第220話 サクラフィナーレとプリンセスミカミの秋華賞 後編

『先頭は依然アップルミカン。アップルミカンが4コーナーへ入った所で、後方からラトミノオトが上がって来た。ライントレースは未だ馬群の中。後続もじわじわと追い上げ、馬群が詰まって来た。


 此処でプリンセスミカミ、早くもスパート! 4番手から一気に上がって行く!前を走るカレイキゾク、グレードライドをかわしアップルミカンを捉えた!


 しかし、先頭は依然アップルミカン! そのすぐ外にプリンセスミカミ、アップルミカン先頭で直線に入って、漸く鞭が入った! アップルミカン速度を上げた! 後続を引き離そうと懸命にスパート!


 しかしプリンセスミカミが必死に喰らい付く! 後方からサクラフィナーレも上がって来た! サクラフィナーレ現在3番手! サクラフィナーレ先頭に並ぶか! カレイキゾク後退、グレードライドはまだ粘っている!


 残り300m、後方から凄い勢いで駆け上がって来るのはラトミノオト! ここで漸くライントレースが上がって来た。此処から前を捉えきれるのか! 先頭は依然アップルミカン! アップルミカン他3頭が壁になっている! ウメコブチャ! 最内を上がって来たのはウメコブチャ! 最内を駆け上がって前3頭に襲い掛かった! アップルミカン粘る! 懸命に先頭で粘っている!


 ここで阪神競馬場の最後の坂が立ち塞がった! アップルミカンを先頭に、各馬坂を駆け上がって行く!


 坂に入って先頭はアップルミカン、ほぼ差が無くプリンセスミカミ、サクラフィナーレ。ここで最内からウメコブチャが並んだ!


 粘るアップルミカン! ウメコブチャ、前に出た! 並んだ勢いのまま、一気に突き抜けた! 先頭はウメコブチャ! ウメコブチャだ!


 プリンセスミカミに此処で鞭が入った! 此処からは叩き合いだ! しかし、先頭はウメコブチャ! 一気に半馬身突き抜けた! その外をプリンセスミカミ! 必死に追いすがる! 更に半馬身下がってサクラフィナーレ! アップルミカン後退! 


 ここで大外から一気にラトミノオトも上がって来た! しかし先頭はウメコブチャだ! ウメコブチャだ! ラトミノオト、最後の追い上げ! 凄まじい末脚で前を追うが、ウメコブチャを捉えるには厳しいか!


 熾烈な2番手争い! プリンセスミカミも必死に粘る! 先頭はウメコブチャ! 他馬を押し切り、そのままゴール! ウメコブチャ後方から前3頭を差し切った!


 2着は半馬身ほど差がついてラトミノオト! 3着はプリンセスミカミ! 4着にサクラフィナーレ、終始レースをリードしてきたアップルミカンは5着、最後に突き抜けたのは、1番人気ウメコブチャだ! オークスに続いてこれで2冠達成! 鞍上の鷹騎手……』


 無事にウメコブチャが2冠達成した事で、腕を組んで睨みつけるようにモニターを見ていた磯貝調教師は漸く体の力を抜いた。


 当初からウメコブチャは人気上位ではあった。また、実力でもここ秋華賞を勝っても何ら可笑しくないと信じていたし、それだけの調教はして来てはいた。ただ、ウメコブチャは気性面で気難しい所も有り、走ってみないと判らないと言う難儀な所があった。


「前が壁になった所で、上手く内を突いてくれたな。しかし、ラトミノオトか、今後強敵になりそうだな」


 最内をウメコブチャが突いた事で、恐らくは同様のコース取りを考えていたであろうラトミノオトは大外に振る事となった。


 流石に、2頭が内を突けるほどの隙間は無かった。そして、前3頭が壁になった事によるロスが、今回の明暗を分けたのだろう。1着と2着と言う着順を生んだ原因は、結局は騎手の判断力と、少しばかりの運だと磯貝調教師は思っていた。


 そして、恐らく今後のレースにおいて適性距離が被るであろうラトミノオトの末脚に、強い警戒感を抱いた。それでも、まずはウメコブチャがGⅠを2勝してくれた。その事に安堵するのだった。


「タンポポの後継的な位置付けのウメコブチャで、その前に立ち塞がるのがタンポポの近親ってのも皮肉だな」


 もっとも、やや早熟なタンポポチャと違い、ラトミノオトは5歳までは走りそうな馬ではある。その点を考えれば、タンポポチャよりは長くレースを走る事で、少しでも良い結果を齎せてあげられるかもしれない。


「まあタンポポと同血統が活躍してくれるのは悪い事じゃ無いですよ。ただ、3着4着に入ったプリンセスミカミとサクラフィナーレは良いんですか?」


 磯貝調教師は、隣にいる調教助手へと視線を向ける。


「判っている事を聞くんじゃねぇ。まあ、善戦はするんだろうが今後GⅠを勝つにはもう一化けしねえとキツイな。器用な馬なんだろうが、走り方が変わった所でレース自体のタイムが平凡であれば勝てねぇよ。まあ、その時々で器用に走れば勝てる時は勝つんだろうが、其処迄怖くはねぇな。ミナミベレディーが化け物だから勘違いする奴が多いだけだ」


 今日の秋華賞でより磯貝調教師はその思いを強くしていた。もし今日のレース展開で走っていたのがミナミベレディーであれば、恐らく勝てなかっただろう。


 そう思わせる怖さがミナミベレディーにはあるが、今日走っていたサクラフィナーレやプリンセスミカミには無い。


「まあ、4歳以降で化ける可能性が無くは無いがな。もともと、サクラハキレイ産駒は晩成なんだ。3歳で此処まで走るのが異常なだけだ。あの器用な走りが無きゃ、もっと順位は低かったろうよ」


 磯貝調教師の言葉に、調教助手も頷くのだった。


◆◆◆


「頑張れ! あと少しだぞ! 頑張れ! あああ~~~駄目か!」


 太田調教師は、プリンセスミカミが3着になった事に思わず溜息が零れた。


 太田厩舎としては、秋華賞の出走メンバー的に言っても勝つのは厳しいと判ってはいたが、それでも最後の最後まで先頭争いをしていたプリンセスミカミに、ついつい声を出していたのだ。


「テキ、声出てましたって」


 調教助手の言葉に、太田調教師は思わずキョロキョロと周りを確認する。すると、何人かの人物と目が合ってしまい、バツが悪くなるのだった。


「く~~~、あと少しだったよな。良い感じだったんだが」


「ウメコブチャが強すぎましたね」


「ラトミノオトの追い上げもヤバいな」


 実際の所、馬自体が持つ地力の差が出たという所だろう。それは理解しているが、あわよくばGⅠを勝利出来たかもと思うと残念で仕方が無かった。


「まあ、地力の差だな。鈴村騎手も、展開も含めベストな騎乗をしてくれた」


「サクラフィナーレには先着しましたから」


 調教助手が笑いながらそう告げる。その言葉に、太田調教師は漸くニンマリとした笑みを浮かべる。


「まあな。それでも、あちらさんはGⅠ馬だけどな」


「ただ、これで2戦2勝ですよ」


 調教助手の言葉に、太田調教師はより笑顔を深くする。


「だな。ただレース自体は勝ち切れて無いからなあ」


 そう告げる太田調教師ではあるが、太田厩舎の面々は太田調教師がサクラフィナーレに対し非常に強い対抗心を持っているのを知っていた。その為、調教助手もサクラフィナーレに先着出来た事に一安心しているのだ。


「しかし、こうなってくると何処か重賞を勝たせてやりたいが、まずはGⅢで良いんだよ」


「次走をどうするかですか」


 太田調教師は、この後のプリンセスミカミのレースを考える。


「エリザベスは論外だ。善戦よりまずは重賞勝利が欲しい」


「ですねえ、メンバーも凄いですから」


 エリザベス女王杯が勝てる可能性が高いなら出走させても良い。ただ、古馬となった牝馬も交えてのレース、秋華賞を走った後のプリンセスミカミが体調を崩さず万全の状態であったとしても、メンバーを考えれば善戦すら難しいだろう。


「そうすると、1月の愛知杯か。少し時間が空くな」


「4歳以上の牝馬限定戦ですし、有力馬は放牧されていて出走しないでしょう。良いと思いますよ」


 実際の所、12月に行われる牝馬限定戦のターコイズステークスでも良いのかもしれない。ただ、距離が1600mという所で、プリンセスミカミの適性距離的に短いだろうと思ったのだ。


「その後は3月の中山牝馬だな」


「祖母と母親が勝ってますから、験も良いですね」


 もとは、何故か中山牝馬は勝てる不思議な血統だったんだがなあ。


 調教助手の言葉に、思わず苦笑を浮かべる太田調教師だった。

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