第222話 天皇賞秋とその結果

『東京競馬場、芝2000mで争われますGⅠ秋の天皇賞。昨年は何と言ってもミナミベレディーによる同年による春秋制覇の偉業が達成され、多くのファンがその偉業を自身の眼で見届けようと詰めかけました。

 今年の春に行われた天皇賞では、サクラヒヨリとサウテンサンが同着で優勝。その春の勝利馬であるサウテンサンが、サクラヒヨリが残念ながらエリザベス女王杯へと回る中、昨年に続き春秋制覇を掛けて出走! 偉業達成が出来るのか!


 そのサウテンサンの前に立ち塞がるのが大阪杯連覇の偉業を持つトカチマジック。昨年は正にミナミベレディーと死闘とも言える壮絶なレースを展開し、惜しくも2着。しかし、芝2000mはトカチマジックにとって適距離でのレース。ミナミベレディーが出走回避する中、初の天皇賞制覇がなるかに注目が集まります。


 更に注目を集めるのは、何と言ってもプリンセスフラウ。


 昨年のエリザベス女王杯の勝ちはある。しかし、そのレースではミナミベレディーはいなかった。昨年の天皇賞春、今年のシーマクラシック、共に競ったGⅠ大舞台。惜しくも女帝の後塵を拝し何方も2着。

 常に女帝にGⅠ勝利を阻まれる悲劇のプリンセス。牝馬の頂点に立つ力がありながら、あと一歩及ばない。そんなプリンセスフラウが現役牝馬の頂点に立つために、打倒ミナミベレディーを掲げこの天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念と古馬の頂点を狙います』


 天皇賞秋の実況が始まる。そして、映像ではパドックを周回する馬達の様子が映し出されていた。


『う~ん、サウテンサンはしっかりと仕上げて来ていますね。陣営としてもまずは天皇賞連覇を掲げていますし、ここは落とせないレースですから』


 MCである福島アナウンサーが、出走する各馬の状態をみながらコメントをしていく。


『そうですね~。でもプリンセスフラウはまだ余裕を残しているようにも見えますね。先日の追切にお邪魔したんですが、やはり狙うのはジャパンカップと有馬記念、打倒ミナミベレディーですから。ここは本番前の一叩きを狙ってるみたいです?』


『状態は悪く無いですし、油断は出来ないですけどね。2番と好枠を引き当てていますから、12番と外枠のサウテンサンはやや不利かな?』


『先頭争いはこの2頭でほぼ間違いが無いと思いますよね? 気になるのはやっぱり1番人気のトカチマジックになるかな? 何と言っても芝2000mで、昨年もミナミベレディーに最後差し返されたけど、この距離であればやっぱり最有力ですよね』


 美佳と共にレギュラーである神保のコメントに、誰もが頷いた。


『で? 皆さんの予想はどうなりましたか?』


『7番のトカチマジックを軸に12番サウテンサン、4番シニカルムール、14番オレナラカテルの3点。どうしても手堅くなりますねぇ』


『プリンセスフラウを外しましたかあ。まあ休み明けですし、距離的にももう少し長い所が良いですからね。という事で、私はやはりシニカルムールを軸に、1番キタノシンセイ、6番ハクトスピードの2点ですね。ハクトスピードは5月の新潟大賞典を勝っていますし、セントライト記念では17枠で5着、内枠有利なここ東京競馬場だと判らないですよ』


 MCの福島が得意気に語る中、美佳が出したボードには。


『やっぱりミナミベレディー世代という事で、美佳はみんなが外したプリンセスフラウを軸にしました。ベレディー不在の中で、やっぱりその存在感を出して欲しいですね~。2着は悩んだんですけど、昨年のダービー馬オレナラカテルと、騎手が鷹騎手と言う事でキタノシンセイにしました。人気は今ひとつですけど、いい意味でシルバーコレクターの真価を発揮する場面ですよね!』


『美佳さん、それ褒めてませんよ?』


 周りの面々がドッと笑う中、キョトンと首を傾げるのがあざといと言えばあざとい。流石はアイドルという所であろうか?


 そんな中、映像では各馬の本馬場入りが始まっていた。


 そして、天皇賞秋本番。


◆◆◆


『最後の525.9mの長い直線! 先頭は12番サウテンサン、後続を3馬身程引き離して直線に入った。プリンセスフラウは2番手、3番手にハクトスピード。そのすぐ外にキタノシンセイ。


 直線に入り各馬鞭が入った! ここで一気に上がって来たのはやはりトカチマジック! 6番手付近から一気に3番手、更にシニカルムールも上がって来た!


 先頭は依然サウテンサン、しかしプリンセスフラウ、キタノシンセイが並びかける! これはかわす勢いだ! トカチマジック、シニカルムールも大外をほぼ並走する形で上がって来た! この2頭は勢いが違う!


 残り200m、先頭はプリンセスフラウに変わった! すぐ外にキタノシンセイ、サウテンサンは3番手! 1馬身後方にはトカチマジックとシニカルムール! 壮絶な叩き合い! 勢いが違う! 前2頭をあっという間に捉えた! 優勝争いはこの2頭で決まりか!


 ここで半馬身抜けて来たのはシニカルムール! シニカルムール先頭だ! トカチマジック、必死に追いすがる!


 シニカルムール! シニカルムール! シニカルムールだ! トカチマジックに半馬身差をつけてゴール! シニカルムール復活!


 長い長いトンネルを抜け、久々のGⅠ勝利! 2着にはトカチマジック、3着にプリンセスフラウ。1番人気のトカチマジック、天皇賞春秋制覇を狙ったサウテンサン共に敗れました!』


「あらまあ、天皇賞は甘くは無いわねぇ。2年連続2着なのよねぇ」


 トカチマジックが1番人気、しかも得意の芝2000mという事で十勝川としては思いっきり天皇賞勝利を期待していた。


「この後のジャパンカップと有馬記念を気にし過ぎたかしら?」


 それでも、勝てる可能性が一番高いのはこの天皇賞秋だと思っていたのだが、そこでまさかシニカルムールに競り負けるとは思っていなかった。


「困ったわねぇ、引退時期が決まらないじゃ無いの」


 今回の勝利で、既に6歳のシニカルムールは引退するだろうし、場合によってはジャパンカップを回避して有馬記念へ進むだろう。馬の状態によっては、このまま引退もあるかもしれない。


 トカチマジックも年内の引退を考えていたのだが、こうなって来ると6歳でも走らせるかどうかの迷いが生まれて来る。


「種牡馬不作の世代とか言われそうだわねぇ」


 現役時代の成績が、種牡馬としての成績に素直に結びつくわけでは無い。それでも、実績が高い馬はそれだけ種付けできる繁殖牝馬の数が増え、産駒の数が多ければ多い程良い成績を残す確率は高くなる。


「はあ、ミナミベレディーにお願いしてトカチマジックの根性を鍛え直して貰いたいわ。最後の勝とうって言う執念が弱いのかしら」


 次走であるジャパンカップでも、その後の有馬記念においても、まさにそのミナミベレディーが最大の壁となり立ち塞がるのだ。


 小さく溜息を吐いて、十勝川は馬主席から立ち上がるのだった。


◆◆◆


 武藤調教師は、厩舎のテレビで天皇賞を観戦していた。そして、最後の最後でシニカルムールが抜け出して勝利を掴む姿を見て、サクラヒヨリをエリザベス女王杯へ出走させる事にして良かったと安堵していた。


「シニカルムールが勝ったか。まあ、荒れたと言う程では無いな。ただ、ヒヨリを出していても勝てなかったろうな」


 実際は走らせてみなければ判らなかっただろう。今年のレースは、誰もが予想したようにサウテンサンがハナを取って逃げに入った。ただ、ここでプリンセスフラウは先頭争いをする事無くあっさりと2番手に納まる。その為、レース自体は近年の傾向に反して標準的なペースで進んで行った。


「ハイペースで後続の末脚を削りたかったんだろうが」


 芝2000mという距離で、サウテンサンの陣営はどのようなレース展開を想定していたのかは判らない。ただ、この結果を見る限りにおいては本命はジャパンカップか有馬記念を想定しているのかもしれない。


 その中で何気に気になるのは2着には入ったトカチマジックだ。ジンクスなど本来気にしても意味のない事であるが、それでも気にしてしまうのがホースマンだ。1番人気は勝たないと言われている天皇賞秋で、今年もジンクス通りに1番人気のトカチマジックは2着に終わっている。


「そう考えると、ミナミベレディーは強いねぇ」


 思わずそう呟きながらも、自身の管理馬であるサクラヒヨリへと思いが行く。


「ミナミベレディー程ではないが、エリザベス女王杯は勝たしてやらないとだな」


 武藤調教師としても、GⅠを3勝してくれているサクラヒヨリへの思い入れは強い。日々の調教でも真面目に走るサクラヒヨリだが、サクラフィナーレも預かっているからこそ判るのだが、サクラヒヨリもまた素質がある馬では無いと思う。ただ、唯一他の馬と比べて飛びぬけている所は、日々の調教でコツコツと自身を鍛え上げるその精神だと思っている。


「ミナミベレディーも恐らく似たような馬なんだろうな。まあ、ヒヨリよりは素質に恵まれていそうだが。久々の鈴村騎手の騎乗だからな、期待させて貰おう」


 有馬記念ではまたもや乗り替わりとなるだろう。それ故に、淡々としているように見えて、このエリザベス女王杯に賭ける武藤調教師の意気込みは今までになく熱かった。

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