第20話

「ラクエンって、ニチジョウの田舎みたいだね」

二人でラルフの故郷を歩く。どこまでも広がっていそうな海、山。『ラクエン駅』の文字はニチジョウ語だ。

「ニチジョウの田舎。そうか、こんな感じなんだな」

「リュウガさんが住んでるところもこんな感じ!空気が美味しくてさ。……本当に似てるなあ」

見える山の数も、海の色も。景色自体に既視感がある。リュウガの暮らしている田舎で見ている景色と同じだ。

「え、本当に似てるよ!ラルフ、僕のスマホに入ってるこの写真見て!リュウガさんの住んでるところの……あれっ」

タップしても、スマホがつかない。真っ黒な画面を見つめる。

「充電切れちまったか?」

「そうかも」

暫く無言で歩く。夕暮れに照らされた景色は、来たことの無い場所のはずなのに、どこを見てもリュウガの住んでいる田舎と重なる。

「俺、お前に会ったときから、夏休みはラクエンで過ごして欲しいって思ってた」

「僕に?」

「……うん」

ラルフの髪が風に揺れる。はにかんだ顔は、美しいと思った。


「ルカ、『ラクエン』にようこそ。歓迎するぜ」




また、眠っていたようだ。

「ここは……」

「ルカ、起きたかよ?」

「ごめん、僕寝てた……?」

ラルフが柔らかく笑う。

「もう夜だからな。眠くなって当然だぜ。俺も今から寝るしな! な!シェイ!」

「睡眠は必要だ……」

「あー、もう寝てるぜ」

「ふふっ」

なんだか記憶が途切れ途切れな気がするが、慣れない場所に来て緊張しているのだろう。誰かが緊張は記憶に影響を及ぼす、と話していた気がする。

(誰が言ってたんだっけ……)

多分テレビで見たのだ。それか、スマホで見た動画で。ぼんやりと考えながら天井を見る。

「ん?」

この天井は見た事がある。暗がりで毎晩見ているものだ。つまり

(僕の部屋の天井……?)


―おやすみ、ルカ。


―ルカちゃん、おやすみなさい。


―もう寝るのかよお。おやすみ、ルカルニー。


(父さん、母さん、クオストヤ……)


メッセージを送ろうとスマホに手を伸ばすが、画面は真っ黒だ。

(僕はどうしてここに来たんだっけ)

(なんだか記憶が)

(やっぱり変だ)


(どこで記憶が途切れた?)



―ト…兄、良いのか?ルカを預けても


―構わないさ。ルカ、オジサンと夏休みを楽しもう。まあ、1泊2日だがね。


―やったあ!とうちゃあ、かえっていいよお。


―はいはい。明日迎えに行くからなー。良い子にしてるんだぞ。


―はあい!!ゆかゆにーに、おまかせでえす!



「……」

ルカはこっそり布団から抜け出す。ラルフが言っていたようにもう夜だ。家の中も窓の外も暗い。

(この家の中も、最初は気づかなかったけど、どこかで見たことある形をしてる。アニメで見たのと一緒?)

家でクオスと一緒に見たアニメに出てきた部屋の間取りと同じだ。天井はルカの部屋のものと同じ色をしているのが妙にアンバランスに見える。

(このお箸も、お皿も、コップも、全部僕の家にある。なんで、ラルフの故郷に同じものがあるの?)

心臓がバクバク言っている。ルカは後ずさりながら、使い慣れているドアを開けた。家のものとそっくり、いや、同じ開け方だった。

(ここは何かがおかしいよ)

(でも、何がおかしいのか分からない)

(僕がどうかしちゃったのかな)

おかしいとしたら、いつから?

外に出たルカは夢中で走る。とにかく気味が悪かった。ラルフと離れたかった。

「はあっ……はあっ……あ……」

頭痛。目眩に襲われ、視界がぼやける。

「嫌だ!!!眠ったら、また……!」

ラルフの隣で目が覚めてしまう。違和感に気づかなくなる。前のめりに倒れ、地面に顔面を強打する。

「何かが……変なんだ……」

瞼がゆっくりと閉じていく。

(だって……痛く……ない……)

ぶつけたところはちっとも痛くなかった。そういえば、アイスの味も感じなかった気がする。今だって夏のはずなのに、暑くも……。


「……ルカ?」

「あ……」

「ルカ?ルカじゃないか!?」

(誰?なんだか聞いたことあるような、ないような声)

ルカが顔を上げると、片目を真っ黒な髪で隠した、青い瞳の妙齢男が。

「ルカ……!ルカだよな!?なあ!?」

抱き締められる。ルカは体に力が入らない。

「俺さ、アントナ・エル・レアンドロ……!分かるかい?」

「……知ら……ない……」


「僕は……オジサンのこと、知らない……」


意識が、飛んだ。





「……ん」

「ルカ、玄関前で倒れてたぜ?大丈夫かよ」

朝。ルカは瞼を開けて、伸びをする。

「大丈夫だよ。心配かけてごめん」

眠ったときのことを覚えていない。自分はどうしてここにいるんだっけ。何日ここにいるんだっけ。

「……」

下を向いてぼうっとしていたら、突然茹だるような暑さがルカの全身を襲った。

「おー、もう昼かよ」

太陽が真上だ。先程まで朝ではなかったか。時間が経つのが早すぎる。

「昼寝しようぜ、ルカ。シェイも一緒にな!」

シェイが頷いてラルフの隣に寝そべる。とても寝られる気温では無い。

「あつい……」

そうだ。魔法。呪文を唱えるが、氷が出るはずなのに、出ない。際限なく上がっていく気温と体温に、吐き気を覚える。

「らるふ?しぇい?」

汗が目に入り、ぼやけていく視界で2人を見る。酷いにおいがする。2人の足が、溶けていく。

「うっ……」

このにおいは知っている。父さんが捨てていた生ゴミのにおいだ。母さんが腐らせてしまった、僕の大好きな、シチューのにおい。

「あつい、あつい、あつい、あつい、あついあついあついあついあつい」

本能が叫ぶ。ここにいたら、僕も溶けてしまうと。

ルカはまだある足を鼓舞するように右手で引っぱたいて、立ち上がった。

「僕、行かなきゃ」

どこに?

「分からないけど、どこかに」

何のために?

「分からない、でも、なにか変なんだ」

玄関のドアの形は、変わっていた。自分の家のものでは無い。でも知っている。どこかで見たことがある。鍵はかけられないけど、簡単に外に出られる。

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