第31話
〜ナモナキ〜
「分かりやすいね」
「分かりやすいな」
閑静な街並みに突如現れる大きな商業施設。ここが噂のカジノに違いない。
「なんだかアレみたいじゃないかい?……ラブ……」
「ん?」
「いや、何でもない。行こうか」
トナとジスラはシャフマの庶民の格好をしている。大小様々な布を体に巻き付け、頭にはターバンを。かなりラフな格好だ。ジスラはアイマスクの代わりに布で目元を隠している。
「お客様来たぜ!」
上から声がして驚く。真っ白な長髪と真っ赤な瞳の細身の青年がトナとジスラの目の前に降ってきたのだ。屋根にいたのだろうか。
「よおっ!てめえらがお客様だな!」
「あんたは……?」
「俺はここのカジノの下っ端……いや、ヒラシャインだぜ!お客様を中にご案内する仕事をしてるんだぜ!」
元気な若者だ。言葉遣いは良いとは言えないが、明るいのは好印象である。
「ふーん?すごいじゃないか」
「へへっ、だろう?ボスも俺は特別扱いしてくれるんだぜ!あっ、ボスっていうのはストワード語で社長って意味だぜ!」
「くくっ、ああそうだったね」
ジスラは扉に近づく。
「中に入りたい」
「ハッ……!ただいまご案内しますぜ!」
「へえ、あんたは魔蛇族なのかい」
「そう!俺は魔蛇族のクルトだぜ。てめえらは人間だよな?」
「……ああ、そうだね」
ジスラは人間だと思われていた方が動きやすい。
「カジノって楽しいんだぜ!この先にたくさんゲームがあるから楽しんでくれ!」
「カジノは初めてだから案内役がいるのは嬉しいね。なあ、ジスラ」
「そうだな」
「ふへっ!?」
真っ赤な瞳をぱちぱちさせて驚く。リアクションがいちいち大きい。褒められ慣れていないのか。クルトは若い魔族なのかもしれない。
「お、俺……俺、役に立ってるか?」
「もちろんさ」
「ふへっ……」
分かりやすく照れている。中を歩く。道が複雑化しているのは政府対策だろうか。
「クルトクンはいくつだい?俺たちは30前後だが、あんたと年齢が近いかもしれない」
「俺の年齢?うーん、多分20にはなってないはずだぜ」
「曖昧だね」
「魔蛇族だけどランサキじゃなくてナモナキで生まれてるからな。親がしんでて、年齢分からねえんだ」
「ナモナキで生まれているのか」
ジスラが言うと、クルトが頷く。
「本当は長く生きられねえ体だったんだけどな。今は薬のおかげで生きてられるんだぜ!」
白い長髪で隠れている項の下には、蛇の鱗が生えている。ナモナキで生まれた魔力貯蓄・放出器官奇形の魔族に見られる異形の性質である。ナモナキに薬が配給されるようになったのはつい20年前。デヴォンが確立した魔法学の応用で魔力器官の異常を抑えることができる薬の開発が成されたのだ。
今は難しいが、将来は根本的な治療も可能になるかもしれない。医療と魔法学を組み合わせれば、大規模な臓器手術が行えるだろうと言われているのだ。
「店員はあんただけなのかい?」
「俺だけじゃねえけど、たくさんはいねえな!まだできたばっかだからこれから増やすってボスが言ってたぜ!」
「ふぅん」
「あ!てめえらも一緒に働こうぜ!な!俺がボスに紹介してやるよ!」
「ふふっ、考えておこうかね」
「ぜーったい楽しいぜ!ボスは俺にいっぱい果物くれんだぜ!」
「果物支給なのかい」
クルトは笑っているが、闇がある気がしなくもない。
(まだなんとも言えないね)
重い扉が開く。ここに入ればカジノが出来る。
「2名様、ご案内ですぜ!!!」
「……!」
トナの目が見開く。煌びやかな装飾だらけの大きな部屋だ。
「すごいな」
「そうだろ!?ボスがつくってくれたんだぜ!」
「トナ兄、」
「あぁ分かっているさ。アレ、魔力補給器だね」
小声で話す保安組。どうやら照明からカジノのゲーム機、スピーカーには電気ではなく大量の魔力を使っているらしい。
(ホウオウサンやリュウガサンのような伝説種族が体液を絞られているとしか思えないレベルの魔力量を一気に放出しているね)
「クルト、そいつらは魔族ではないだろうな」
低い声の方を見て驚く。犬の頭をしたスーツの男だ。よく見ると腕しっぽも犬。スーツで隠されているが見えないところももふもふなのだろうか。黒と茶色の……。
「ドーベルマンか」
「そうそれ!」
ジスラが早かった。トナのテンションが上がる。
「レガー……さん!俺が確認したぜ!」
「そうか。おい、出身を言え」
「俺もコイツもシャフマだぜ」
トナが言うと、レガーと呼ばれたドーベルマンの男が目を細める。
「……わかった。通せ」
3人が大広間に入る。
「っはー、良かったな!レガーさんの審査厳しいんだぜ!てめえらが魔族じゃなくて良かったぜ」
「魔族はどうしてダメなんだい?」
「うーん、わかんねえ!とにかくダメってボスが言ってたな」
「ふーん……?」
(魔法に無知な人間の方が都合が良いからかね)
「トナ兄、何をすれば良いんだ?」
「ん?……あぁ、こんなに大規模なカジノは俺も初めてでね。何からしようか迷っちまうね」
「そうかよ!それなら……」
「ほう、新しいお客様ですか」
ジスラが素早く振り返る。そこにいたのは、恰幅の良い中年男性だった。
「カジノが初めてなら、そこにあるルーレットがオススメですよ。安い金額から賭けられます」
「ありがとう」
「ボスだ!」
クルトがはしゃいでいる。この男がボスらしい。
「こらこら、今はお仕事中ですよ。お客様が破産しないように見守るのがあなたの役目でしょう」
「あ!そうだったぜ!破産しねえようにっと」
「うおっ!?」
「くっ!?」
服のポケットの中に何かが入り込み、財布を持って行かれる。
「え、ちょっと、」
「突然何をするんだ」
「ここでは当然のルールだぜ。破産しねえように、それから、」
「クルト、早くルーレットにお連れしてください」
「了解だぜ!ボス!」
「く、クルトクン!俺たちお金が財布にしか入っていないぜ!一体何を賭ければいいんだい?」
トナが焦ってそう言うと、クルトが目を細めて笑った。
「ここで賭けるのは、てめえらの大切なものだぜ!」
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