第227話 ジャパンカップ 後編

 こんな優美な私に対し、何やら鈴村さんが貫禄がと言ってました。失礼ですね! 貫禄だと何かお腹が大きいおじさんとかに思えちゃいますよね? ただ、語彙力が今一つな私は何と言えば良いのか良く判らないですね。


 妖艶? 威厳? 女神様の様? うん、何と言えば良いのでしょう?


 そんな事を思いながらゲートの前に誘導されました。今日一緒に走るお馬さん達の様子を確認しますが、何時もの様にちょっと入れ込んでいるお馬さんもいれば、落ち着いているお馬さんもいます。この光景は変わりませんね。


 ただ、相変わらずチラチラ此方を見る牡馬がいるんですよね。ちょっと鬱陶しく思いますが、これにも慣れましたよ。何せ毎回ですからね。


「3番のペルシアンカーテンは要注意だからね。適性距離も問題無いし、シーマクラシックで差し切れなかった事で対策を練ってきていると思うからね。まあ油断できる馬なんていないけど、先頭争いは熾烈になるかもしれないね」


 調教時に何度もレース映像を見せられましたけど、馬群に囲まれるのだけは要注意なんですよね? でも、それって走ってみないと判らないと思いますよ? 特に今日は左回りですから、何となく慣れてないんですよね。右回りが多いですから、そう考えると右回りの方が楽?


 鈴村さんの注意点を聞いていると、間もなくゲート入りです。私は1番なので今回は最初にゲート入りをしました。


 でも、良く考えたら1番は初めてですね。内側の枠が空いているので、スタートしても柵とお馬さんに挟まれるような感じにならなそう。


 窮屈な感じはしないかな? そう考えると1番も悪く無いですね。


 そんな事を思いながらゲートに入ると、頭をゆっくり上げ下げして手綱との間隔を確認します。これも癖になっちゃいましたね。


「うん、ベレディーは落ち着いているね。良い子だね」


 鈴村さんのそんな声を聴きながら、私は私で頭を上げて、鞍上にいる鈴村さんの様子を確認します。


 うん、大丈夫かな? 特にガチガチになってないね。


 そしたら、鈴村さんが笑う声が聞こえて来ました。


「ベレディー、大丈夫だよ。勿論緊張はしているけど、それ以上に一緒に走れる事が嬉しいからね」


「ブルルルン」(うん、楽しみだね~)


 持久走とかだったら嫌ですけど、走ること自体は嫌いじゃ無いんですよ? ただ、あんまり疲れるのは嫌だなあ。


 そんな事を思っていたら、鈴村さんがポンポンと首の所を優しく叩いてくれます。そして、私は落ち着いて周りのお馬さんの様子を確認しました。おしゃべりしていて出遅れたらシャレにならないですからね。


 1番でゲートに入っているので何時もよりちょっと待ち時間は長いです。でも、それ程気にはなりません。それより、ゲートに入ったお馬さん達の様子の方が気になっちゃいます。


「ブフフフン」(ゲートが苦手な子もいるもんね)


「ん? ベレディー、大丈夫だからね」


 私の様子を気にして、鈴村さんが優しく首をトントンとしてくれます。そして、遠くでお馬さんがゲート入りするのが見えました。


「ベレディー、最後の馬がゲートに入るよ」


 鈴村さんの声で、スタートする体勢を取ります。


ガシャン!


 ゲートが開く音と共に、私は何時もの様に一気に飛び出しました。


◆◆◆


 ゲートが開き、ミナミベレディーは何時もの様に好スタートを切る。


「良し! ベレディー、最高のスタートだよ!」


 1枠1番という事で、香織はそのまま先頭で内側へと馬体を寄せて行く。まずは最初のコーナーをどう入るか、香織はスタート後に外から被せて来る馬に対し注意を払っていた。


「うん、大丈夫そうだね」


 ミナミベレディーはスタート直後の下り坂を利用しながら加速し、正面スタンドの歓声を聞きながら先頭のまま1コーナーへ入って行く。この間に外から上がって来た5番ベーグルショコラが2番手に、更にそのすぐ外には9番シニカルムールが3番手につける。


 1コーナーを回りながら後続を確認した香織は、ここでちょっと首を捻った。


 何か普通の出だしだなあ。何頭かの馬は出鞭でも使って前に被せて来ると思ってたのに。


 1コーナーから2コーナーへと入り、そのまま大きな動きもなく向こう正面へと入った。香織の感覚では、普通ペースか、若干早い感じだろうか? ただ、後続もしっかりとミナミベレディーをマークし、離れる事無くついてきている。


「この直線が要注意だね。このまま何もなく3コーナーへは入れないかな」


 エリザベス女王杯でサクラヒヨリに騎乗し、それこそ同じように逃げ切っている。それ故に香織としては、サクラヒヨリの上位互換と目されているミナミベレディーを各騎手達がこのまま先頭で自由に走らせるとは思えないのだ。


 そして、ミナミベレディーが向こう正面の直線に入った所で、後方から11番オレナラカテルが一気に先頭を走るミナミベレディーへと追い上げて来る。更にその後ろからはキタノフブキも上がって来て、ミナミベレディーへと圧力をかけて来た。


「やっぱり来たかあ」


 最後の直線勝負に向けて、ミナミベレディーのスタミナを削りに来たのだろうか。ミナミベレディーに息を入れさせる事無く、もし息を入れる為に速度を落とせば、この2頭で蓋をするつもりかもしれない。


「ベレディー、それでも息を入れるよ。ここで息を入れないと流石に持たないからね」


 香織の言葉に、ミナミベレディーは耳をピコピコさせる。そして、香織は軽く手綱を引くとスピードを落とした。


 オレナラカテルは、やはり此処で一気にミナミベレディーをかわし先頭へと躍り出る。鞍上の騎手は横をすれ違う際、ミナミベレディーの状態をチラチラと確認しながら駆け抜け、前へと出た所でオレナラカテルに息を入れさせる。そして、キタノフブキも同様にミナミベレディーの真横で並走する態勢に入った。


 やっぱり、多少無理しても囲んで来たかあ。


 香織としてもこの展開はある程度予想が出来ていた。


 ロングスパートでも息切れしないミナミベレディーを自由に走らせてしまっては、勝負にならないと判断したのだろう。ましてや、先頭に立つオレナラカテルはダービー馬だ。末脚も、持久力にも非凡なものがある。それ故に何とか直線での勝負へと持ち込みたいのだろう。


 こっからは、私がどう騎乗するかだよね。


 ミナミベレディーの力のみで勝っている。そう思っている騎手だって多いだろう。まだまだ、経験でも実績でも偏っている事を香織自身も自覚している。それであっても、自分だってミナミベレディー達との非常に濃い経験を積んできている。


 まだまだ足りない所もある。でもね、ベレディーと私は別格なんだ!


 他の騎手達に、世間に、今このジャパンカップを観戦しているであろう全ての人にそう思わせたい。3コーナーへと近づいて来た所で、香織は更に手綱を引く。


「ベレディー、外へ回るよ」


 香織は内にいるミナミベレディーの速度を落とし、横に並ぶキタノフブキの後方へと回る。3コーナーへと間もなく差し掛かる所で、自然とキタノフブキが内に入り、そのタイミングで外へミナミベレディーを誘導した。


「よし!」


 キタノフブキの騎手が、一瞬内から後方を見る素振りを見せる。ただ、ここでコーナーへと入る為に、あの一瞬ではミナミベレディーを確認は出来なかっただろう。


「併せるよ!」


 外へ出た段階ですかさず手綱を扱き、今度はミナミベレディーがキタノフブキに外から並びかけて行く。3コーナー手前という事も有り、まだ後続の馬が先頭に並びかけて来るには早いタイミングだ。


 その為、この香織の騎乗に反応した後続の馬達は一歩出遅れる事となった。


◆◆◆


 直線で何かお馬さんが追い付いて来たなあって思ったら、鈴村さんが息を入れるように言って来ました。何か囲まれちゃいそうな気がするんですけど、ただ息を入れないと確かにこの後が大変そうですね。


 何か前に走り通しで大変な目にあった様な、嫌な記憶があるような? 良く覚えてないなあ。


 そんな事を思いながら速度を落とすと、案の定お馬さんが前に来ました。それだけじゃ無くて、横にも別のお馬さんが来ちゃいます。


 掛かってるのかな? って思ったんですが、そんな感じも無いですね。ただ、非常に走り辛いです。


 う~~、前のお馬さん邪魔ですねぇ。


 そんな事を思って走っていたら、鈴村さんが私に声を掛けて来ました。


「ベレディー、外へ回るよ」


 ん? 外ですか? お隣さんが邪魔ですよ?


 そんな事を思っていると、鈴村さんがチョンチョンと手綱を引きます。


 スピード落すの?


 素直に鈴村さんの指示に従ってスピードを落とすと、今度は手綱を外に引かれました。


 んっと、何か判んないけど言われるままに動いたら、横にいたお馬さんの後ろを回って私が外になりました。


「よし! さすがベレディー!」


 なんか判らないけど、鈴村さんに褒められちゃいました。お耳をピクピクしてお返事していると、今度は手綱を扱かれて速度を速める指示が出ました。


「併せるよ!」


 今度はスピードを上げるのね。


 ただ、気が付いたら目の前がコーナーでした。横にいたお馬さんは緩やかなカーブで自然と内側に寄ります。そのお馬さんに合わせて私は並びかけました。


 うん、何か気が付いたら外に来れましたね。そう思いながら3コーナーに入ったんですが、外にお馬さんがいないと気が楽ですね。あ、でもここで内側のお馬さんにプレッシャーを掛けるんですよね。うんうん、覚えてますよ。


 そして、3コーナーへと入った所で、何か後ろからお馬さんの足音が響いてきました。


 もうスパートですか? 何か皆さんせっかちです? 普段は4コーナーが終わりそうな、直線近くになってからじゃないのでしょうか?


「ベレディー、行くよ!」


 そんな事を思いながら、3コーナーから4コーナーへ入った所で、鈴村さんから掛け声と手鞭が入りました。


 何か早く無いですか? もしかすると、直線でタンポポチャさんみたいなお馬さんが居るのかな? それだったら頑張らないと?


 疑問符がいっぱいですが、私は一気に先頭を走るお馬さんを抜きにかかります。ただ、そこで先頭を走っているお馬さんにも早くも鞭が入りました。


 そして、お互いに加速したらすぐに4コーナーから直線です。


 私も先頭のお馬さんも加速したまま直線に入った為、ちょっと外に膨らみました。ただ、コーナー抜けてすぐ目の前には坂があるんです。


「ピッチ走法!」


 鈴村さんの指示で、すかさず小刻みな走りに変えて坂を駆け上がって行きます。この段階で私が先頭に立ちました。


「ベレディー、がんばって! 桜花ちゃんも来ているからね!」


 うん、がんばる! 


 そうです。今日は桜花ちゃんが来ているんです! せっかく来てくれたんですから、頑張って勝たないと駄目ですよね。


 頑張って坂を駆け上がると、そこから今度は下りになりました。ここで、ストライド走法に戻して下り坂を利用して更に加速します。


 でも、何か長く無いですか?


 坂を駈け上ってからゴールまでが長く感じます。必死に地面を蹴って、頭の上げ下げを意図しながら走るんですが、ここで後方から来るお馬さんの足音が大きくなってきました。


「ベレディー、がんばって!」


 鈴村さんの必死な声を受け、私も頑張って脚を動かします。最初に先頭にいたお馬さんは既に視界から消えているんですが、内側から2頭お馬さんが伸びて来ている事に気が付きました。


 拙いですね。勢いはあちらが上ですか?


 内側で2頭が並んで走っているせいでしょうか? お互いに必死に駆けてるからなのでしょうか? 何となくですがゴールまでに追い付かれそうな勢いです。その為、慌ててタンポポチャさん走法に切り替えました。


「え、ベレディー! 頑張れ!」


 う~~~、相変わらず視界には2頭のお馬さんが映っています。でも、私との距離が縮まるスピードは若干落ちました。タンポポチャさん直伝の走りなのです! 負ける訳にはいかないのです!


 ゴールまだなの~~~?!


 それでもジワジワと縮まるお馬さん達を、必死に突き放しに掛かります。でも、中々に突き放せません。それどころか、一番内のお馬さんは更に加速したのかジワジワと突き抜けてきています?


 う~~~、桜花ちゃんの為に頑張る~~~!


 私は思いっきり疲れて来た脚に更に力を入れて、再度加速する気持ちで大地を蹴ります。そして、如何にかゴールを駆け抜けました。


「よし! やったよ! 勝ったよ! 9勝目だよ!」


 迫って来ていたお馬さんを、何とか少し引き離せた? と思った所がゴールでした。


 もうですね、必死にお鼻から息を吸います。最後は何か息を止めてたんじゃないかって思うぐらいに疲れました。


「ベレディー、ありがとう! 頑張ったね!」


「ブフフフン」(疲れたの~、最後頑張ったの~)


 私の首をポンポンと叩きながら、鈴村さんが声を掛けてくれます。そんな私は、必死に呼吸を整えて鈴村さんにお返事します。そして、先程駆け上がって来たお馬さんへと視線を向けました。


「ブルルルン」(あ、ストーカーさんだった)


 そのうち一頭はいつも私の後ろに付いて来るお馬さんでした。


 危なかったですね。ストーカーさんに負けちゃったなんて、絶対に嫌ですよね?

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