第21話

真夏。真昼。ニチジョウの山奥で雨が降り、蒸されるような暑さに意識を飛ばしたことを思い出しながら走る。

(いつそんなことがあった?)

覚えていない。

(思い出せないほど前なの?)

「はあっ……あっ……?」

目を見開く。目の前に広がるのは、ニチジョウの街中の景色。

「くおすとりゃ、」

クオスが画材を手提げのビニール袋に入れて運んでいる。

「くおすとりゃあっ……!」

気づかない。ルカの息が上がる。ビルの大画面には父さんが踊っている映像が流れている。

「とおちゃあ……!」

手を伸ばすが、届くわけが無い。涙で視界がぼやる。こんなに暑いなんておかしい。蒸される暑さに嘔吐く。

景色が切り替わる。暑さで汗が止まらないのに、今度はどこだろうか。分からない。どこに、なんで、だれだ。

「あつい、あつ……い……」


(ああもういいんだ)


(ラクエンがどこか、ラルフは何者か、僕には分からないけど)


(考えなければ、何も起こらないんだろう)


違和感に気づかなければ、何も起こらないのだろう。だが、そんなことは可能なのか?記憶は途切れる。今苦しんでいる記憶だって、目覚めたら忘れてしまう。何度これを繰り返しているのか、ルカには分からないのだ。


しかし、今、楽になるには、抗うのをやめるしかない。意識を手放すしかない。そうすれば、違和感に気づくときまでは穏やかでいられるのだ。

ルカは自分の足が溶けて、ドロドロの真っ赤な液体になっていることを理解した。しかし、考えてはいけないと思った。においも、したけど。考えなければ、だいじょうぶだから。

溶けだした真っ赤な肉の繊維が下半身を覆い、見たことあるものになる。にんぎょ。

「にんぎょさんだあ……」


―おじちゃあ、にんぎょさんってなあに?


―にんぎょさんはあ、どこにいるのお?


―にんぎょさん、きれいだねえ。


―おじちゃあ……?


―おじちゃあ、ないてるのお?


「おじちゃあ、なんでないてるのお?」


「ルカ、ルカぁ……」

涙でぐしゃぐしゃになった顔のおじちゃあが、ルカを抱きしめる。

「ルカ、すまない。戻ろう。ルカ……」

火傷しそうな体温のルカを、腕が赤くなるのもお構い無しにルカを力いっぱい抱き締める。

「大丈夫、これは夢だから。ルカの夢だからね……」


「なんだあ。るか、ゆめみるしてたのお」

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