第240話 有馬記念 決着と実況

『第※※回有馬記念、今年は何と言っても女帝ミナミベレディー引退レース、そのラストランでGⅠ10勝という偉業達成を一目見ようと多くのファンがここ中山競馬場へと詰めかけております。


 桜花賞から始まり、エリザベス女王杯、天皇賞春秋連覇、昨年の春秋グランプリレース制覇、今年に入ってもシーマクラシック、宝塚記念連覇、そしてジャパンカップ勝利と並み居る牡馬を文字通り蹴散らし歴代タイのGⅠ9勝! 女帝の異名を不動の物とし、この有馬記念を最後に引退。


 昨年から連勝を重ね、まだまだ全盛期のミナミベレディー、多くのファンに引退を惜しまれながら、サクラハキレイ血統次代への期待を大きく背負って、中山競馬場で最後のレースを駆け抜けようとしております。


 女帝と戦える最後のレース、可能であれば女帝に勝ったと言う実績が欲しい各陣営。


 今年大阪杯を連覇したトカチマジック、春の天皇賞馬サウテンサン、秋の天皇賞馬シニカルムール。果敢に秋のGⅠ戦線に挑む昨年のエリザベス女王杯馬プリンセスフラウ。


 そして、何と言っても人気投票で3番人気に推されたサクラヒヨリ。3歳牝馬2冠を達成し、今年は同着とは言え春の天皇賞を制し、昨年逃したエリザベス女王杯を勝利。女帝の後継者、牝馬最強の名を姉から譲り受ける為にも、この有馬記念は負けられません。熱い姉妹対決、姉越えが果たせるか! 多くのファン達の注目が集まっています。


 更には、今年引退を表明しているトカチマジックとシニカルムール。共に引退後の種牡馬としての未来を考えれば、やはり女帝に勝っておきたい。安泰な種牡馬生活の為にも、繁殖に回ったミナミベレディーのパートナーへ名乗りを上げる為にも、やはり此処は男の見せ所。


 中山競馬場へ詰めかけた多くの競馬ファンの、そして競馬関係者の思いを乗せて、いま高らかにファンファーレの音が鳴り響きました!


 第※※回有馬記念、間もなく出走です』


 モニターでは、出走馬達が順番にゲートへと誘導されて行く。16番と一番最後に誘導される予定のミナミベレディーは、悠然と誘導されて行く馬達を眺めている様だった。


「これが最後のレースか。長い夢を見させてもらったな」


 モニターを見ながらそう呟く大南辺に、その傍らで同じくモニターを眺めていた妻の道子がクスクスと笑いながら話しかける。


「あら? 引退してもその産駒で夢の続きを見るのでしょ?」


 昨晩から落ち着く様子の無い夫。その様子を笑いながら、苦笑しながら眺めていた道子は、ミナミベレディーが夫にとってかけがえのない存在である事を理解していた。


 まあ、子供の代わりと思えば可愛い……かしら?


 幾度とミナミベレディーを間近で見て来た道子であるが、ミナミベレディーが牧場で似たような馬達と一緒にいたら、自分には見分けがつかないと断言出来る。確かに沢山の賞金を稼いでくれたし、凄い馬なのだろうと思うのだが、夫とはやはり感じ方が違うのだろうと納得もしていた。


「貴方、ベレディーがゲートへ入るわよ」


「ああ、いいスタートを切って欲しいな」


 ベレディー、夫のためにも、どうか無事で走ってね。


 そんな思いを込めて、道子はモニターを見るのだった。


『最後の1頭、ミナミベレディーが軽快にゲートへと誘導され、係員がゲートを潜った所。ゲートが開いて今スタート! 有馬記念、各馬揃った綺麗なスタート! 此処で先頭を窺うのはやはり2番サクラヒヨリ、併せるように8番プリンセスフラウも騎手が手綱を扱いて先頭へ立ちます。


 3番手は4番ザイタクユウシャが前に出るか、ミナミベレディーは内にいるサウテンサンが壁になったか未だ内に入れない。緩やかにコーナーを回りながらもまだ一団になった状態で最初の正面直線へと向かいます。


 此処で先頭から見て行きましょう。先頭は僅かにプリンセスフラウ、並んで内にサクラヒヨリ、2頭共に先行策か。すぐ後ろにザイタクユウシャ、ほぼ並んでにサウテンサン。そこから1馬身程離れてブラックスパロウ、マナマクリール、そして、その更に外、3頭ほぼ並んだ大外にミナミベレディーが居ました。現在7番手から8番手。普段の先行策から一転、中団からのレースとなります。その後方に……』


 道子はレースの実況を聞きながらも、真剣な眼差しでモニターを見つめる夫の横顔をチラチラと見る。そこには、普段とは違う子供じみた必死さが見え、思わず笑い声が零れそうになる。


「よし! 頑張れよ、頑張れよ」


 必死の声を抑えてブツブツと呟く夫、その夫の視線を辿りモニターを見ると、16番のゼッケンを付けた馬が直線に入って、前へと上がって行く所が見えた。


『最初の直線、スタンドの観客達の歓声に押されたかのように、ミナミベレディーが前へと上がって行く。先頭は依然プリンセスフラウとサクラヒヨリ、そのすぐ後ろにサウテンサン。サウテンサンに並びかける様に、早くもミナミベレディーが上がって来て現在4番手!


 前2頭に引き摺られるようにレースは明らかなハイペース。馬群は次第に縦長に広がって行きます。


 正面、最初の坂からコーナーへ向けプリンセスフラウとサクラヒヨリ先頭。これは明らかなハイペース!


 このペースは大丈夫なのか! 間もなく1000m、1000mの通過タイムは……59秒2! このペースが後半にどう影響を及ぼすのか! 2コーナーを回って向こう正面、先頭は変わらずプリンセスフラウとサクラヒヨリ。しかし、ここで両馬の鞍上ともに手綱を引いているが、速度が落ちない! これは掛かっているのか! 向こう正面に入って未だ2頭ともに息を入れる事無く並走! 第※※回有馬記念は波乱含みだ! 先頭を走る2頭が依然速度を落とさず! 


 後方のミナミベレディーまで2馬身程差が開いている! 上がって来た! 何と! 早くもミナミベレディーが上がって来た! ミナミベレディー3番手! サウテンサンはやや後退! ミナミベレディーの鞍上鈴村騎手、これは作戦か! しかし、鈴村騎手の手も手綱を引いている!


 ミナミベレディー暴走か! 2馬身程の差を一気に詰め、前2頭に外から並びかけた! 前3頭が並んだところで漸くプリンセスフラウが、あ! サクラヒヨリも同じようにスピードを緩め息を入れたか! 此処で変わって先頭はミナミベレディー! ミナミベレディーが先頭に立った!


 3頭揃って息を入れたのか後続との差が縮まって行く。すぐ後ろにサウテンサン、更に後方では早くもシニカルムール、トカチマジック、更にはブラックスパロウ、マナマクリールもジワジワと位置取りを上げて来た! 後方での位置取り争いも熾烈! 先頭はミナミベレディー! ミナミベレディー先頭で3コーナーへ!


 このまま最後まで持つのか! スタミナに定評のあるミナミベレディー! 軽快な走りで先頭! サクラヒヨリ、プリンセスフラウもそれに続く! 近年の牝馬最強時代を象徴するかの様に先頭を牝馬3頭が駆けていく! 3頭そのままで3コーナーから4コーナーへ! 残り500m!


 先頭を駆け抜けるのはどの馬だ! 最後の直線、ゴール手前には高低差2.0mの坂が待ち構えている! ミナミベレディー先頭で直線へ! 上がって来た! ここでサウテンサンが上がって来た! 前を走る3頭を外からかわし、直線手前で一気に先頭に立った! 後方からトカチマジック、マナマクリールも上がって来る!


 先頭はサウテンサン! サウテンサン先頭で直線に入った! やや膨らみながらも鞭が入り後続を引き離しに入る! しかし、サクラヒヨリが此処でスパート! 前を走るミナミベレディーを内側からかわしサウテンサンへ並びかける!


 ミナミベレディー、プリンセスフラウは伸びない! 伸びて来ない! 先頭はサウテンサンかサクラヒヨリか! ミナミベレディー4番手に後退! ミナミベレディー伸びない! 勢いが無い! 現在4番手!


 先頭は僅かにサクラヒヨリ! ほぼ並んでサウテンサン! 春の天皇賞の再現か! しかし、トカチマジックが一気に上がって来た! 直線に入り前を捉える勢いで一気に上がって来た!


 伸びた! やはり伸びて来た! 坂を目前に、ミナミベレディーが前との差を詰めて来た! 前馬未踏のGⅠ10勝を目指し、ミナミベレディーが上がって来た! やはりミナミベレディーか! 女帝の意地! 姉の意地! ミナミベレディー、ゴール目前でサクラヒヨリに並びかける!


 外から再度伸びて来たのはサウテンサン! ゴール直前、凄まじい先頭争い! 更に大外からトカチマジックも並びかけて来た!


 勝つのはどの馬だ! ミナミベレディー! ミナミベレディー僅かに抜けたか! 大外トカチマジックもさらに一伸び! 4頭ほぼ横並びでゴール!


 勝ったのはどの馬だ! まさに伝説の有馬記念! 4頭ほぼ横並びでゴール! 1着から4着まで写真判定! 僅かにミナミベレディー体勢有利か! それとも大外トカチマジックか!


 タイムが表示されました! 2分29秒6! ココロカクテルが刻んだコースレコードまで僅か0.1秒! 壮絶なタイムだ!


 電光掲示板、5着に8番プリンセスフラウ。4着に12番サウテンサンが点灯! 依然1着から3着は表示されていませんが、ここで3着に2番サクラヒヨリが点灯、1着、2着は未だ点灯しません。


 勝ったのはミナミベレディーか、トカチマジックか!


 1着16番! 1着16番! やはり勝ったのはミナミベレディー! 昨年に続き有馬記念をハナ差で勝利! 勝ったのはミナミベレディー! GⅠ10勝目! 強かった、やはり、この馬は強かった! トカチマジック、ハナ差で勝利を逃しました! 勝ったのはミナミベレディー! 大外16番もなんのその! 昨年に続き、有馬記念をハナ差で勝利しました!』


「うお~~~~~~!!!」


 電光掲示板に、1着16番が点灯した瞬間、まさに今まで溜めたエネルギーが迸るかのように大南辺は立ち上がって絶叫する。先程からモニターと夫をチラチラと見比べ警戒していた道子であるが、残念ながらその努力も虚しく夫に引き摺られて立ち上がる事となった。


「ちょっと、あなた、ちょっと」


 必死に夫を宥めようと夫の腕を引っ張る道子は、自分へと振り返った夫の涙に溢れる表情を見て、思わず苦笑を浮かべる。


「良かったわひょおぉっぉぉ!」


 夫に祝福の言葉を掛けようとした道子だが、感極まった夫にまたもや抱きしめられることとなった。


「やったぞ! ベレディーが勝ったぞ!」


「あ、あああ、あなた! は、はなして!」


 必死に懇願する道子であったが、残念ながらその言葉が夫の耳に届くまで、数分の時間を要するのだった。

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