第22話
「んー……」
「「ルカ!!!」」
ルカが目を覚ました。高熱で3日も目を覚まさなかったのだ。
「あー、良かったぜ……。心配したー……」
ドミーとその妻がホッと胸を撫で下ろした。
「とおちゃあ、かあちゃあ。おなかぺこぺこでえーちゅ!」
顔を見合わせる2人。
「なんだよ、すっかり元気かー?」
「しばらくはおかゆよ。3日も食べてなかったんだからね」
「はあい!!!きゃはっ!きゃははっ!」
子どもはすごい。高熱を出した直後なのに、大声で笑っている。
「アントナさん呼んでくるわね。車で寝てるでしょう?」
「ああ、悪い。ルカ、トナ兄がな、今日の朝までずーっとお前の傍にいてくれたんだぜ。すっごーく心配してたから、『ありがとう』って言えよー?言えるよな?」
「はあい!いえまーちゅ!」
ルカは上機嫌で両手を挙げる。
「偉いぞー」
「きゃはっ!きゃはははっ!」
「ルカ、無事かい……」
トナの声に生気がない。掠れている。
「あー!おじちゃあ!きゃははっ!ね、ね、ね、るかはあ、おなかぐーぐーでえーちゅ!」
「そりゃあ良かった……。すごく元気そうで安心したぜ……」
「こりゃダメだ。お礼より自分のお腹のことらしい」
「気にしないでくれ。本当に無事で何よりだからね……」
「るか、ずっとねるしてたあ?」
「してたしてた。まだ動くなよー。お医者さん来るからな」
「やったあ!おいしゃしゃ!おなかもちもちでえーしゅっ!」
ルカは病院が楽しいらしい。お腹に聴診器を当てられることを言っているのだろうか。
「ふふふっ……かーわいいねえ……ふふふっ……」
「うっわ!トナ兄寝ろ!今すぐ寝ろ!やばい顔してるから!」
虚ろな目でデレデレするトナを本気で心配するドミー。
「ルカのことは俺がいるから大丈夫。ありがとう、トナ兄」
「そうですよ。とりあえずドミーの車で寝てていいですから……」
「ありがとう……。そうさせてもらうね……」
トナは深いクマを貼り付けた顔で、フラフラと病室を出る。
「それにしても、ルカを預けてる日に限って高熱出しちゃうなんてね……。アントナさんには悪いことをしたわ」
「子どもは風邪引きやすいけど、ここまで酷いのは初めてだしなあ。トナ兄、本当に運が悪かったよなー。ま、体力回復したら美味い焼肉でも奢るさ」
「お願いね。でもルカが本当に無事で良かったわー……」
―ルカ、それ何だ?
―ピンクのおはなだよお?
―え、何これ。マジで何?……ピンク色の……花びら?違う気がするぜ。
―いいにおいすゆからおかしでえーちゅ!
―いいにおい?
―はあい!っ……んくっ。
―え?
―あじちなあい。
―た、食べ……!ルカ!吐き出せ!
―いやあ!!びええええええ!!!
―な、何食ったんだ!
トナがルカを預かった日。ルカがいつの間にか手に持っていたピンクの小さな花びらのようなものを食べてしまった。その直後、ルカは眠るように気を失ってしまったのだ。
それから3日、ずっと高熱に魘されていた。発熱してすぐに病院に駆け込んだが、原因は分からないと言われた。子どもはよく発熱するから解熱剤を与えながら様子を見るしかないとのことだった。寝ずに看病するつもりだったが、ルカの手を握りながら寝てしまった。そのとき、気づいたのだ。ルカは悪夢に囚われていると。ルカの夢の中で必死に歩き回り、手掛かりを探した。人魚が関わっていると知ったとき、冷や汗が止まらなくなった。強引に夢から覚ますしかない。
「すまなかった、ルカ」
ルカに人魚のことを教えた。悪夢に魘されている横で、人魚の説明をした。ルカは人魚を綺麗だねと言って、また魘された。
夢を夢だと理解させれば、覚めることができる。強引にやるしかなかったのだ。
「トラウマになっていないと良いが……」
車の中でスマホの連絡帳を開き、大統領に電話をかける。
「今から言う物を回収してくれ。すぐに、だ。あぁ、世界が終わるかもしれない」
「あぁもちろん、明日には俺も回収業務をしに行くよ」
「ピンク色の鱗だ。疑わしいものも含めて集めるからね。オーダムの婆サンたちにも連絡をしておいてくれ」
「……そう。人魚の鱗。しんでからも効力があるとは恐れ入ったよ」
お陰で俺とルカは10年間夢の中に閉じ込められていた。
「……なんてね」そう付け加えて電話を切る。
(あれは『魂の声』だけの存在だった。つまり鱗がなければ現実世界に直接の干渉はできない。更に、人魚は絶滅している)
(あの人魚は、ただの幻だ。ただの夢に人魚が出てきただけだ)
(だが、だからこそ危険だな。現実改変の鱗なんて、欲しがるやつは山ほどいる)
「こういう仕事こそ、都合良し屋の俺がやるべきだろう。……なあ、アントワーヌサン」
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