第29話
〜デヴォンの家〜
デヴォンの家はストワード中央郊外にある。デヴォンが大人になるまで住んでいた小屋だ。緑が生い茂っている場所だったが、郊外の道はほとんど整備され、人口が増えた影響で、今ではすっかり住宅街になっている。デヴォンはそれまでストワードでは禁忌であり、シャフマやフートテチでも定義が曖昧だった魔法学を成立させた第一人者となった。47歳になった今では有名な魔法学者としてストワード中央にある大学校で教授をしている。
デヴォンの願いは『一流の魔法使いになること』だったが、大人になってそれが現実的になるにつれてもう1つしたいことができた。それは魔法に関する法典を制定することである。魔法は扱いを間違えると人に危害を加えてしまう。大陸の住人の意識を揃えるためにも、魔法の法典は急務である。現在は大統領リクや他の魔法学者と議論を重ねている最中だ。
「おっ、ノアサンだ」
デヴォンの家の庭で花に水をやっているノアを見つける。
「アントナとジスラン。どうしたの?ユセカラかソテに用?」
「いや、今日はデヴォンサンに会いたくてね。今いるかい?」
「珍しい!何か話すことでも……あっ、もしかして依頼?主人が何か依頼した?」
ノアは昔と変わらず好奇心旺盛だ。ユセカラとソテはトナの付き合いの深い友人である。デヴォンとノアは2人の息子を大切に育て上げた。トナにはそのことへの感謝もあった。
「くくくっ、いや、ただ顔を見たくなっただけだぜ」
「そう?本当に依頼じゃなくて?……あ。今、ザックさんが来てるけど大丈夫?」
「え、父サンが?」
「何か見せたいものがあるって」
「見せたいもの?」
トナが首を傾げる。
「……で、俺の酒場はカジノの噂で持ち切りでねェ。デヴォンはどう思う?」
「シャフマにまでナモナキのカジノの話が来てるの?それ、怪しいよ絶対」
「むしろストワードの人間が全く興味を示していない方が気になったが。シャフマでは都会でも博打は酒とセットでするものさ。父サンの代よりもっと前からそう決まっているんだぜ」
ザックはアレストの酒場を継いでいる。経営は苦手なのでほとんどテリーナがやっている状況だ。相変わらず、顔はかっこいい。顔は。
「ストワードではワインが主流だからね。優雅に飲んでる人が多いでしょ」
「あー、どちらかというと高級ホテルで両手に花……痛あっ!」
軽く頭を叩く。本当に軽くだ。親子の挨拶ってやつ。
「デヴォンサン、父サンが邪魔してるね」
「アントナ。それにジスランも。久しぶりに顔見たけどまた逞しくなった?」
「さてね、体重は増えっぱなしだが」
「え!?アントナ!?何で?……あ、ジスラン!カルロが会いたがっていたぜ」
「これから父さんに会うつもりだ」
「そう。……どうした?2人とも」
トナが視線を向けた先には、見た事のある黄色の巾着袋があった。棚に飾ってある。
「……あれは、」
「あぁ、ヨンギュンの遺骨だよ。ユセカラが持って帰って来てくれてね。僕とユセカラはヨンギュンと縁が深いからね」
念の為小さな声で呪文を唱える。反応は無い。
「それ、確認魔法?」
魔法学者のデヴォンにはお見通しだ。
「石化の魔法でもかかっていないか気になってね」
「それ、ラビーから聞いた話だ。なんか大変だったみたいだね。……ふふふっ」
「え、何?どうしてこっちを見て笑うんだ?」
ザックがキョトンとしている。
「僕たちが初めて会ったときのこと思い出した。スープが毒入りじゃないか、小さな声で呪文唱えてたザック……酷い顔だったなあって」
「えっ!?あ……れは、寒かったし、いろいろ落ち込んでいて……!そんな昔の話はいいだろう……」
「あれから30年以上経ったんだね。あのときの赤ん坊がこんなに大きくなっちゃうんだもんな。すごいと思わない!?」
デヴォンがいつものハイな学者顔になっている。ザックは目を逸らしてため息。トナはくすくす笑った。
「その様子ならヨンギュンサンのことは大丈夫そうだね」
「それを確認したかったのか、トナ兄は」
「ん?気づいてなかったの?ジスラ」
「分からなかった」
「くくくっ、そうかい。……ん?」
机の上に置いてあるチラシが目に入る。
「カジノのチラシか」
「同じカジノだね」
情報量はほとんどない。ただ場所とカジノの意味だけが書いてあるだけだ。
「情報が少ないのが気になるところだね。これだけ大きい紙に書いているのに、中の話は一切していない」
「隠したいことでもあるのか」
「ハッキリしたことは行かないと分からないがね。このチラシ、父サンが持ってきたのかい?」
「ああ。シャフマはそのカジノの噂で持ち切りだぜ。ナモナキまで行ってるヤツらもいる」
「ほう?行った人たちは何て?」
「それが……」
「戻って来ていないから分からないんだ……」
「人が消えるカジノ、か」
「何それ!面白そう!」
デヴォンが目を輝かせている。
「転移魔法かな。それとも、透明魔法……?いや、でもどっちもかなりの魔力を消費するから、魔力源が気になるな……うーん……」
「俺たちはそれを調査する依頼をカルロオジサンから受けることになっていてね、」
「え!それ僕も行きたい!……けど、しばらく忙しい……。アントナ、ジスラン!帰って来たら絶対報告して!何の魔法でそんなことが起きるのか僕も知りたい!」
「くくくっ、分かった。必ず報告しよう。無事に帰ってこられたらね」
「アントナ、本当に行くのか?行った人は行方不明になるんだぜ?危険なんじゃあ……」
ザックの声は弱々しい。
「『人魚の楽園』に行った人に言われたくないねェ。くくくっ」
「……うっ」
「じゃあ、そろそろカルロオジサンに会いに行くかね。またね、デヴォンサン、父サン」
トナとジスラはデヴォンの家を後にした。
〜ストワード第一ホテル〜
「アントナ・エル・レアンドロだ」
受付で名前を言ってカルロに会おうとするトナ。
「あっちのでかい保安官がジスラン・エル・レアンドロで、レアンドロ管理人の実の息子。長男だぜ?」
「そうおっしゃられましても、特別扱いというわけには……順番にお呼びしますので……」
「んー、管理人に会いたいだけなんだが……。じゃあそのマイク貸してくれないかい?館内放送出来るんだろう?」
「え、出来ますけど……お客様にお貸しするわけには」
「かたいこと言わないでくれよ。くくくっ、待合室で足全開にしていびきかいてガン寝するのとどっちがいいんだい?」
「ね、寝相を良くしていただければ、寝るのは構いません……」
「残念だが俺は寝相が大陸一悪くてね。……というわけで、借りたぜ」
「えっ!?」
いつの間にかマイクを手元に手繰り寄せていた。スイッチを入れる。深呼吸。
『レアンドロ管理人!俺さァ!ザッカリーさァ!金を貸してくれ!テリーナはもう貸してくれない!愛おしい弟よ!兄ちゃんに慈悲を!』
館内に響き渡る情けない話。
「ザッカリー!!!!!!」
大きな足音。依頼主は即飛んできた。
「……アントナ?ジスラン?ザッカリーは?」
「すまない。オジサン、俺さ」
「……見事騙されましたね。全く……。そんなことをしなくても23時になれば仕事がひと段落つくのに」
「俺は待つのは嫌いでね。ジスラ、日没どころじゃなかったぜ」
「そうだな」
「じゃあ、話を聞かせてもらおうか。カルロオジサン」
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