第247話 ミナミベレディーの引退式 前編
引退式の開始前、ターフモニターではミナミベレディーのGⅠレースにおける軌跡が流され始める。
初めて勝ったGⅠレース、奇跡は此処から始まった!
ターフビジョンには、映し出される文字と共にミナミベレディーが初めてGⅠを勝利した桜花賞のゴール間際の映像が映し出される。
『ファニーファニーをあっさり交わし、タンポポチャは2番手に! プロミネンスアロー3番手! 先頭を走るミナミベレディーとの差は残り半馬身!
これは前を捉えたか! 坂を抜け、ゴール直前の短い距離で、2頭が揃ってミナミベレディーに追い付いた! そして、3頭並んだ所がゴールだ!
これは判らない! 大外タンポポチャ差し切ったか? 内ミナミベレディーが粘ったか! 第※※回桜花賞大混戦! 勝ったのは2番人気タンポポチャか! 12番人気ミナミベレディーか! 最後は写真判定に!
ミナミベレディーだ! 勝ったのはミナミベレディー! まさかまさかの下剋上! 鞍上鈴村騎手、女性騎手初のGⅠタイトルを獲得!』
そして、直ぐに映像は切り替わりGⅠ2勝目、エリザベス女王杯と表示は変わる。
『 先頭は外ミナミベレディーか! 内タンポポチャか! 2頭が僅かに前に出た! これは秋華賞の再現だ! 近年まれに見る大接戦。2頭離れた位置のままゴール! 勝ったのはミナミベレディーか? タンポポチャか! 判定は写真判定になりました! どちらが勝ったのか!
これは凄い! 1着から5着まで、すべて写真判定の文字が灯りました。
果たして勝ったのは7番ミナミベレディーか、それとも8番タンポポチャか、また3着はどの馬が入ったのか! 第※※回エリザベス女王杯は大混戦となりました! 勝ち時計は2分11秒9 コースレコードに僅か0.7秒! 内のタンポポチャ、外のミナミベレディー、牝馬の頂点を、っと、出ました! 勝ったのは7番ミナミベレディー! 秋華賞の雪辱を此処エリザベス女王杯で果たしました! 勝ったのはミナミベレディー! ミナミベレディーGⅠ2勝目! 桜花賞の勝利はフロックではないと、牝馬の頂点は私なのだと名乗りをあげました!』
更に映像は変わり、GⅠ3勝目、春の天皇賞。
『 しかし、先頭はミナミベレディー、ミナミベレディー独走! 強い! 並み居るGⅠ馬達を引きつれて、後続を3馬身突き放し悠々のゴール!
2着にはなんと7番プリンセスフラウ! 首差で3着に1番人気ファイアスピリット! なんと、なんと! 今年の天皇賞は出走牝馬2頭が1着、2着を独占!
今年の牝馬は強かった! 第※※回春の天皇賞 勝ったのは2番ミナミベレディー、事前の評価を覆し、桜花賞を勝った全妹に続き、春の天皇賞を制しました!
グレード制に変わって初、牝馬による春の天皇賞制覇! この馬はなんだ! 本当に牝馬なのか! 古馬を、牡馬を引き連れて、スタートからゴールまで芝3200mを先頭で逃げ切りました!』
次々と映像は変わっていく。ミナミベレディーが勝利した映像を改めて見た観客達は、時にどよめき、時に歓声を上げ、ミナミベレディーの強さを改めて記憶に刻んで行った。
すでに陽は沈み周囲は暗闇に包まれている。そんな中で司会席でスポットライトを浴びた美佳は、マイクを手にしミナミベレディーの引退式の開催を宣言する。
「皆様、お待たせいたしました。これよりミナミベレディー号の引退式を執り行わせていただきます。司会は、競馬アイドルで、ミナミベレディーの追っかけで有名な細川美佳が、粘りに、粘って、司会の座を獲得し進行をさせて頂きます。進行中、お見苦しい点が多々あると思いますが、寛大なお気持ちでご容赦願います様、宜しくお願い致します」
ある意味、前代未聞の開会式の挨拶と言っても良いかもしれない。
スタンドに集まる競馬ファン達は、ある者は苦笑を浮かべ、ある者は笑顔を浮かべ、美佳らしい挨拶に最初は疎らに、次第に大きな拍手が沸き起こる。
「拍手ありがとうございます! もう、ベレディーのレース映像で美佳は既に感極まっています! 凄いですね、本当に伝説になっちゃいましたね! まだまだ語りたい事はたくさんあるんですが、関係者の皆様は既にスタンバイをされておりますので自重しまして、本日の主役であるミナミベレディーの入場です。皆様、再度温かい拍手でお出迎えをお願い致します」
そのアナウンスと共に、ミナミベレディーが誘導馬に先導されて姿を現す。鈴村騎手が騎乗し、蠣崎調教助手と清水調教助手に引綱を引かれながら、スポットライトに照らし出されてゆっくりと馬場へと入って来た。
「また、先程共に有馬記念を走りました全妹サクラヒヨリが、姉の引退式に彩を添えます。姉妹による桜花賞2年連続制覇、春の天皇賞制覇は皆さまの記憶にもしっかりと残っている事と思います」
そして、本場場へと入場したミナミベレディーは、そのままゆっくりと引綱に引かれながら中山競馬場の本馬場を回り始めた。その姿はターフビジョンに映し出され、誰もがミナミベレディーの最後の姿を記憶に刻み込もうとするかのように見つめる。
「まだまだ先程までのレースの興奮が冷めないですね。恐らく、観客の皆さんもそうなんでは無いでしょうか? そのベレディーも今日、この引退式を最後に繁殖へ、次代への夢に向かって生まれ故郷の北川牧場へと帰って行きます。
牝馬さんですからねぇ。殆どの方にとってはミナミベレディーの雄姿は見納めになっちゃいます。ぜひ、しっかりとその姿を心に刻んでいただければと思います。
え? 私ですか? 私はベレディーのお友達ですから、勿論遊びに行きますよ? 羨ましいでしょう?」
美佳の言葉に、スタンドからは「ズルい」「羨ましい」などの声が上がる。
「ふふふ、今後は季節の折々でミナミベレディーの様子をお伝えしていきますね! 何と言っても私の推しですし! 今後の産駒さんにも期待しちゃいますからね!」
ミナミベレディーの入場から鈴村騎手の下馬など式の態勢が整うまで、美佳は軽快なトークで観客達を楽しませる。そんな中、直ぐに演壇迄来るはずの鈴村騎手が演壇の傍で立ち止まってターフビジョンを見つめていた。
んん? 香織ちゃんどうしたんだろ?
チラチラと鈴村騎手へと視線を向けながら会話を続ける美佳。そして、引綱の引き手を厩務員に交代した蠣崎調教助手と清水調教助手の後に漸く鈴村騎手の準備が整ったのを確認し、美佳は改めて観客に対する。
「それでは、改めまして関係者の方は壇上にお上がりください」
ターフビジョンの半分にミナミベレディーの姿が映し出され、残り半分に壇上に上がる関係者達の姿が映し出される。
「まずは、競馬協会から花束の贈呈です」
壇上の端から馬主である大南辺、馬見調教師、鈴村騎手、北川恵美子、蠣崎調教助手と清水調教助手と並び、一斉に花束を渡される。
「それでは、無事に引退レースを勝利で終わり、GⅠ10勝並びに昨年からのグランプリレース連覇を果たしましたミナミベレディーの馬主でもあります大南辺様から一言頂きたいと思います」
大南辺の横へとマイクを持って移動していた美佳は、そのまま大南辺へとマイクを突き出した。
「改めまして、ミナミベレディーの有馬記念連覇、GⅠ10勝おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
美佳の祝福の言葉に、大南辺は満面の笑みを浮かべる。そんな大南辺に、美佳は更に言葉を紡ぐ。
「接戦を制し無事に引退レースに花を添えました。凄かったですね」
「ええ、ベレディーは最後の最後まで頑張ってくれました。馬主として、そしてミナミベレディーの一ファンとして、本当に感謝しかありません。接戦を制し勝利してくれた。勝利が確定した時には、感動で涙が止まりませんでした。本当に無事に怪我無く終われた事にホッとしています」
大南辺の言葉に、引退式を観覧する観客達から一斉に祝福の声が浴びせられる。
「有馬記念連覇おめでとう~」
「年度代表馬おめでとう~」
「感動をありがとう~」
「有馬記念、本当に感動しました!」
大南辺に様々な声が掛けられていく。
そんな中、目を赤くした大南辺はスポットライトに照らし出されているミナミベレディーへと振り返り満面の笑顔を見せる。
「大南辺さんの目が赤いのはスルーさせていただくとしまして、競馬ファンとしては、まだまだ来年もGⅠレースで活躍できるのではと思わされるレースでした。やはり引退してしまうんですよね?」
「ベレディー、引退しないで~~~!」
「来年もGⅠ勝てるよ!」
「引退しないでくれ~!」
美佳のこの言葉に、先程までの祝福から一転して観客達から一斉にミナミベレディーの引退を惜しむ声が掛けられる。その声に大南辺は苦笑を浮かべながらも、観客達に向けて軽く会釈をする。
「ありがとうございます。これだけ多くの人にミナミベレディーを愛して貰える。本当にミナミベレディーは幸せです。ミナミベレディーは本当に頑張り屋で、いつもいつも限界以上に頑張ってくれました。今後は、その血が産駒達に引き継がれ、また皆さんの熱い声援を頂けることを確信しています」
「そうですね。これで終わりではないのが競走馬、競馬なんですよね。ミナミベレディーの今後を楽しみにしています。後程、大南辺さんからは改めて皆様にご挨拶を頂きます。ありがとうございました」
馬主である大南辺の挨拶はこの後にある為、美佳はここで一旦話を切り隣に並ぶ馬見調教師へ移動しマイクを向ける。
「馬見調教師、ミナミベレディーの引退レース、有馬記念の勝利おめでとうございます!」
満面の笑みでマイクを突き出す美佳に馬見調教師は苦笑を浮かべる。
「ありがとうございます。引退レースを勝利で飾れてホッとしています。まあ、聞かれる前に言いますが、途中ベレディーが暴走した時には心臓が止まるかと思いました。もともと、16番の大外という事で勝てるかどうか心配していたんですが、はあ、勝てて本当に良かったですよ」
そう話す馬見調教師の横では、実際に騎乗していた鈴村騎手が思いっきり苦笑いを浮かべている。
「16番という不利な枠順ですし、ましてや暴走? しての勝利。そう考えると、ある意味圧勝と言っても良いんではないでしょうか?」
その言葉に、観客席からも再度大きな拍手が沸き起こる。
「う~ん、どうでしょうか? ただ、暴走と捉えた事で、最後の直線は持たないと思われたのかも知れません。最後はハナ差ですから、その少しの差が勝敗を分けるので」
馬見調教師の言葉に、美佳も大きく頷く。
「引退してしまうミナミベレディーですが、馬見調教師から最後に何かお言葉はありますか?」
「そうですね、ベレディーには本当に感謝しかありません。馬見厩舎初のGⅠ馬、年度代表馬、そして、歴史を刻むGⅠ10勝馬です。自厩舎の馬でGⅠを勝利する。調教師として誰もが目指す頂です。まだ実績の乏しい私の厩舎では、それこそ5年、10年先に叶える事が出来ればという夢でした。その夢を叶えてくれたミナミベレディーには、本当に、本当に感謝しかありません。ぜひ、ベレディーの産駒も預からせて欲しいですね」
自然と込み上げて来る涙を誤魔化しながら、馬見調教師がチラリと大南辺を見る。大南辺はその視線を受けて笑顔を返す。
「馬見調教師、ありがとうございます。とりあえず言質は頂けませんでしたが、大南辺さんより笑顔を頂けたところで、次は鈴村騎手へとお話を伺いたいと思います」
観客達の笑い声を受けながら、鈴村騎手の横へと移動する美佳。その視線の先には先程とは一転し滂沱の涙を流す鈴村騎手の姿があった。
え~~~、さっきまで泣いてなかったよね?
思いっきり戸惑いながら、美佳は鈴村騎手へと近づくのだった。
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