第13話
「よっ……と!」
数日振りのフートテチだ。またすぐに来ることになるとは。前回のソクジュから更に東に行った地域、ブンテイ。今回はここに用がある。
「ブンテイに来たら、これを食わなくちゃだ」
ショウロンポウ。これが絶品なのだ。シャフマにも模した料理はあるが、やはり本場には敵わない。見た目は可愛いが値段は可愛いとは言えない。こういうのはちょっと背伸びして高級そうなものを食べるのが醍醐味だが。
「ん〜!はふっ……美味いぜ」
一口で食べると肉汁が口内に溢れる。じんわりと涙が浮かぶ。熱さで生理的に、だけではない。それほどまでに美味いもの。
ブンテイは広大な土地である。移動には主にバイクというものが使われている。隣のニチジョウから買っている人が多い。ブンテイの言葉はあるが、ストワード語を喋れる人はかなり多い。これも商売で使うための技の一つなのだろう。
「アントナさん、お久しぶりです」
柔らかい声が聞こえて振り返る。ブンテイ服の伝統的な服を着た、銀髪の青年。メガネをかけた彼はソテの兄のユセカラだ。
「おお、ユセカラサンじゃないか。元気だったかい?」
「えぇ。アントナさんも元気そうで何よりです。今日は来ていただいてありがとうございます」
「まだ礼を貰うには早いぜ」
ウィンク。ユセカラはニコニコ顔を一切崩さない。
「依頼の内容は聞いている。探し物だろう?」
「そうです。僕も探しているのですが、見つかりません」
「柔軟な発想が必要かもしれないね。俺に任せてくれ」
トナが自分の立派な大胸筋をトンッと叩く。
「頼もしいです。僕とリーシーさんはブンテイ中を探しますので」
「分かった。俺はその外を探してみよう。案外ニチジョウやソクジュにあるかもしれないからね」
しかし、なんの手がかりもないとさすがに難しい。
「今、魔力量測定器を用意しています。準備が出来たら、アントナさんにもお渡ししますね」
「おお!ありがたい!」
魔力量測定器。ここ10年で開発された、その名の通り魔力量をはかる道具だ。魔力の込められたものを見つけるときに使う。ちなみに、人には使えない。魔法をかけられた物が対象だ。
「ヨンギュンサンが遺したものならば、魔力が込められていて当然だろう。届くまで、目星をつけるために歩いてくるよ」
「分かりました。よろしくお願いします」
大きい袖を胸の前で合わせて首を傾げ、微笑む。
その仕草を見、トナは目を細めて口元を緩めた。
「あんたはヨンギュンサンを尊敬しているんだね」
「もちろんです。私の憧れです」
〜ニチジョウ〜
ブンテイの東。言語が変わるとニチジョウだ。ここは平地が多く、土地自体は狭いが家や店を建てやすいために人口密度が高い。
ニチジョウの文化は他と比べても特殊だ。特に違うのが服飾だったが今はほとんどストワード人と同じ形の服を着ている。その方が効率が良いらしい。
狭い土地ではあるが文明が発達していてニチジョウ内で生活が完結するため他の土地に行く必要がなく、ストワード語やシャフマ語を喋る人はかなり少ない。
ちなみにストワードやシャフマで使われている電子機器はニチジョウで発明されて量産されているものが多い。シンカンセンやテレビ等の開発はニチジョウで行われたとか。
「おお……」
ビルが建ち並び、そこかしこの画面に鮮やかな映像が流れている。それを撮影して歓声を上げる女性たち。写っているのは同じような格好をして踊っている男性アイドルグループのようだ。
「ニチジョウはいつ来ても活気があるねェ」
タイヤキを咥えて走る学生服の少年、シンゴウ待ちをするスーツの青年、全身ピンクコーデの少女が持っているのはワタアメだろうか。
「しかしどこか静かでもある」
こんなに様々な風貌の人間がいるというのに、それぞれ違う被り物をしていても歩いて行く先は同じような空気を感じる。雑踏の中にもシンとした規律がある。破ってはいけない禁忌の共通認識が人々の心の底を這っている。それがニチジョウという地域の特異性であり、興味深い点であった。
1050年前、三国分裂戦争で負けた魔族たちが最初に逃げた先はニチジョウだったという。それからナモナキやソクジュ、ランサキに拠点を移して行ったのだ。魔族がまずニチジョウを選んだのは、「魔族がいても分からない」からではないだろうか。混沌と規律。皆がその絶妙なバランスの上に座っている。それがニチジョウである。
「……あれは」
見覚えのあるシルエット。ビルの画面にスマホのカメラを向ける。周りの人々も全く同じだった。皆がビルを見上げている。
『今週の動画再生ランキング!!!音楽部門第一位はあの大スター!!ニチジョウ育ちのハーフ!!!』
『ドミニオ!!!』
1億回再生!と彩られた金文字の後ろでドミーが出演しているミュージックビデオが流れている。
それを皆が撮影している。動画はいつでも無料で再生できるが、ニチジョウの人々は『今』のものを記録するのが大好きなのだ。
スマホの画面を指で拡大しながら、従兄弟の顔を見る。自分もシャフマとストワードのハーフだが、彼とは全く顔のタイプが違う。それが面白くてたまらない。
ニチジョウの人々はドミーのことが好きなのだろう。彼らにとってドミーの顔が自分たちと違う種類をしているということは関係がない。彼がニチジョウ語を流暢に話し、ニチジョウ産のクルマを乗り回し、ニチジョウのラーメンが何よりも好きだということが重要なのである。ドミーはニチジョウで生まれ育っているから当然ではあるのだが。
「ドミー、ニチジョウは良い街だね」
『あれっ?今ニチジョウにいるの?もしかして寝過ごした?』
電話にすぐ出た。ということは今日はオフだ。
「いや、ニチジョウに手がかりがあるか探しに来たのさ。ブンテイはユセカラサンに任せてきた」
『ニチジョウに何か引っかかることが?』
「ヨンギュンサンはニチジョウの着物をよく着ていただろう。もしかして知り合いがいるかもしれないと思ってね」
『なるほど。ブンテイ内にないなら別の地域の知り合いに預けた可能性もある、か。……ん?あー!トナ兄!前!前見て!』
「ん?」
前をよく見ると、数メートル先に手を振っている浅黒い肌の男が。虫の背中のような色のサングラスが光を反射している。
「おお!ドミー!」
スマホを持ったまま走る。
「気づかなかったぜ。こんなに人がいると分からないものだね」
「ニチジョウは狭い癖に人ばっかりだからな。はははっ!第二の故郷、ニチジョウにおかえり。トナ兄」
「ただいま、ドミー。しかし俺はいくつ第二の故郷があるんだろうな?」
ドミーがサングラスをずらし、ミント色の瞳を従兄弟の青の瞳に合わせて片眉を上げた。
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