第228話 ジャパンカップ 実況と大南辺

『各馬、順調にゲートに収まりまして、今スタートしました! 1番ミナミベレディー今日も好スタート! 5番ベーグルショコラも好スタートで続きます。外からは9番シニカルムールも競りあがって行く。


 先頭は予想通りミナミベレディーがハナを切ります。同じく好スタートを切ったベーグルショコラは2番手に、3番手はシニカルムール。そのすぐ後ろ4番手に3番ペルシアンカーテンが居ました。


 全体的に落ち着いたスタート。ミナミベレディーを先頭に1コーナーへと差し掛かります。依然、大きな動きはないまま、やや縦長にコーナーへ。


 5番手にプリンセスフラウがいました、今日はやや後方からのレース。6番手にダービー馬11番オレナラカテル、どういったレースを見せるのか。


 ミナミベレディーを先頭に2コーナーから間もなく向こう正面の直線へ。


 ここで、オレナラカテルが動いた! 釣られるかのようにキタノフブキも共に上がって来る!


 向こう正面の直線に入った所でミナミベレディーを一気に捉え、ここで先頭変わってオレナラカテル。その後ろにミナミベレディー。ミナミベレディーに並走する様にキタノフブキが並びかける。2頭でミナミベレディーを囲んできたか! これはミナミベレディーのロングスパートを封じに来たか!


 1000m通過タイムは60.1秒。平均ペースよりやや早い、このタイムが後続にどう影響を与えるか。依然先頭はオレナラカテル、2番手にミナミベレディー。ミナミベレディーの鞍上、鈴村騎手はこの状況でどのような騎乗を見せるのか。


 向こう正面の坂を上り切って、ここからは緩やかな下り坂へ入る所。先頭はオレナラカテル。ここで、ミナミベレディー、やや後退! そのまま2番手にキタノフブキが内に入りミナミベレディーは3番手! 鞍上の鈴村騎手、ここで後続の馬との間隔を利用してミナミベレディーを華麗に外へ持ち出した! これは上手い!


 オレナラカテル先頭で3コーナーへ、すぐ後ろにキタノフブキ、被せるようにミナミベレディーが上がって行く! 前3頭の動きを見て、早くもペルシアンカーテンが上がってきた! 後続馬も早くも前との距離を詰め始めた! 慌しく順位が入れ替わる!


 3コーナーから4コーナーへ入った所で、ミナミベレディーに手鞭が入った! ロングスパートだ! ロングスパートだ! ミナミベレディー、一気に加速して先頭に! ここでオレナラカテル、抜かせまいと鞭が入った! 3番手にはペルシアンカーテン、4番手にシニカルムール! 直線に入る所で各馬一斉に鞭が入った!


 しかし先頭はミナミベレディー! ミナミベレディー先頭で直線入って、直ぐに高低差2mの長い坂が立ち塞がる!


 オレナラカテル懸命に粘る! 必死にミナミベレディーに喰らい付く! ここで外から上がって来たのはペルシアンカーテン! 直線に入って次々に後続が追い上げて来る! 最内からはトカチマジック! 大外からプリンセスフラウ! 更にはサウテンサンも上がって来た!


 しかし先頭は依然ミナミベレディー! 2番手オレナラカテルをジワジワと突き放して行く! 2番手争いは熾烈!


 トカチマジックが2番手に上がろうとするが、オレナラカテルが必死に粘る!


 ペルシアンカーテンは伸びない! 伸びて来ない! ここで一杯か! その後ろから一気に上がって来たのはリラレディ! ペルシアンカーテンをかわして4番手! プリンセスフラウはまだ中団、現在7番手!


 坂を上り切って残り200m、先頭はミナミベレディー! その内からトカチマジックとリラレディが並走して駆け上がって来た!


 粘る! 粘る! 先頭ミナミベレディー必死に粘る! トカチマジック、リラレディが並びかける! しかし先頭はミナミベレディー、トカチマジックがジワジワと追い上げて2番手! トカチマジック必死に追い上げる!


 ミナミベレディーだ! やはりミナミベレディーだ! トカチマジック首一つ追い付けない!


 ミナミベレディーがそのまま首一つリードしたままゴール! ミナミベレディー1着!


 勝ったのはミナミベレディー! ついにGⅠ9勝目! 歴代記録に並びました!


 2着にはトカチマジック! 立ち塞がるは高い高い女帝の壁! またもやGⅠ勝利をミナミベレディーに阻まれました! 最後までトカチマジックと2着争いをしながら、頭差の3着にリラレディ! 更に半馬身離れてペルシアンカーテン、ペルシアンカーテンまさかの4着! 5着にはサウテンサン……。


 女帝ミナミベレディー、並み居る強豪馬達を下し、GⅠ9勝目を捥ぎ取りました! GⅠ9勝は歴代タイ記録! 女帝の貫禄を見せつけました!


 引退まで残すレースは有馬記念ただ一つ! 2年連続グランプリ制覇、連覇でGⅠ10勝達成なるか! このジャパンカップで古馬GⅠ馬達を下し堂々の勝利! 年度代表馬をほぼ掌中に収め、残す有馬記念ではGⅠ10勝目を狙います』


「鈴村騎手も腕を上げたな」


 阪神競馬場のモニターでジャパンカップを観戦していた磯貝調教師は、前と横を塞がれながらも落ち着いて外へと馬を出した鈴村騎手の騎乗を見てそう呟く。


 ミナミベレディーの騎乗を警戒していたであろう騎手達は、向こう正面で前と横を塞がれたミナミベレディーを見て直線勝負を強く意識しただろう。


 前半のレースが、ほぼ平均ペースで推移した事もその判断を後押しした。


 もし、後ろを走っていたベーグルショコラなり、シニカルムールなりがミナミベレディーの後ろを塞ぎに動いていたら、展開はまた大きく変わっていただろうが。実際には、後ろを塞がれる前に鈴村騎手が動き、そこからロングスパートを掛けた。


「オレナラカテルも、一か八かのスタミナ勝負に持ち込めば勝ち目もあったかもしれんが、いや、無いか?」


 並走してのゴール間際であれば、あの訳の分からない粘りを発揮してハナ差で勝ちを浚っていきそうだな。そんな事を思いながらレースのリプレイを眺めている。


「ウメコブチャでは勝てんなぁ」


 もっとも、ミナミベレディーはこの有馬記念で引退を表明している。自分としては、晩成であるからこそ6歳まで走らせてみたい気持ちにさせるのだが。


「牝馬じゃあ仕方がねぇか。しかし、勿体ねぇなあ」


 ある意味、今がミナミベレディーのピークなのだろう。来年1年を通して、勝てそうなレースは春の天皇賞、宝塚記念、ジャパンカップ、そして有馬記念。今年の有馬記念を勝てるかは判らないが、春の天皇賞であればかなりの確率で勝てるのではないだろうか?


「歴代最強牝馬かあ」


 あれはタンポポチャがスプリンターズステークスへ出走する前ぐらいの事だったか。調教助手達とミナミベレディーについて話をしていた中で出て来た言葉、歴代最強牝馬。


 何処まで頂点を極めるのか。競走馬に携わる者として、その行く末を見てみたいと強く思う。また、逆に勝てなくなっていくミナミベレディーの姿は見たくないとも思う。だからこそ、この段階で引退する事が良いのだと言う思いもある。


「まあ、ファン心理みたいなものだがな。しかし、流石に自厩舎の馬を放ったらかしにして有馬記念を見に行くわけにはいかないよなあ」


 ミナミベレディー最後のレース。出来るなら、自分の目でその最後のレースを見たいものだと思う磯貝調教師だった。


◆◆◆


「よし! そのままだ! 頑張れ! 頑張れ!」


 今日は妻が共に来ることが出来なかった為、くれぐれも周りに迷惑を掛けないように言い渡されていた大南辺である。しかも、レースに集中するとついつい我を忘れてしまう為に、忘れないようにと大南辺は妻から特大サイズのミナミベレディーぬいぐるみを渡され、そのぬいぐるみを抱きしめての観戦であった。


「レースが終わったら、ぬいぐるみ自体は桜花ちゃんにあげればいいわ。でも、我を忘れて潰したりしたら駄目よ? 桜花ちゃんにあげるのですから」


 そう言われて渡された特大ぬいぐるみ。良い大人の男性が、大きなぬいぐるみを抱きしめて観戦する姿は、ある意味異様で、ある意味滑稽である。


 ただ、そのぬいぐるみ効果であるのか、幸いにして大南辺の応援は常識の範疇に収まっていた。もっとも、周りの馬主達からは非常に生暖かい眼差しを向けられているのだが。


「良し! 勝った! 勝ったぞ!」


 最後の直線、先頭で粘るミナミベレディーに対し、トカチマジックとリラレディが追い上げて来た。その場面では、ついつい力が入って立ち上がっていた大南辺は、ミナミベレディーが無事に先頭でゴールした事で漸く力を抜いて座席に座り込む。


「無事に勝てたな」


 途中周りを囲まれた時には、大丈夫なのかと心配になった。しかし、レースが終わってみればロングスパートからの粘り勝ち。まさにミナミベレディーらしい勝利である。


 モニターに映し出されるレースリプレイの画面が、自ずと流れる涙で滲んで見えない。


「最後は有馬記念か」


 思い出されるのは、北川牧場でミナミベレディーへと出会った運命の日。仕事で北海道へと訪れていた大南辺は、以前から懇意にしていた北川牧場まで足を延ばしたのは、本当に気まぐれであった。


 何頭かの馬を所有していた大南辺であったが、所有する馬が中々レースを勝てない為に次第に競馬への情熱が薄れて来ていた頃でもあった。レンタカーを借りて客先を訪問していた大南辺だが、その日は予想以上に早く仕事が終わった。


 そして、今いる場所から北川牧場まで車で1時間程で訪問出来る事に気が付いた。


 よし、久しぶりに行ってみるか。


 今年生まれた仔馬達が見られるかもしれないな。


 最初は馬を購入する気など欠片も無く、気晴らしも兼ねての訪問だったのだ。


「ミナミベレディーも引退か」


 口に出すと今まで朧気に感じていた物を実感する。初めての重賞勝利。その後のGⅠ出走。様々な思い出が胸の中に去来し、目から涙が零れ落ちて行く。


「ああ、幸せな夢を見させてもらったな」


 そんな大南辺の頭に過るのは、数々のGⅠを勝利したミナミベレディーの姿ではなく、初めて北川牧場で見かけた、やけに人懐っこい不思議な歩き方をする幼駒の頃のミナミベレディーだった。


「次で最後か」


 そう口にして立ち上がった大南辺に対し、後ろから思わぬ声が掛かる。


「あら、大南辺さん違いますわよ? これからも続く夢ですわ」


 その声に振り向くと、そこには笑顔の十勝川がいた。


「お馬さんは引退してからも夢がありますわよ? ミナミベレディーの産駒に、そして更にその仔馬に、夢はずっと引き継がれて行くのです。そうで無ければ哀しすぎる世界ですわ」


 実際には、チューブキングしかり、セイテンノソラしかり、様々なGⅠホース達が輝きを放ちながら駆け抜けていった。そして、誰もがその先に夢を見て、今も見続けているのだ。


「十勝川さん、そうですなあ。駄目ですね、GⅠ馬の馬主初心者は」


「あら、ほほほ、みんなそんな物ですわ。ミナミベレディー、どんな仔を産んでくれるのかしら」


 そう話す十勝川の表情は、そのミナミベレディーに自身の所有馬であるトカチマジックのGⅠ勝利を阻まれたばかりの馬主には見えなかった。


 そんな十勝川へととりあえず無難に挨拶を返した大南辺は、表彰式の会場へと向かう。


「ん? ああ、ちょっと潰れてるが、まあ、大丈夫だろう」


 大南辺は、若干顔の部分に歪みが出ているミナミベレディーぬいぐるみを、力を加えて直す努力をするのだった。

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