第15話
〜ドミーの家〜
「ただいま、父さん」
「おかえり!待ってたよ」
「ラビーオジサン、コンニチハ。久しぶりだな」
「え!アントナ!?また大きくなったね。本当にザック兄ちゃんに似ないなあ。父さんからそのまま生まれたみたいな……」
体型のことを言っているのだろう。トナも予想外だった。25歳頃から突然筋肉が発達したのだ。それまでは細身だったのに。
「でも僕もそうだったよ。17くらいまでは細かったんだけどね」
大人になると運動しないと太る体質になるんだよね、と苦笑する。ラビーは50歳近い。昔はかなりヤンチャだったらしいが、トナの知る彼はザックよりもカルロよりもゆったりと人生を楽しんでいる落ち着いた大人だ。
「おなかちゅいたあ!」
「おっと、すまない。ルカ」
「ごはん!しゅーしゅ!」
「ジュース、なー。って給食食べてから解散だったよな?ルカ、給食残したのか?さっき食べてないのか?」
「たべたよお」
「足りなかったか?」
「はーい!おなかはいりまちゅ!」
「……なるほど。これは俺も覚えがあるな」
「俺も」
「僕も」
幼児の頃からよく食べる。レアンドロ家の男たちの遺伝子に刻まれている……。
「かれーたべまーちゅ」
ラビーは料理が上手い。ルカ用に甘口にしたカレーだが、大人でも美味しく食べられる味だ。
「おいち!」
「うん!美味しいぜ!ラビーオジサン、また腕を上げたんじゃないか?」
「ありがとう。芸能界から離れてから家にいる時間が多くなってね。ヴァレリアに教わってるんだよ」
10年程前まではラビーもドミーと同じように大陸のスターだった。
奇抜なファッション、肉付きの良い体、コロコロ変わる表情……。年齢の割に舌っ足らずな喋り方とお茶目な性格は、カラー映像を全国に流せるテレビと相性が良かった。
ラビーは年齢を重ね、40歳を超えた辺りからやっと同年代の人間に精神が追いついたのだ。幼少期……大切な12年の空白が埋まるには、それだけの時間と芸能界の経験が必要だった。
今はたまにテレビに出る程度だ。50手前。すっかり老けたがラビーのファンは多い。むしろ年齢を重ねて魅力が増したと言うファンもいる。
芸能界から距離を置いてから、ヴァレリアと共にニチジョウの都市郊外に引っ越した。20代のときにニチジョウ中心部に買った家はここ。つまりドミーに譲り、自分は妻と別の場所でゆっくり過ごすことにしたのだ。若い頃は落ち着きがなくて出来なかった料理やガーデニングをヴァレリアから教わっているというわけだ。
「ところで、あの子はちゃんとしてる……?」
「今日も学校行ってるよ。心配しないでくれ、父さん」
「うぅ……やっぱり無理言っても僕とヴァレリアが最後まで育てるべきだったのかなってたまに思っちゃってね」
「あいつの希望で兄の俺の家から通ってるんだ。ソクジュの端までワープ魔法使って行けるようになったし、大丈夫だって」
「たしかに僕の家からよりドミーの家から通った方がワープ距離も短くて済むけどさ……。寂しそうにしてたらいつでも帰ってくるように言ってねえ」
「分かった分かった。ぜんっぜん寂しそうじゃないけどな!」
ラビーには子が4人いる。ドミー、社会人の娘が2人、そして高校生の男子だ。
末っ子の男子はラビーが郊外に引っ越すと言ったとき、兄とここに残るから大丈夫だとラビーの家に着いていかなかった。
「ストワードの学校は遠いけど、カルロおじさんの息子も通ってるから大丈夫だよ。ちょっと変わった子みたいだけどさ……」
ラビーとドミーがそんな話をしている横で、トナはルカの口元を拭いてやっていた。
「おいちかったれす!ごちちーしゃま!あしょぼ!」
ご馳走様、と、遊ぼうの間が1秒もない。
「ね、ね、ね、みてえ!」
「なんだ?それは」
ルカが幼稚園鞄から取り出したケースの中には色とりどりの紙が入っていた。
「これは何に使うんだ?」
「こおちゃく!」
「工作かい。へえ……」
「みてえ!」
今度は薄い冊子を取り出す。ニチジョウ語で書いてあるようだ。
「これは……あっ、分かった。紙を折ってこの形にするんだね」
「はあい!そおれす!」
「だがルカにはまだ難しいんじゃないかい?」
「できるよお!!!」
ルカは冊子を開き、簡単そうなものを見つけた。3工程のみらしい。たしかにそれならできるかもしれない。
「んー……」
ルカは冊子の図を見ながら丁寧に紙を折っている。黄色の紙が形を変えていく。
「……」
すごい集中力だ。息を潜めて角と角を揃えている。
(すごいな……)
リビングに溢れているルカの作品たち。それらも全て力作だ。まだまだ洗練されたものではないが、3歳でこれだけのものを量産できるルカには立体物をつくる才能があることは明白だった。
(そういえばドミーの弟クンも、絵がすごかったな)
一度見せてもらったことがある。真っ白なキャンバスの上に絵の具を何度も塗り重ねて、独自の世界を表現しているそうだ。ラビーもドミーも自身のファッションセンスが買われ、芸能人になっている。
しばらく集中して紙を折りたいのだろう。そっとしておいてやろう。静かにその場を離れ、椅子に座り直すトナ。
「……ヨンギュンは、僕たちと一緒に……それに、父さんとも一緒に大陸を守った人だからねえ。
ヨンギュンの話になっていたらしい。
「そうだよな……。あれっ、トナ兄。ルカは一人遊び?」
「ああ。紙を折って工作している。すごい集中力だね」
「幼稚園でも一番集中力があるらしい。最も、工作の時間だけだが……」
「元気でいいじゃないか。……さて、ヨンギュンサンのお話を聞こうかね。依頼人サン」
「今回ってドミーが依頼人なの?」
「電話をくれたのがドミーだからね」
「なんとかしたいって言ったのは父さんだぜー」
「……こうしてドミーともラビーオジサンとも話ができてラッキーだぜ」
「泣きついておいて悪いけど、僕もドミーもヨンギュンの遺物には関係がない気がするけどねえ」
「うん。たしかに旧フートテチ王族側からしたら俺たちは部外者だろう。だが、部外者だからこそ柔軟に動けることもある。そもそも俺はそういう仕事を請け負っているからね。なんとかしよう。約束するぜ」
「ありがとう。でも、こうしている間にももう見つかってそうな気はす、」
トナのスマホが鳴る。
「ユセカラだ」
「……そう言ってたら解決したかも?」
ドミーがニヤニヤ笑っている。
「もしもし」
『アントナさん、魔力測定器の用意が出来ました。今どこですか?』
「ニチジョウ中央だ」
『ニチジョウですか……』
「すぐに取りに行きたいところだが、明日もニチジョウで調査をしたい。すまないが、ニチジョウに送って……」
「トナ、ちょっと電話かわってくれ」
ドミーに電話をかわる。
「ドミニオです。ユセカラさん、久し振り」
『ドミニオさんも一緒にいたんですね。お久し振りです』
「またブンテイでお茶でも……。で、魔力測定器なんだけど、うちの弟に学校帰りにブンテイに寄ってもらうように言うから渡してくれないか?」
『あぁ、その手がありましたね。良いですよ。そうしましょう』
「学校が終わったらすぐワープするように言っておきますね」
『はい、よろしくお願いします』
通話が終わる音。トナがドミーに礼を言う。
「ワープ魔法、若いうちは普通に使えたんだがねェ」
「分かるぜー。25超えると短い距離でも1回やっただけでマラソン完走したくらいの息の上がり方するもんなあ。筋肉痛ヤバくて翌日立てないし。できることならもう一生使いたくないー」
「僕が若い頃にはなかったんだよね、ワープ魔法。30年前くらいに魔法学者の……あぁ、そうだ。それもデヴォンが呪文を作ったんだった」
すごいよねえ、デヴォンは。そう言って目を細めた。
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