第1章『仕事前』

第1話

「じゃあ、仕事に行ってくる」

「行ってらっしゃい。気をつけてね〜」

「あぁ。……」

「どうしたの〜?遅れるわよ?」

「……ルル」

「あらあら〜」

リップ音。トナは口元を緩めたまま、玄関のドアを開けて外に出る。

(今が一番幸せだぜ……!)



ストワード地区中央へ向かう。シャフマ地区は砂漠だが、少し北に行けば旧国境があり、そこには中央へ向かう駅がある。

20年ほど前までは蒸気機関車だったが、今はフートテチ地区のニチジョウという地域で開発されたシンカンセンという……機関車よりも速い乗り物が出来た。

このシンカンセンはストワード地区とフートテチ地区の一部を走っている。シャフマ地区は砂漠なので線路が引けなかったのだ。

それでもかなり便利になった。機関車は走った後の地域の空気が真っ黒になるし、音がうるさくてなるべく駅に近づきたくないと利用者以外は敬遠していたのだが、シンカンセンは空気汚染や騒音問題も改善してくれるものだ。駅周辺は人が集まって栄え始めている。シンカンセンのおかげで浮遊魔法を使わなくてもストワード地区の端から端までたった1日、ランサキからツザール村までも3日あれば余裕を持って移動できるようになった。革新的な技術だ。

「隣、失礼するぜ」

そんなわけで利用者が多いのでいつでも混んでいる。やっと座れる場所を見つけた。声を掛けて、座る。

「……あ」

髪と脚の長い男だ。真っ黒な髪を一纏めにしている。

「ん?座ったらまずかったかい?」

「いや……。あんたはどこで降りる?」

「ストワード中央だ」

「俺もそこだ。問題なかったね」

男の足元には大きな鞄がおいてあった。旅行客だろう。

(あぁ、荷物が大きいから俺が後だと降りるときに大変ということだな。少し神経質過ぎる気もするが……)

思いかけて、はたと気づく。自分の体格に。

(いや、まあまあ大変か。荷物を抱えて俺の前を通るのは)

トナは身長が190センチある。しかも、縦だけでなく横にもでかい。

(アントワーヌさんは俺のことを『恵まれた体格』だなんて言うが、こういう苦労もたまにはあるんだよなァ……)


中央までは距離がある。特にやることがないし、黙っているのも気まずいので、トナはこういうときは隣に座った人に話しかけている。

「なぁ、あんたはどこ出身なんだ?」

「ん?ソクジュだよ」

「ソクジュはフートテチ地区の西側の地域だったか?」

「そうだよ。俺はそこで通訳なんかをしてるんだが、忙しくてね。観光客が多くて……」

「ソクジュは観光地だもんなァ。俺も何度か通ったことがある。立派な王宮、いや、城があるよな」

「ホウオウの城だね」

「そう、ホウオウ。前に姿を見たが、すごく綺麗な羽だったなァ。あ、たしか財布の中に……」

トナがリュックから財布を取り出す。

「これこれ。そのときに拾った羽だ。虹色だし、神のものだから、なんだか縁起が良い気がしてね。大切にしているのさ」

少し色褪せてきちまったがね、と苦笑するトナ。

「……!そんなに大切にしてくれているのか」

「普段神とは縁がない生活をしているから、物珍しいのもあるな」

「……そうか」

男は嬉しそうにはにかんだ。

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