第3章『頑固竜と無責任狐』
第12話
〜ブンテイ〜
「なんじゃ。呼び出しとは」
「本当に来てくれるとは、ふふふ」
「……手短に話せ」
「おや?あっしの心配をしてくれて……ごほっ……」
「……」
「ユセカラに後を頼みたい。彼とリーシーさんにそう伝えて欲しい」
ヨンギュンが目を閉じる。
「あっしは幸せ者でしたからねい。最後まで従者をやらせていただいて……御恩がありやす」
「大陸統一のずうっと前から……あっしは……この大陸で……生きていやした……」
「たくさんの時代を、たくさんの人と動かしてきやした……」
「だから、あっしの記憶を、託しやす。きっと誰かの役に立って……ごほっ……」
ヨンギュンが巾着袋をリュウガに手渡す。
「これはあっしが封印していた記憶。リーシーさんにも一度も話したことのないものですぜい」
「無理に見せようとは思っていやせん。気持ちの良いものではごぜえませんからねい……」
「……誰かに、見せるときが来たときに……あなたから、渡してくだせえ。ごほっ……」
リュウガはヨンギュンの手を握り締めた。
「どんなときじゃ」
「それもあなたが判断してくだされば……」
「無責任狐が……」
「んふふっ、そうですねい……全く、その通りでござんす……」
「ふんっ、我に託すとはのう。我は勝手な魔族じゃぞ。おぬしが望まぬ時に望まぬ相手に見せるかもしれん」
「……それも、あなたの自由でごぜえやす」
「あっしと同じ痛みを知っている、あなただから……きっと上手く渡してくれる。そう信じていますぜい……」
最期に、ヨンギュンがリュウガの大きな手を握り返した。力が抜けたかと思うと、体温が失われていき……。
「同じ痛み……か」
それだけでなんとなく予想がつく。もう何百年も前の話なのに。自分もしぬ直前まで、それを忘れられないのだろう。
(それが良いことなのか悪いことなのか、我にはまだ分からぬというのに……無責任な狐じゃ)
〜ストワード トナの別荘〜
ソテがいないリビングはやけに広く感じる。
―カフェに行ってくる。
―別に編集から逃げている訳では無い。昨日入稿したばかりだからな!
―俺だってカフェで注文くらいできる。馬鹿にするな。
「からかう奴がいないのは寂しいねェ……。……ん?」
着信だ。
「ドミーから……。もしもし、アントナだ。何の用だい?」
『もちもち!!』
「っ!?」
『るかゆにー、えゆ、らんどろおです!』
油断した。かわいいの洪水にやられてしまう。濁流。危険だ。
『あのねー、とおちゃあがねえ、おでんわしたのお!るかすゆのお』
「……電話をかい?」
『そうらよお。るかはねえ、よんちゃい!つぎ、よんちゃい!です!』
「くくっ、存じ上げております」
『よんちゃいなったらねえ、おにいちゃあだってえ』
「はあっ……ふふ、そうだね。ルカはお兄ちゃんになりたいんだもんな」
『うん!!!』
こちらの鼓膜のことを何も考えていない大声でのお返事。それすらも愛おしいのだから、幼児というのは危険な存在である。
「お父さんにかわらなくていいからな」
『いいよお!きゃははっ!きゃはっ!きゃはっ!きゃははっ!』
「あー、笑い声かわいいなァ……ルカ、今度はいつおじさんの家に来るんだい?」
『しばらく行かないよ。トナ兄』
「はぁ……」
かわいくない成人男性にかわってしまった。
『露骨に嫌がらないでくれよ。トナ兄に仕事の依頼だ。うちの父さん経由でな。旧国王が絡んでる』
「旧国王?爺サン……アントワーヌサンはこの前亡くなったし、違うよな?……おい、まさかあっちの爺サン絡みじゃないだろうね。……だったら父サン……ザッカリーに頼むぜ」
『アレス爺ちゃんも違う』
「じゃあ旧フートテチ王国の国王か。何か問題を起こす人には見えなかったがね。トラブルに巻き込まれているのかい?」
『従者がしんだ』
「え、ヨンギュンサンが!?マジ!?」
『マジだよ。それでちょっと王宮内が荒れてる。従者が遺したある大切な物が見つからないらしくてね。ブンテイの自治には問題ない程度だが……いざこざが起きて面倒な感じなんだと』
「というのを、あんたはラビーサンから聞いたんだね?」
『そうそう。父さん、ああ見えて結構心配性だからさ。ブンテイから訃報を受けてすぐにリーシーさんに電話したら超疲弊してたって……どうしよう!このままじゃブンテイがピリピリしちゃうよ!って……正直見てられないし、俺も心配だから』
「分かった。引き受けよう。報酬はルカでいい」
『たまにやるルカのお泊まりな!妙な言い方するな!アレス爺ちゃん似だなほんと!』
電話を切り、深呼吸する。
「ヨンギュンサン……一体何を遺したんだろうね……」
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