構わない!このままでは、施設全体が魔力暴走状態に陥ります!」

「それが……既にスイッチが壊れていて……」

「っ……!」

ジスラが呻く。目元の布が消えたのだ。ピンク色の瞳をパチパチさせる。腰布を破って目元に巻き付ける。しかし、異変はジスラだけではないようだ。

「うおおお!俺のコレクションバッチが消えた!まだ一度も負けてないのに!」

「私のかわいいドールがなくなったわ!お母様にもらった大切なドールが!」

「故郷のドラゴンちゃまの写真がー!僕ちゃまが赤ちゃんの頃からずーっと一緒にいるんだぞ!これを守るために勝ち続けていたんだぞ!」


「ゲームをしていないのに、勝手に大切なものが奪われているのか……!?」

周りの客たちも大切なものを奪われて焦燥している。

「魔法を止めなければ……!」

ボスが地下室に走る。それを追おうとするトナとジスラ。

「待て」

制止をかけたのはドーベルマンのレガーだ。

「なんだ」

「ジスラとか言ったな。魔族だったのか」

「だったらどうした。俺はこの騒ぎを止めなければならない」

「……ボスの秘密を暴かせる訳にはいかない。今すぐに出て行ってもらおう」

「な、何を言っているんだあんた!早く止めないとあんたまで大切なものをどんどん奪われるぜ!」

「俺にはそんなものはない。あるとすれば……ボスからもらった、この名だけだ」

服の下には首輪が。レガーと刻まれている。

「ボスと俺たちで止める。お前たちは不要だ。すぐに出て行け」

「それは無理だぜ。魔力暴走は特殊魔法が良く効くからね。俺は俺の魔法の強みを知っている。俺の魔法は、こういうときのためにあるのさ」

レガーは本気のようだ。どうしても地下室に近づけたくないのだろう。

「……トナ兄」

「あー!分かったよ!コイツの相手はあんたが向いている!頼んだぜ!ジスラ!」

トナが地下室に向かって走る。

「見た者は始末せよと、ボスの命令だ。お前を倒したらアイツも倒す」

「単純な命令だな。羨ましい」

ジスラはニヤリと口角を上げる。

「日没は過ぎているか?」

「……?あぁ、過ぎている」

「そうか、それなら」

ジスラが目元の布を外し、投げ捨てた。

「お前の顔を見てたたかえる」



階段を下って行く。

「うおっ!すごい魔力だぜ」

クラクラする濃度だ。普通の人間には耐えきれないだろう。

「スライム、頼むぜ」

手からスライムを出す。これはトナの特殊魔法で、魔力を吸い取る役割を持つ。現れたスライムを口元に付着させ、透明なマスクのようにする。今回は魔力防御だ。

「これでいくらかマシかね……。ん?」

廊下に誰か立っている。白い髪の男だ。

「あ!クルトクンじゃないか!大丈夫かい?」

駆け寄って気づく。彼の口から長い舌が伸びていることを。ジスラのそれと同じ、魔蛇族のものだ。

「あんた、魔族だったのか」

「……てめえ、誰だ?」

クルトはトナを睨みつけ、刃を構えた。

「えっ?」

「地下室には誰も行かせるなってボスが言ってたぜ!てめえは敵だな!?」

「なっ……!うおっ!?」

魔蛇族が得意な毒魔法だ。服に付着した緑の液体が布を溶かしていく。

(これは厄介だぜ……。まさか、クルトクンの大切な記憶も奪われちまったのか……!?)

なるべく傷つけたくは無い。しかし、クルトの攻撃は止まない。

「クルトクン!俺さ!アントナだぜ!思い出してくれ!さっき一緒にゲームをしただろう!?」

「知らねえよ!俺が負けた相手なんて、思い出せるわけねえだろ!」

「……!?」

「なんでか知らねえけど!俺はゲームした相手のこと思い出せねえの!!いいからどっか行け!ボスの望みだ!」

「そ、そんな……!」

今回だけじゃないとは。カジノゲームが好きなのに、相手のことを覚えられないなんて不憫過ぎる。

「クルトクン!俺はあんたとはたたかいたくない!」

「あーもう!避けてばっかならはやくどっか行けよ!」

無理やりスライムで抑えつけるしかないのか。トナは詠唱を始める。

「……うわ!!!」

大量のスライムがクルトを襲う。

「すまないね。魔力を吸い取らせてもらうぜ!」

「き、気持ち悪い!」

蛇の姿になって逃げようとするも、スライムに覆われてしまう。

「う……あれっ、これしかなかったのかい?」

どうやらあまり魔力を溜め込んではいなかったようだ。

「どこかで使った?しかし、どこで……。んー、いや今考えても分からないね。進もう」

こうしている間にも皆の大切なものは奪われていくのだから。

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