第24話
朝のチャイムが鳴る。ベルラがいるクラスに、朝のホームルームのために校長が入ってくる。
「皆さんおはようございます。エゲル先生はまだ見つかりません。何か不審なことがあれば、必ず先生に報告すること」
校長の言葉に何人かの生徒が「はーい」と返事をする。
「そして、今日からエゲル先生の代わりに皆さんの担任をしてくれる……」
「うわ!もしかして代わりのかわいい先生!?」
「いや、イケメンかも!」
「エゲちもわりとイケメンじゃね?」
足音。重い音に、クラスメイトの視線がドアに注がれる。
「……アントナ・エル・レアンドロだ。よろしく」
現れたのはメガネをかけたトナ。ベルラの口から悲鳴が漏れかける。
「すごい髪長い。男の人?」
「スポーツ選手?」
「でっっっか……」
普段のクリームイエロー ベース のスーツではなく、紺色のスーツを着ている。もちろんネクタイはしていないし、シャツの胸元ははだけているが。
「レアンドロ?ベルラと同じ名字だねー」
「ロレシオ!や、やめっ……!」
「おっと。くくくっ……」
大きな体がベルラの席に近づいてくる。前屈みになり、席に大人しく座っているベルラの顔を覗き込む。息がかかりそうなほどの距離。
「ベルトラ・エル・レアンドロ……くくっ、ベルラじゃないか。元気そうでなによりだぜ」
「お、オジサン、どうしてここに……」
「さっき校長先生が説明してくれただろう?先生の話を聞いていなかったのかい」
更に顔が近づいてくる。真っ青な瞳にクラクラする。
「……いけない子だ」
「〜〜〜っ!」
「…………まあ、これから良い子になればいいさ。気を落とすなよ」
すぐに視線を逸らして真顔でそんなことを言うものだから困る。血が繋がっている……年齢が離れているが……従兄弟だが、トナのことはよく分からない。
「みんな、俺のことは『アントナ先生』とでも呼んでくれ。エゲル先生の代理だが、俺は高校に通っていたことがなくてね。何も分からないのさ。……よろしく頼むぜ」
「あ〜っ!アントナせんせーじゃねえのお?」
廊下で声をかけてきたのはクオスだ。
「なかなか様になってんじゃねえのお。普段のスーツは悪いヤツみてえだけどよお。これは真面目なオジサンに見えるぜえ。いくらかマシ程度だけどよお」
「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくぜ」
「あんまし褒めてねえけどよお。そうだ!後でよお、美術部来てくれよお。絵が完成しそうだぜえ」
「放課後寄らせてもらおうかね。ところで、クオスの教室はどこだい?生徒に話を聞きたい」
「あっちにあるぜえ」
「吸血鬼?」
「そうそう。吸血鬼の話さ。知っていることがあれば教えて欲しくてね」
「うーん……」
女子生徒2人が考える。
「うちの友達に、吸血鬼に血を吸われたって言ってる子がいたけど、本当なのかな」
「ほう!その子に話を聞きたいね」
「たしか保健室に……」
〜保健室〜
「あんたが、吸血鬼の被害に遭ったという女子生徒かい?」
「は、はい……」
巻いた黒髪が印象的な静かな生徒だ。
「俺は吸血鬼についての調査をしていてね。分かる情報を話してくれると助かる」
「で、でも……」
「話せる範囲で構わないぜ。昨日襲われたんだったら、まだ怖いだろうし」
「はい。怖かったです……」
「……そう、だよねェ……。話せないなら大丈夫」
(無理やり聞くわけにはいかない。貴重な証言者だが、他に行こうかね)
トナが保健室を出ていこうとしたときだった。
「今は、怖くないです……!」
「!」
「私の話、聞いてください……!」
「……!あぁ」
その女子生徒の話によれば、美術部が終わって片付けをした後、廊下に出たら吸血鬼に襲われたのだという。暗くて姿はよく見えなかったが、首に牙を刺され、血を吸われた。
「そのときの傷です……」
「おお……」
たしかに首に小さな傷がついている。
「きゃっ!」
「すまない」
「いえ……」
女子生徒が少し赤くなる。
「他には何か分かることがあるかい?」
「……も、もうないです」
「そうか」
「すみません……」
「いや、証言が聞けて良かったぜ。ありがとう」
「……」
女の子がぺこりと頭を下げる。
「あんたは美術部なのか」
「は、はい!そうです」
「俺の従兄弟が美術部にいてね。良かったら仲良くしてやってくれ。クオストヤっていうんだが」
「え。全然似てない」
「爺さん婆さんが同じだけだからね」
(しかしそんなに似ていないか?クオスとは結構似ていると思っていたが。目付きとか)
怪訝な顔をしていると、女子生徒が突然立ち上がった。
「アントナ先生!私にできることがあれば、な、何でも言ってください……!」
「あ、あぁ。ありがとう」
放課後はクオスとの約束のために美術室に。ドアを開けると、大きなキャンバスにドス黒い色の絵の具を何度も塗り重ねた絵が目に飛び込んできた。
「トナ兄じゃねえのお。キャハッ。ほんとに来たのかよお」
クオスがイタズラっぽく笑う。
「お……。これ、あんたが描いたのかい?」
「ちげーよお。俺ちゃんのは、こっち」
指し示した先には濃い赤色と茶色の2色を何度も塗り重ねた絵。
「全然ちげーだろお?キャハハッ」
(ち、違いが分からない……)
素人には理解できない芸術の違いなど、トナに分かるはずもないのだが。
「そっちのは同じクラスの美術部の女子が描いたヤツだぜえ。あ、『トナ兄』はそっちの方が好みなのかよお?」
「あんた、わざと学校で『トナ兄』と呼んでいるね?全く……」
前屈みになって顔を覗き込もうと距離を詰めるが、かわされてしまった。
「お見通しだぜえ。キャハッ!ジスラ兄に似た反射神経だろお?……ふぎゃっ!!!」
得意げに後ろにかわしたところまでは良かったが、転んでしまった。
「大丈夫かい?……ん?」
「邪魔なんだけど」
「あんたは……」
先程保健室で話した女子生徒だ。
「あ、アントナ先生……!」
「お。いたのかよお。怪我は大丈夫かよお」
「別に!ちょっとチクッとしただけだわ!それに、吸血鬼なんて全然怖くないもの!」
「怖くないのかい?」
「……あ、いやっ、ええと」
(なんだかさっき話したときと反応が全く違うな。元気なのは良い事だが)
ずっと下を向いて小さな声で喋っていなかったか。
「ねえ、クオストヤ。この人ってあなたの親戚なんでしょう?」
「そうだぜえ。俺の従兄弟」
「ぜんっぜん似てないわね!」
「まあ爺ちゃんと婆ちゃんが同じなだけだしなあ」
(あ、俺と同じこと言ってる)
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