第249話 ミナミベレディーの引退式 後編 で終わらなかった!

 目の前に真っ白なお馬さんが先導してくれて、本馬場へと入りました。でも、周りは真っ暗ですし、私を照らし出しているスポットライトは逆に眩しいですし、何か変な感じです。


「ブルルルン」(やっぱり真っ暗ですねぇ)


 周りに大勢の人達がいるのは判るんですが、暗くて人の顔が判りません。きっとこの中に桜花ちゃんが居ると思うのですが、誰か桜花ちゃんを照らしだしてくれないでしょうか?


「ベレディー、大丈夫だよ。怖く無いからね」


「ブフフフン」(桜花ちゃんは何処ですか?)


 鈴村さんが首をポンポンしてくれます。夜にお外で放牧されたりしますから怖くは無いんですよ? ただ、桜花ちゃんが何処かなって思っただけなんです。


 桜花ちゃんを探しながら、鈴村さんに誘導されてトコトコ歩くんです。すると周りから拍手とワーっていう歓声が鳴り響きますね。誰か有名人でも居るのかな?


「大丈夫だよ。みんながベレディーの事を祝福してくれているんだからね」


「ブヒヒヒン」(私への拍手なの?)


 成程、良く判らないですが、きっと今日のレースで馬券を当てたんですね? その感謝の拍手ですね。私はそもそも賭け事とか良く判りませんが、競馬が博打だという事は勿論知っています。大儲けしたんでしょうか? でも、賭け事は程々にですよ?


「ブルルルルン」(でも、儲かったらリンゴをくれても良いのですよ?)


 観客席に向かってそう嘶きますが、やっぱり通じて無さそうですね。


「キュフフフン」


 私の後ろでヒヨリも嘶いています。ヒヨリもリンゴが欲しいのですね。うんうん、判ります。きっとご主人様とか、牧場のお母さんが箱で送って来てくれると思うんです。もし貰えたら分けてあげましょう。


 ただ、ヒヨリは何となく落ち着きが無さそうですね。やっぱり何時もと雰囲気が違いますし、暗い中で大勢の人の気配がしますから緊張しちゃうのかな? お耳がちょっと下がり気味です。


「ブルルルルルン」(ちょっと宥めてあげた方がいいですかね)


 そう思ってヒヨリを振り返ろうとしたら、手綱を引かれて止まっちゃいました。どうやら鈴村さんが下馬するみたいです。


「ベレディー、また後でね」


 私の首をトントンと叩いた後に、鈴村さんは表彰台? へ行っちゃいました。引綱を引いていた人達も代わって、私はこの後どうすれば良いのかなと思ったら変わらずに歩かされます。


 歩かされながらも桜花ちゃんを探すのですが、暗いのでやっぱり顔が良く判りません。あと、人が多すぎますね。その所為で余計に桜花ちゃんが見つかりません。


「ブフフフン」(歩かないと駄目ですか?)


 桜花ちゃんが居ないのなら、ゆっくりしたい気持ちが強いのです。今の感じからすると、明日は絶対筋肉痛なんです。それでも、何故かウロウロと歩かされて、私の後ろをヒヨリも一緒に付いてきます。


 とりあえずヒヨリを宥めておきましょうか。


 ただ意味も無く歩いているのも何なので、立ち止まってヒヨリを見ます。すると、ヒヨリはお耳をピコピコさせて嬉しそうに私の横にやって来ます。ただ、私は大きな馬着を着せられているのでハムハムが出来ませんね。


「キュヒヒン」


「ヒヨリ! 待て! それは拙い!」


 何でそんなの着ているの! 邪魔よ! とでも言う感じでヒヨリが私の馬着をハムっといますが、ヒヨリに騎乗している騎手さんが慌てて綱を引っ張ります。


「うわ! あ、すいません。ちょっとベレディーを離しますね! ほら、ベレディー歩いて!」


 引綱を持ったよく見る厩務員さんが私を歩かせようと引っ張りますが、疲れてるから歩くのが面倒なんですよ? それにヒヨリを宥めないと何ですよ?


「キュヒヒヒヒン」


 ほら、ヒヨリが御立腹で頭をブンブンさせています。仕方が無いので厩務員さんをズルズルしてヒヨリの方へと頭を向けました。


「ベレディー! ちょっと、ちょっと待って!」


「うわ!」


 引綱を持った厩務員さん達は、私に体ごと寄りかかって向きを変えさせようとするんです。ただですね、ヒヨリがご機嫌斜めですよ?


 という事で、ヒヨリに向き直って頭スリスリします。


「キュフフフン」


「ブルルルルルン」(大丈夫ですよ、一緒にいますからね)


「ああああ」


 何か厩務員さんが煩いですね。ただ、周りでは何かザワザワしています。


 ヒヨリは昔からちょっと神経質な所がありますからね。頭スリスリで少し気持ちが落ち着いて来たようです。ただ、ハムハム出来る場所が狭いですね。まあ、お構いなしにハムハムするんですが。


ハムハムハムハム


ハムハムハムハム


 ヒヨリがハムハムし易い様にちょっと位置を調整してあげます。ただ、さっきあれだけハムハムしていたんですが、まだ満足していないのでしょうか?


 そんな風にハムハムしていると、此方へ近づいて来る人がいます。


「うわあ、まだ記念撮影とかあるのに」


「ブヒヒヒン」(桜花ちゃんだ~~!)


「キュフン」


 桜花ちゃんの登場に、思わずそっちへと頭を向けたらヒヨリが何やら抗議の声をあげました。


◆◆◆


 恵美子は、視界の隅でミナミベレディーと桜花が何やらバタバタしているのを見ていた。そして、内心であの子何をやっているのかしらと思いながらもインタビューが始まる。


「まずは、ミナミベレディーが無事に引退を迎えられましておめでとうございます」


「ありがとうございます。応援してくれました皆様には申し訳ありませんが、本当に、無事に引退してくれてホッとしています」


 ミナミベレディーは生まれた時から、其れこそ桜花賞を勝利して以降も、何かと心配だらけだったような気がするわね。


 恵美子のそんな思いをまるで知っているかのように、細川は質問を続ける。


「GⅠ10勝、まさに歴史に残る名馬、名牝となりましたミナミベレディーですが、そのミナミベレディーの生産牧場として、今のお気持ちは如何ですか?」


「そうですねぇ。記録を見ると本当に凄い仔なんですが、名牝と言われても未だに何処かピンと来ていないんです。前にテレビでもお話しした事もあると思うんですが、生まれた時はそれこそ歩くのも不器用な仔で、無事に競走馬になれるか心配したくらいなんですよ」


 恵美子の言葉に、観客席からも多くの反応が返って来る。


「はい、そうでしたね! 小さい頃からピョンピョン跳ねていたんですよね?」


 細川は幾度も北川牧場へと遊びに来ている。その為、この話も恵美子から幾度となく聞いていた。


「何方かというと変わった仔馬という印象が強かったですね。初めの頃は、やっぱり中々買い手がつかなくて心配していたのを覚えています。サクラハキレイ産駒の牝馬でしたから、期待もあったので、本当にヤキモキしてしまいました。

 幸い大南辺さんに買っていただく事が出来たんですが、売れ残りを、みたいな気がしてちょっと罪悪感もあったり。まずは無事にデビュー出来るだろうか、せめて無事にデビューしてねと心配していた事を覚えています。


 ふふふ、無事にデビューが決まっても、そこから、まずは1勝出来るかとか、最後の方は無事に怪我無く引退してくれるだろうかと、ずっと心配していましたね」


 そう言って笑う恵美子だが、デビューまでの経緯はだいたいテレビでも放送されていた。それ故に競馬ファン、ミナミベレディーファン達の殆どが知っている事であった。


「凄いですよね! 売れるかどうかを心配したサラブレッドが、今や歴史的な牝馬ですよね!」


 細川自身もこのミナミベレディーの逸話は大好きで、思わず喰い気味に合槌を打つ。


「本当に凄いお馬さんになって、ベレディーには勿論ですがサクラハキレイには感謝しか無いです。うちの牧場の今があるのも、多くの重賞馬を産んでくれたサクラハキレイの御蔭ですから。ベレディーと共に感謝したいです」


 そう言って笑顔を浮かべる恵美子に、細川は更に質問を続ける。


「サクラハキレイのお話が出た所で、やはりファンの皆が知りたいのは引退後、繁殖に回るミナミベレディーのお相手が既に決まっているのかと言う事だと思うんです。そこら辺は如何でしょうか? 最終決定権は北川牧場にあると伺っているのですが」


 細川の質問に、それこそ恵美子はコロコロと笑う。


「お相手ですね。残念ながらかしら? まだ決まっていません。馬主である大南辺さんや、提携して頂いている十勝川さんの意見なども聞きながら決めて行きたいと思っています。もっとも、初年度に種付けできるかはベレディー次第なので、どうなのかしら?」


 たまたま、桜花に引綱を引かれながら大人しく演壇の後ろを通過して、恵美子の視界に入って来たミナミベレディーを見ながら思案気に頬に手を当てる。ただ、そのミナミベレディーを見ていると、今まで素直に桜花と歩いていたのが急に突然立ち止まり、大きく目を開いて、耳をピンと立てて恵美子へと顔を向けていた。


「あら? 何か吃驚しているわね」


 恵美子の言葉に細川もミナミベレディーを見る。すると、桜花が引っ張っても動かずに此方を見ているミナミベレディーの姿があった。

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