第233話 競馬好きの人達とトカチドータのレース
12月、有馬記念の投票が締め切られ、翌週に結果が発表になった。
「ミナミベレディーが圧倒的な1番人気! 2番人気がサクラヒヨリ、これ、人気通り1着2着がサクラハキレイ産駒で占めたら凄い事になるよね」
祐一はチラリと発言した加藤を見るが、本人は実際にはどう凄い事になるのかは判っていないだろう。
ただ、何となく凄いんだろうなで発言しているんだろうなあ。
そんな事を思いながら、祐一自身も出走馬の確認をしていく。出走メンバーを見比べながら年度末の有馬記念に期待を寄せるが、何せまだ枠順が決まっていない為に祐一達の馬券選びまでは話が進まない。
「出走メンバー的には豪華だけど、それこそミナミベレディーの対抗馬がいないよな?」
「強いて言うとトカチマジック? ただ、あの馬って詰めが甘い印象があるなあ」
「去年もミナミベレディーとタンポポチャに先着されてたからね」
出走馬表を見ながら発言する木之瀬の言葉に、他の面々もそれぞれに感想を言う。何と言ってもミナミベレディーのGⅠ10勝が掛かっている。しかも引退レースだ。それ故に記事では圧倒的にミナミベレディー有利との評価をしていた。
ただ、得てしてこういう時に1番人気が飛ぶのも競馬あるあるなのだが。
「サクラヒヨリの鞍上が鷹騎手って言うのも凄いよね。サクラヒヨリが若しかして勝つかも? 私はサクラヒヨリを軸で行こうかな」
何方かと言えば大穴狙いの女子メンバーだが、最近の山田は馬券を買う際に何方かと言えば騎手で選ぶ傾向にある。ただ、サクラヒヨリも2番人気であるが故に、そこを軸に購入したとしても倍率が良い訳では無い。
「せめて中山競馬場の往復代くらい欲しいんだけどなあ」
そうなるとサクラヒヨリと合わせて、もう1頭をどの馬に賭けるかが問題になって来る。
「どうせなら3連単とかいっとく?」
祐一の声に皆が思案するも、それではどの馬に絞り込むかが中々に決まらない。
「内藤君はミナミベレディーとサクラヒヨリの1点買い?」
「うん、まあ応援馬券だからね。それに、何と言っても引退レースだからさ」
山田の質問に、祐一は素直に答える。
気が付けば、この有馬記念を出走後にミナミベレディーは引退してしまう。大学に入り、競馬サークルへと誘われた際、此処まで自分が競馬というものに魅了されるとは欠片も思っていなかった。
実際にサークルに入り競馬を始めるまでは、やはり心のどこかで博打という印象があり忌避していた所がある。それが今や毎週のように競馬雑誌を読み漁り、現役の馬のみならず、過去の馬達のレースや歴史を知り、まさに競馬という世界全体に嵌まっていた。その起点になったのはやはりミナミベレディーだったのだ。
「中山競馬場、入場者規制とかされないよな? ジャパンカップも凄い入場者だったし、有馬記念だと絶対にもっと増えるよな」
先月に行われたジャパンカップ。これを観戦する為にサークルメンバーは東京競馬場へと足を運んでいた。そして、その人混みの凄さを十二分に体感していた。
「せっかくだから指定席を取りたいけど、場所がバラバラになるよね? 内藤君みたいにカード会員なら取れると思うけど、その為だけにカード作れないし」
「まあ、朝早くから並べば大丈夫だよ。中はすごい人だと思うけど。問題は、スタンドでの位置取りだよね。あれだけ人が多いと、前に行かないと良く見えないし。でもパドックも見たい」
「そうだよね。周りの人との一体感とかも凄いけど、やっぱり目の前でゴールする所は絶対見たい」
祐一としても、ミナミベレディーの最後のレース、特にゴールシーンはこの目で見たいと思っていた。
「ミナミベレディーは今度勝てばGⅠを10勝。ほんと凄いよね。牝馬っていう所もだけど、レース後に他のお馬さんとハムハムするのも好き。有馬記念の後は、やっぱりプリンセスフラウかな? それともサクラヒヨリかな? ほら、競馬雑誌でそっちも予想されてるのが笑えるよね」
加藤が手にしている競馬雑誌では、コミカルに描かれたミナミベレディーを真ん中にしてプリンセスフラウとサクラヒヨリが両サイドで火花を散らしていた。
「この隅に書かれてるのはトカチマジックだな。で、空から睨みを利かせているのがタンポポチャなのが笑える」
木之瀬が指摘する通り、隅っこにはトカチマジックやシニカルムールなど牡馬達が小さく遠巻きにして描かれている。そして、何故かタンポポチャが空から睨みを利かせていた。
「うん、この扱いは判らなくは無いけど、トカチマジックとか可哀そうすぎない?」
そう言いながらも、加藤の表情はすでに笑っている。引退後は繁殖牝馬となるミナミベレディーなのだから、ミナミベレディーを挟んで牡馬達の姿でも良い気はするが、そこは流石にミナミベレディーなんだろうとみんなが納得してしまうのだ。
「繁殖に回ったとして、ミナミベレディーに種付けは大変そうだな」
ミナミベレディーの牡馬嫌いは競馬ファンの間では有名である。最近ではパドックで牡馬を威嚇する事は無くなってきているが、そもそも牡馬を相手にしていない事が態度からも良く判るのだ。
「トカチマジックの事は意識しているんじゃなかったっけ?」
「どうなのかな? そこら辺は意見が分かれてるみたいだし」
「ハムハムするのは牝馬限定だからね」
周知の事実に誰もが頷くのだった。
◆◆◆
中山競馬場で行われた芝1800m2歳新馬戦。14頭で争われたレースでトカチドーターはデビューし、無事に勝利を飾った。
レースでは終始中団6番手前後に着け、最後の直線で一気にスパートし、2着馬に半馬身差をつけて1着となる。デビュー戦で無事に勝利し先行き明るいトカチドーターではあるが、その勝ち方はサクラハキレイ産駒の印象とは大きく異なるレースとなった。
「今日は最初から気合がのってました。でも、今日の感じでは、スタートはあまり得意ではないですね。ゲート内ではやはりちょっと不安定な感じでした。これから経験を積めば変わるかもしれませんが、あと、最後の末脚はキレイ血統の中では良かったです。ベレディーに坂路で扱かれているだけあります」
騎乗した鈴村騎手は、2番人気と注目を集める中で無事に新馬戦を勝てた事にホッとしていた。普段の調教でも、スタミナは兎も角、サクラハキレイ血統にしては珍しく末脚に切れを感じていた。
「ここを勝ち切ってくれて良かったよ。良い末脚を持っているのは判っていたが、ゴーアースの血がどう出るかが判らなかったからね。後は経験を積んでもう少しスタートが良くなるとだな。併せ馬でベレディーが色々と教えていた効果があったかな?」
そう言って笑う馬見調教師だが、実際問題として父馬であるゴーアースは重賞勝ちは弥生賞しか勝ち鞍がなく、GⅠも2着が2回と現役時代の成績は今一つパッとしない。それだけに、まず無事に1勝を挙げる事が出来るか心配していたのだ。
「まだ判りませんが、距離的には芝2000mくらいでしょうか? 血統を考えればもう少しいけそうですが、スタミナ面ではちょっと弱い感じですね」
そう告げる鈴村騎手だが、その基準となるのがミナミベレディーやサクラヒヨリであるのは言うまでもない。併せて、今までの自分の経験と、半姉であるプリンセスミカミに騎乗した手応えとを比較して、このままだとオープンも厳しいように思えた。
「まあ、もともと食が細かったからね。ベレディーの影響で食べるようにはなったが。で? 鈴村騎手の感想で構わないが、どんな感じかな?」
「そうですね、先行逃げ切りは厳しい気がするので、あとは展開次第だと思います。重賞はどうかな? 厳しいでしょうか? 堅実に勝利を積み上げて行く方が良い気がします。まだまだ幼いですから、あくまでも今の感想ですが」
500kg前後の大きな馬体を持つミナミベレディーとサクラヒヨリと比べると、450kgとトカチドーターは小さく感じる。ただ牝馬の平均体重は450kg前後の為に、実際にトカチドーターは其処迄小さな馬ではないのだが。
「牝馬3歳クラシックは厳しそうですね。ここ最近のキレイ産駒が異常だったんでしょうが、周りの期待が怖いですね」
馬見調教師としても、ミナミベレディーと比較して仕上がりが遅いとは感じている。ただ、キレイ血統牝馬という事も有り、此処からの調教次第ではGⅢならばとの思いもあった。
「距離的にマイルが走れると楽なんだけどね。今後の成長に期待するとしましょう。もともとサクラハキレイ血統の活躍は5歳以降ですから。トカチドーターを見ていると、活躍するにしても4歳後半くらいでしょうか。それを加味すれば、ここで1勝してくれて本当に助かりました」
馬見調教師が差し出す手を、鈴村騎手もしっかりと握り返すのだった。
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