第270話 タンポポチャさんとの再会

 どうやら、ヒヨリが春に走る方の天皇賞で無事に勝ったみたいですね。うん、あの持久走ですよ持久走!


 もう2度と私は走りたくないと思ったレースですが、ヒヨリは私よりタフですから向いているのでしょうか? 多分ですが、ヒヨリと持久走を一緒に走ったら勝てる気がしませんよ?


 もっとも、まだレースが終わったばかりなのでヒヨリが此方へ帰って来るのは来週になるみたいです。ヒヨリと一緒にフィナーレやドータちゃん達も帰って来るのかな? 桜花ちゃんはヒヨリの事しか言ってなかったので、そこら辺は良く判りません。


 来週に備えて、少し運動するべきか、それとも今のうちにしっかり休んでおくべきか、其処で悩んでいた私ですが、何と! 引退後に初めてタンポポチャさんの所へ遊びに行ける事になったんです。


 今週の初めに、桜花ちゃんからタンポポチャさんに会いに行けるよと聞いた時には、思わずピョンピョンと大喜びしちゃいました。


「ブルルルルン」(やっぱり引退すれば遊びに行けるんだね)


 現役中だとどうしてもレースが中心になっちゃいますよね。放牧中もちゃんと自分で練習しないと勝てないと思いますし、そう考えればやっとのんびり出来るようになったんですね。


「ブフフフン」(タンポポチャさんと駆けっこするのかな?)


 拙いですね。そうすると、ちょっとお腹周りがですね。


 思い出されるのは、タンポポチャさんの引退式ですね。ご飯を食べ過ぎて、ぜんぜんタンポポチャさんに追い付けませんでした。そう考えると、ご飯を食べる量を今からでも制限した方が良いのでしょうか?


 じっと目の前の空になった飼葉桶を見詰めます。


「ブルルルン」(運動量で何とかしましょう)


 そもそも、お馬さんになって唯一の楽しみがご飯ですからね。放牧されている時のおやつを制限する事として、あとは運動で頑張りましょう。最近は1歳馬の子供達と走っていますし、そう考えればこれくらい食べていても大丈夫?


 ちらっと自分のお腹を見て、やっぱりもう少し運動しようと思いました。


 そして、待ちに待ったタンポポチャさんのお家訪問の日です。


 タンポポチャさんに久しぶりに会えるのが楽しみで、移動中の馬運車の中でも寝る事が出来ませんでしたよ!


 やっぱり同じ北海道にタンポポチャさんの住む牧場はあるみたいで、桜花ちゃんの牧場を出て体感で1時間くらいかな? だいたいそれくらいで到着しました。


 馬運車を降りると、そこの厩務員さんが迎えに出てくれていてタンポポチャさんのいる放牧場まで連れて来られました。


「トッコ、嬉しいのは判るけど、ちょっと落ち着いて!」


 今日は、なんと桜花ちゃんも一緒に遊びに来ています。あと桜花ちゃんのお母さんも来ているんですが、お母さんはすぐに別行動? 何か大きな建物の方へと行っちゃいました。


 でも、私は桜花ちゃんも一緒なので楽しさも思いっきり2倍になっちゃいますよ! さっきから、思わずピョンピョンスキップしちゃうのも仕方がないと思いますよね?


 私達のそんな様子を笑いながら見ている厩務員さん。その厩務員さんが立ち止まると、綺麗に整えられた放牧地が目の前に広がっていました。


 うん、何かやっぱり桜花ちゃんの所の牧場より広いですね。到着した時から、建物とか、雰囲気とかで解っていましたけど、結構大きな牧場っぽい? 大きな放牧地も見える限りで数か所ありそうです。


 そして、そんな大きな放牧地の先には、仔馬を連れた親子が何組も居るのが見えました。遠目ですからより仔馬は小さく見えます。母馬が大きいだけにより小さく見えるのでしょうか? 生まれてからまだ1ヵ月くらいですから、まだ小さいのは仕方がないですね。


 私は、放牧地の柵の手前で止められて、柵から頭を出して放牧地を眺めています。


「ブフフフフフン」(タンポポチャさんが居ませんよ?)


 グルっと放牧されているお馬さんを見渡すのですが、タンポポチャさんっぽいお馬さんが見当たりません。あの悪役令嬢っぽい雰囲気は遠目でも判ると思うのですが、見る限りズンドンドンのお馬さんばかりです。


「ブルルルン」(タンポポチャさんどこ?)


 思わず桜花ちゃんに尋ねちゃいました。


「うんっと、すいません。タンポポチャ号を呼んでいただく事ってできますか?」


「ええ、ちょっと待ってください」


 厩務員さんは放牧地を見回して、ある母子で視線を止めます。そして、大きな声でタンポポチャさんの名前を呼びました。


「タンポポ~~~。タンポポ~~~」


 その声に、放牧地の何頭かのお馬さんが顔を上げて此方を見ます。


 うん、何だろう? って感じですよね? 若しかしたらリンゴや氷砂糖が貰えるかもしれませんし、思わず見ちゃいますよね。


 そう思って私がうんうんと頷いていると、視線の先にいた母馬がゆったりと……、途中から中々の勢いでこっちに向かってきます!


「ブヒヒヒン」(何か凄い勢いですね)


 仔馬が思いっきり置き去りにされていますよ? そんな事を思っていたら、あっという間に目の前にって……。


「ブルルルン」(もしかして、タンポポチャさんですか?)


「キュヒヒン」


 うん、やっぱりお返事は何と言っているか判りませんね。ただ、傍で見ると確かにタンポポチャさんです。お顔は其処迄変わらないです。ただですね、何といいますか、うん、うちの牧場でご一緒しているお姉さま方と一緒と言いますか。


「ブフフフン」(ご無沙汰してますぅ?)


 ご挨拶して、頭スリスリしようと柵から頭を突き出します。タンポポチャさんも頭スリスリしてくれて、久しぶりに会えたことをお互いに喜びました。


カプッ!


「キュフン!」


 え? え? 何ですか! 何かタンポポチャさんにカプッってされちゃいましたよ!


 慌ててタンポポチャさんを見ようとするんですが、その前にハムハムが始まっちゃいました。


 あの、タンポポチャさん? 今のカプッっはなんですか?


 そんな疑問で頭の中は一杯になっているんですが、此処でハムハムしないとまたカプッってされちゃいます。タンポポチャさんもそうですが、ヒヨリなんかもそうなんですよね。


 私は仕方なくタンポポチャさんをハムハムし始めます。


「えっと、今のは何なんです?」


 私と同じ疑問を持った桜花ちゃんが、厩務員さんに尋ねてくれました。そこは私も知りたいので、ハムハムしながらお耳をピコピコさせてお話を聞きますよ。


「う~~ん、久しぶりに会えて嬉しい。その感情が有り余ってって所でしょうか?」


「そうなんですか? なるほど」


 桜花ちゃんはそう頷いて、タンポポチャさんを見ています。ただ、直ぐにちょっと首を傾げました。


「違うかもしれませんけど、何でもっと早く会いに来ないの! とかじゃないですよね?」


「それは、何とも言えませんが」


 成程、何となく桜花ちゃんの言う事の方が正しい気もするんですが、頼めばタンポポチャさんの牧場に遊びに来れたのでしょうか? 後で聞いてみないと駄目ですね。


 私とタンポポチャさんはお互いにハムハムしているんですが、そんなタンポポチャさんの足元では仔馬がトテトテ動き回っています。そして、いまはタンポポチャさんのお乳を飲んでいるので、やっぱりタンポポチャさんの子供みたいですね。


「大丈夫そうですね。ここの牝馬のボスはタンポポですから。これなら一緒にしても大丈夫そうですね」


「ちゃんとトッコの事覚えていましたね」


 うん、タンポポチャさんですからね。何と言ってもマイベストフレンドですよ。


 ちょっと誇らしげに胸を張ろうとしたら、タンポポチャさんがちょっと頭を引いて大きく口を開けたので慌てて首を引っ込めました。


「おや? ああ、タンポポが桜花さんに嫉妬したのかな? ミナミベレディーが桜花さんを気にした様子でしたから」


「どうでしょう? とりあえずトッコをお願いします」


「判りました。タンポポ、ちょっと待てよ。今放牧地にミナミベレディーを入れるからな」


 私が離れた事で、タンポポチャさんがちょっとご機嫌斜めに? 私が引綱を引かれながら放牧地の入口へと移動していくと、タンポポチャさんも柵の向こう側で追いかけるようについてきます。


「しかし、映像では見ていましたが、タンポポとミナミベレディーは本当に仲が良いですね」


「ですよね。私も吃驚しています。思いっきりレースではライバルだったんですけど、不思議ですよね」


 放牧地のゲートが開けられて私が放牧地に入ると、改めてタンポポチャさんにご挨拶します。併せて、タンポポチャさんの足元にいる仔馬ちゃんにもご挨拶しようとするんですが、タンポポチャさんの後ろに隠れちゃいました。


「ブルルルン」(怖くないですよ~)


「キュフン」


 私が仔馬ちゃんにそう声を掛けると、タンポポチャさんが仔馬ちゃんを見て、お鼻でつんつんします。


 そんな私達の様子を柵の外から見ていた厩務員さんが、突然とんでもない事を言いました。


「いやあ、まさかタンポポは仔馬の父親がミナミベレディーだと思ってないですよね? 何か生まれてすぐ単身赴任した旦那に、子供を紹介しているように見えましたね」


「は、はあ」


 私もそうですが、桜花ちゃんも何言っているんだこの人っていう目で厩務員さんを見ちゃいました。


その後、私はタンポポチャさん達と放牧され、しばらくはお互いにハムハムしていました。タンポポチャさんが満足すると、一緒に放牧地でのんびりしています。


 それにしても、今ならタンポポチャさんとヨ~イドンしても勝てるような気がします? 何と言いますか、1年ほど見ない内に、タンポポチャさんもすっかりとズンドンドンですね。


 流石はお母さんという所でしょうか?


 タンポポチャさんの子供は、まだまだお母さんの周りをチョコチョコしていて非常に可愛らしいですね。最初は、何故か私の事を怖がっていたみたいなのですが、今は慣れたのか私の周りもチョコチョコしています。


「ブルルルン」(タンポポチャさんもお母さんですかあ)


「キュフフフン」


 タンポポチャさんがお返事してくれますが、やっぱり何を言っているのか判りませんでした。


 でも、一緒に並んでのんびりまったりしながら牧草を食べる。うん、すっごく贅沢で幸せですね。

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