第16話

「んー!やっ!やー……!うー!」

突然ルカがぐずり出した。ドミーが立ち上がって「どうしたどうした」とルカに近づく。

遊んでいた色紙をビリビリに破り、その上に仰向けになっている。

「やらあ!……ぐずっ、ぐすっ……」

「上手く出来なかったかー?」

「ちがうなったあ……」

ポロポロ涙を流しながら、ドミーに抱きつく。

「違うのになっちゃったかー」

ドミーが頭を撫でてやる。小さな手で涙を拭っている様子を、眉を下げて見つめる。

「そういうときもある。大丈夫だよ、ルカ」

「でもお、もう、ないよお」

「ん?あー、紙破っちゃったのか」

頭に来て破っただけではなく、折り跡がつきすぎて破れたものもあるようだ。

「ルカが持ってきた紙、幼稚園で配ってたやつだよな。今家にないな。うーん……」

「折る用の紙を買ってこようか」

「トナ兄、いいのか?」

「構わないさ。ここで座っていても依頼の手掛かりは見つけられないしな。それに、ニチジョウに来たのも久々なんだ、外を歩きたい」

「るかもいくう!あのね、あかいろときいろがほちいのお」

「よし、一緒に行って見て決めよう。ラビーおじさん、すまないね。ルカを借りる」

「そんな……気にしないでいいよ。それより、買い物に行くなら夕ご飯の野菜を少し買ってきてくれると助かるんだけど……。ルカがこんなに食べるようになったとは思わなくて、あまり用意してなかったんだ」

「あぁオウケイ。買い物メモをくれ」

ラビーがメモに欲しい野菜を書き、トナに渡す。

「はやくはやくう!」

玄関に駆けて行くルカに、皆が笑顔になる。

「ルカ、巾着袋持って行くか?この間買ったやつ」

「あ!あー!るかの!るかの!」

「随分かわいらしいサイズの袋だね」

「ニチジョウで使われてる便利な袋だよ。ここの紐を引っ張ると締まる仕組みになってる」

「ふうん、なるほどねェ。便利だねェ」

「あー!るかの!さわるだめ!」

「はははっ、悪いね」

黄色の巾着袋をルカに渡す。

「なんだか良い匂いがするね、その袋」

「るかの!」

「見るのもダメなのかい?」

「いいよお!みてみてえ!」

そんな会話をしながら靴を履いて玄関を開ける。まだ昼だ。太陽が照っている。

「おそらはあおいろでえーす!」




〜画材屋〜


たくさんの画材が並んでいる店に来た。商店街を歩いていたら見つけたのだ。

絵の具や紙が売っている。ルカは目を輝かせてはしゃいだ。本来の目的を忘れていそうだ。

「色のついた紙……おっ、あったぜ」

「るか!えらぶするう!」

「はいはい。どれが良いんだ?」

「あかいろとお、きいろとお……」

「ん?これ、さっきのよりも紙が厚い気がするな。怪我をするかもしれない。薄めのやつは他の場所にあるのか?」


「……キャハッ」


「ん?」

笑い声がした。見ると、ブレザー服の学生が立っている。

「薄いのはこっちだぜえ。オジサン、もう老眼になっちまったのかよお?」

「あんたは……」

真っ黒な髪、ミント色の瞳。下がり眉が特徴的な細身の、

「クオストヤ・エル・レアンドロ。キャハハッ、俺ちゃんの名前くらい覚えろよなあ?」

「もちろん覚えているさ。クオス、久しぶりだね」

「ニチジョウに来たってさっき兄ちゃんから聞いたぜえ。つーかよお、おつかいってなんだよお?俺ちゃんのケータイはおつかい連絡用じゃねえんだけどお?」

「悪かったよ。すまないね。何か奢ろう」

「キャハッ!そんなあ悪いぜえ」

クオスがニヤニヤ笑う。ドミーが悪巧みをしているときにそっくりだと思う。

「くおしゅとりゃ!」

「ルカルニーじゃねえのお!オジサンに捕まってたかよお」

「はあい!そうれしゅ!」

「キャハハッ!子どもは正直でいいぜえ!」

ルカがクオスに頭を撫でられてキャハキャハ笑う。さすがだ。似ている。

「クオス。あんた、学校は終わったのかい?」

「早帰り。もうすぐ夏休みだぜえ?明日美術部で使う絵の具が切れたから帰りに寄ってんだぜえ」

なんだかドス黒い色の絵の具ばかり買い物カゴに入れている。一体何の絵を描いているのだろうか。

「よく使うんだよなあ。茶色とか、濃い赤とかよお」

「今日のおつかいの礼に、オジサンがその絵の具の代金を払おう」

「マジ!?たすかるぜえ!結構高いからよお。ルカの折り紙もたくさん買ってもらうかあ」

「はあい!るか、これにすゆう」

柄のついた色紙だ。シンカンセンの絵が描いてある。

「おおっ、いいじゃねえのお!こっちの金ピカのもどうだあ?」

「きらきらしてゆう」

「あ、あはは……オジサンの財布の心配も少しはしてくれよ?え、そんなに買う?」




「やちゃいありがとお!」

ルカが元気良く言う。トマトやレタス、ダイコンを買った。

「ってことはよお、今日は父ちゃんの特製サラダじゃねえのお?」

「さりゃだしゅきい!」

「俺ちゃんもだぜえ」

「キャハハッ!」

画材屋で買った折り紙と絵の具、八百屋で買った野菜。それを両手に持ち、帰路につく。

「2人とも、ちょっと歩くのが早いぜ。待ってくれ」

「オジサンが遅いんだろお?」

「はやくはやくう!」

「……はぁ、若者と歩いてると自分が歳をとったと痛感して嫌だね」

ため息。

「おっ、ルカ。いいの持ってんじゃねえかよお。この前兄ちゃんに買ってもらってたやつかあ?」

「はあい!そうれしゅ!」

黄色の巾着袋だ。

「何入れてんだよお」

「ないちょ」

「ないちょかよお」

「はあい!おかねれしゅ!」

「言うのかよお」

小銭を3枚入れている。物価が高い時代、こんな少ない額では何も買えないので持っていても特に意味は無い。ルカはドミーの肩叩きをして手に入れた小銭を大切に袋に入れているのだ。もっとも、大きな額を持たせる訳にはいかないので袋に入れて持ち歩くのは3枚まで。残りは家の貯金箱(ルカ自作)に入れてある。

「キャハハッ!……あっ!ううっ!?」

「えっ!?おおっとお!」

ルカがつんのめった。慌てて腕で受け止めるクオス。

「大丈夫かよお」

「ルカ!クオス!はあっ……はあっ……」

トナが息を切らして駆けて来る。2人に怪我はないようだ。ギリギリで受け止めてくれた。

「あれえ。ない!るかの!るかのない!」

「えっ、何が」

「るかのふくろお」

「さっきまで手に持っていたんじゃないのかい?……あっ!」

着物を着た、長い赤毛の大男。目の前でルカの巾着袋を持っている。

「あ!あー!るかの!るかの!」

ルカがぴょんぴょん跳ねている。

「かえちてえ!」

「……」

「おっ……?あんた、リュウガサンじゃないか」

リュウガだ。ニチジョウに住んでいるのは知っていたが、ラビーの家の近く……郊外ではなかったか。

「久し振りだねェ」

「ザックの息子か」

「かえちぇ!るかのお!」

「そしてこやつはラビーの孫……じゃな」

「あ、リュウのオッサンじゃねえのお。なんか全然会ってなかった気がするぜえ」

「ええとおぬしはラビーの息子。次男の方じゃな。ふんっ、全く。おぬしたちは顔がそっくりじゃな。見分けがつかんわい」

「よく見ると結構違うぜ。瞳の色とかね。……すまないが、それはルカのでね。返してやってくれないかい?」

リュウガが巾着袋を見つめる。小さく息をつき、しゃがんでルカに手渡した。

「もう落とすな」

「……!」

「大切なものなんじゃろう。他のヤツの手に渡ったら、盗られるかもしれぬぞ」

「……!はあい!」

ルカが満面の笑みを見せる。リュウガの頬が一瞬緩みかけるが、すぐに大口を開けて脅かした。

「我のようにでかい魔族はのう、こーんな小さい袋なんて丸呑みじゃ!」

「あ、あうう……」

ルカの表情も一変する。

「ちょっと、脅かしてやらないでくれよ。まだ3歳だぜ」

「人間の子は成長が早い。手を離すな」


「……と、こやつの父親に言っておけ。全く、子どもというのは危なっかしいのう」

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