第30話

「すまないね。忙しいときに」

「いえ、むしろ呼んだのに待たせたのはこちらですから。館内放送はやめて欲しいですが」

「効果がある方法を知っていたなら、初めから使えばよかっただろう」

「デヴォンサンには会っておきたかったからね。どちらが先でも良かったのさ」

三人で客室まで歩く。

「この後、この部屋でニチジョウの社長との会合があります。申し訳ないのですが、手短に済ませますよ」

「依頼の話しかしないさ。なあ、ジスラ?」

「しないな」

「……父さんなら、大人になった息子とも一緒に風呂に入りたがるところですが。そうですね、一つだけ。ジスラ、私の前ではアイマスクを外してください」

カルロが頬を緩めて言う。ジスラは頷いて赤色のアイマスクを外した。切れ長の目。ピンクの瞳が瞬く。

「大人になってしまえば、同じ地域で働いていても、じっくり顔を見る機会なんてなかなかありませんから。せめて、このときだけでも」

「俺はベルラには似てないか?」

「あまり。あの子は父さんにそっくりな顔です。いえ、私に、ですかね」

カルロは何故か嬉しそうだ。

「……さて、本題に入りましょうか。リクから聞いていると思いますが、違法と疑われるカジノがナモナキで営業しています」

「違法の可能性が高いぜ。父サンが言っていたんだが『カジノに行くと言った人が皆帰って来ていない』らしい」

「……!そんな……」

「まだ大騒ぎにはなっていないがね」

「そうですね、カジノが出来たのはかなり最近のようですから。一ヶ月前には無かったと」

「ふうん……」

「危険がありそうだな」

「ああ、そうだな。ジスラ。大統領はああ言っていたが、正体は隠して行った方がいいかもしれない」

「また変装か」

「今度はあんたもだね」

「それでしたら、私が若い頃に着ていたタキシードが……いや、逆に怪しまれないようにシャフマの田舎者の格好で行った方がいいかもしれませんね」

「無駄に知識がある偉そうな人よりも、ただ賭博が好きな放浪人の方が怪しまれなさそうだね。そういうヤツらが多そうだし」

カルロが頷く。トナは伸びをした。

「んー、別荘にシャフマに行く時用の服が置いてある。よし、向かうか」

「今から行くんですか?」

「どうせここには泊まれないだろう。特別扱いはできないと言われたぜ」

「まだ日没までには少しある。今出れば明るいうちにトナの別荘には着くだろう」

「よし、急ごうか。今夜は別荘で寝ればいいさ。……大の男二人が横になれるスペースがあるかは微妙だがね」

ソテが散らかしていなければいいが。8割散らかしているだろう。

「わかりました。では、これだけ渡しておきますね」

トナとジスラに手渡されたのは、一枚の紙。

「私の名刺です。サインを書いておきました。何かの役に立つと良いんですが」

「あんたの名前を悪用しても良いということだね?」

「時と場合によりますが」

「ありがとう、助かるよ。ジスラはともかく、俺はこういうのないからね」

二人はストワード第一ホテルを後にした。





〜ストワード中央駅〜


「ジスラ、そっちの路線じゃないぜ」

「違ったか」

「分かりくいよなァ……。ストワード中央とニチジョウ中央は特に電車がたくさんあって」

「夕飯用の弁当を買ってくる」

「待て、兄ちゃんがマシなのを選んでやるから。主に味と栄養面で」

二人が駅で弁当を選ぶ。

「んー、どれも似たり寄ったりだねェ……。ん?」


「なんだこの栄養表示は!ふざけてるのか!」

「わ、私に言われましても……」

「ストワードの飯はマズいと聞いていたが、そもそも栄養が偏り過ぎている!味以前の問題だ!こんなものを食べ続けていたら、全員太ってしぬぞ!」

焦げ茶色の髪を後ろで一つ結びにした男が商品に文句を言っている。遠巻きに見ている人々は動画を撮っているのだろうか。男にスマホを向けている。


「面白そうじゃないか。くくくっ」

トナのレーダーが動いた。近付いてみることにする。ジスラも後ろから着いていく。

「ストワード飯に文句を言う人間がまだこの世にいるとはね。残念だが、皆諦めているんだぜ」

「なんだお前は。お前も栄養が偏ってるぞ」

「へえ、見ただけで分かるのかい?まあ、俺は分かりやすいか。なんせ栄養は全て胸に行くからね。ふふふ」

「トナ兄、この人は俺が前にネットで見たブンテイのシェフにそっくりだ。オリジナルレシピを動画サイトに投稿している」

「ブンテイのシェフ?」

ネットでは有名人なのか。撮っている人がいるのも納得だ。

「……ふんっ。あれは勝手に妹が投稿しているだけだ。俺は許可してない」

「なんだかソテみたいだな。面倒くさい男かね」

「面と向かって言うか普通。はあ……お前らもここで弁当を買うつもりだったのか?」

「そうだね。帰っても何も無いし」

陳列棚を見る。どれも揚げ物が入ったベトベトした弁当だ。昼食べたワックと同じ雰囲気だが、無いよりマシだろう。シェフの男が背負ったリュックから二人分の弁当を取り出した。

「……やるから食え」

「え?」

中にはたくさんのギョウザ、白飯、そして

「ショウロンポウじゃないか!!!」

トナが目を輝かせる。突然の大声に驚く男。

「あ、すまない。俺、ショウロンポウが大好物でね。これをタダでくれるのかい?」

「やる。もう太るな。それ以上体重が増えたら肥満まっしぐらだぞ」

「別に太ってはいないつもりだが……ありがとう。助かるぜ」

「ありがとう」

トナとジスラが礼を言う。

「ふん、ブンテイの最高級の弁当だ。味わって食え」

「あぁ。ジスラ、良かったな。今夜はご馳走だぜ」


「オニイチャン!やっと見つけたアル!」

「……ミンシャン」

「探したアル!あれっ、また営業妨害してたでアルか?」

「あー……」

いつの間にか弁当屋がシャッターを閉めている。迷惑行為を見るのも嫌だということだろう。

「面倒くさい男は嫌われるアル!営業妨害100店舗目!記念写真撮るアル!!」

シャッター音。写真には『シァオドン、また営業妨害アル!』の文字を入れた。

「やめろ!勝手にネットに写真を上げるな!」

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