トッコさん達と秋のGⅠ戦線

第218話 サクラフィナーレとプリンセスミカミの秋華賞 前編

『紅葉も深まる阪神競馬場。京都競馬場の改修工事に伴い阪神競馬場で行われる第※※回秋華賞。3歳牝馬限定GⅠ、その最後のタイトルを懸け、今此処に18頭のうら若き乙女達が集いました。


 そして、今まさにパドックを周回しております。近年は牝馬最強の声が高く、その次代を担う最強牝馬がこの中から誕生するのか。今年の秋華賞はその試金石とも言えるレースになるかもしれません。


 3歳牝馬限定の3大レース、桜花賞、オークスと来て、最後の一冠秋華賞。サクラフィナーレによる桜花賞の再現となるのか! はたまたオークス馬ウメコブチャが2冠目を獲得するのか! それともライントレースが雪辱を果たすのか! 更には伏兵ラトミノオトなどの馬達がタイトルを手に入れるのか! 正に競馬ファン注目のレース。


 1番人気はオークス馬ウメコブチャ、前走ローズステークスではまさかの2着に敗れ、ここに復活の狼煙をあげられるのか!


 2番人気はライントレース、2歳牝馬優駿を勝ち、期待を一身に受けての3歳クラシック。善戦すれどもタイトル獲得に今一歩届かなかった桜花賞とオークス。ローズステークスでそのポテンシャルを見せつけて、狙うはただ一つ秋華賞GⅠ勝利。ここでローズステークスの再現がなるか!


 3番人気は僅差でラトミノオト、前走紫苑ステークス、最後の直線一気に差し切り勝利した姿。まさに誰もが一昨年の秋華賞馬タンポポチャを彷彿させたのではないでしょうか? 血統の強さを証明できるかラトミノオト、ここでまず1勝を勝ち取りたい所。


 4番人気はサクラフィナーレ、今年の桜花賞馬がまさかの4番人気。前走紫苑ステークスでは1番人気3着、レース後スタミナを疑問視されての重要な1戦。ここで存在感を取り戻し、ミナミベレディー、サクラヒヨリのようにGⅠ2勝目を挙げる事が出来るのか。


 5番人気は……』


「サクラフィナーレが4番人気ですか。中々に厳しい評価ですね」


 実況を聞きながら、桜川は息子と共にパドックを回るサクラフィナーレの状態を確認していた。桜川とて馬主としての経歴はそれなりにある。もっとも、所有した馬がGⅠを勝利したのはサクラヒヨリが初めてである。そして、幸運にもサクラフィナーレが桜花賞を勝利してくれた。それ故にこの秋華賞でもついつい期待してしまう。


「お父さん、サクラフィナーレ勝ってくれるかな?」


「どうだろうなあ、他のお馬さんも強そうだね。だから頑張って応援しよう」


「うん、応援する! でも、大きな声は出しちゃ駄目なんだよね?」


「そうだね。良く覚えていた。偉いぞ」


 息子の頭を撫でながら、目の前を通り過ぎて行く馬達を見る。自分には、どの馬も強そうに見える。それ故に息子と一緒に心の中でサクラフィナーレを必死に応援する。


「桜花お姉ちゃんがいてくれれば良かったのにね」


「ん? ああそうだね。桜花さんが居れば心強かったね」


「あ、でも、秋華賞だから駄目かな?」


 息子の中では桜花がどういう位置づけとなっているのか? しかし、その息子の言葉に、思わず頷きそうになる桜川であった。


◆◆◆


 鈴村騎手は、プリンセスミカミが落ち着いている事にまずは一安心をする。レースでは初めてメンコとブリンカー、シャドウロールを付けた。調教時には既に何度もテストを繰り返し、比較的良い結果が出ていた為に使用を決断したのだ。


 そして、今まさにその事による効果なのか、本馬場での返し馬の手応えからも、しっかりとレースに集中しているように感じた。


「うんうん、落ち着いているね。良い感じだよ」


 ミナミベレディーやサクラヒヨリに行うようにプリンセスミカミの首筋を優しく叩きながら、ゲート前の待機所へとプリンセスミカミを誘導する。浅井騎手から聞いていた話と、前走に騎乗した感覚からもプリンセスミカミは他の馬を気にする所があった。


 気にすると言うよりも気後れすると言った感じかもしれない。もっとも、それも次第に収まってきているのだが、それでも不安要素は出来るだけ少なくしたかった。


 そんな心配をしていた鈴村騎手だが、プリンセスミカミは今日のレースにしっかりと集中出来ているように感じられる。


「うんうん、良いレースが出来そうだね。さてさて、他のお馬さんはどんな感じかな?」


 プリンセスミカミを誘導しながら、他の馬達へと視線を送る。そこにはライントレース、ウメコブチャ、ラトミノオトなどの要注意の馬達が視界に入る。


 どの馬もしっかり仕上げて来てるなあ。


 数年前には引退するかどうかの瀬戸際まで追い込まれていた鈴村騎手だ。それでも、ミナミベレディーに出会ってからは幾度と未経験だった重賞レースで揉まれてきた。

 勿論レースで失敗し大きく落ち込んだ事は何度もあったが、それ以上に今までの自分であれば経験できないような感動をさせて貰った事も多い。それらの経験が有るが故に、元々の性格もあるのであろうがGⅠの緊張を楽しむほどの余裕すら出てきていた。


 何とか掲示板迄は行きたいなあ。流石に勝つのは厳しいかなあ。でも、プリンセスミカミも状態は悪くないし、恐らく警戒もされていないから上手くすれば? まあ走ってみないと判んないよね。


 そんな思いの中、サクラフィナーレの姿が目に入る。


 長内騎手は大丈夫かな? 桜花賞を勝っちゃってるからプレッシャーも凄いだろうし。


 自分より10歳近く年上の騎手に対し、自分が心配するのはおこがましい事だと思う。ただ、長内騎手としては桜花賞以降は重賞を勝利する事が出来ていない。重賞はそう簡単に勝てる訳が無い事は、自分も長内騎手も判っている事ではあるが、やはりGⅠ馬に乗る事のプレッシャーは凄い物がある。そんなプレッシャーのみにおいては自分の方が先輩ではある。


 どこかもう一つ勝てると、一気に楽になるんだけどね。私がそうだったし。


 やはり勝てるかもしれないと言われる馬に騎乗するならば、何とか勝ちを拾いたい。負ければ、こうすれば勝てたんじゃないか、ああすれば良かったんじゃ無いか。そんな思いが頭を過るのだ。ましてや、自分が騎乗している馬がGⅠ馬であればその思いも一入だろう。


「今日はどんなレースになるかな」


 思わず零れた声に、耳をピクピクさせるプリンセスミカミ。その様子に思わず笑い声が漏れそうになる。


「うんうん、プリミカは良い子だね。頑張ろうね」


 そう声を掛けながら、ゲートへと向かうのだった。


◆◆◆


 長内騎手は、サクラフィナーレの鞍上で今日のレース展開を幾通りもイメージしていた。武藤調教師には基本となるレース展開を説明してはいたが、実際にその通りになるかなど走ってみないと判らない。

 その為、自分が想像出来る限りの展開をイメージし、可能な限り対応出来るようにと考えていた。


「フィナーレ、今日は頑張ろうな」


 鈴村騎手に言われたように、絶えずサクラフィナーレへと声を掛ける。それは普段の調教時も同じであり、この本番のレースでも同様である。


 サクラフィナーレに初めて騎乗した時は、臆病な馬に感じた。そんなサクラフィナーレも今や他の馬を気にする事無く歩みを進める図太さを身につけている。恐らくミナミベレディーやサクラヒヨリといった馬達と共に行動する事で、他の馬に委縮する事が無くなったのだろう。


 長内騎手はそんな成長を身近で感じながら、中々勝利へと結びつかせてやる事が出来ない自分にこそ苛立ちを感じていた。サクラフィナーレは、自分に初めてGⅠ勝利を齎してくれた大切な馬だ。それ故に、サクラフィナーレに対する思いは非常に強い。


 そして、ふと視線を向けた先には、同じサクラハキレイ血統の馬であるプリンセスミカミと、その背に騎乗する鈴村騎手の姿が見えた。


「力の入っていない、良い騎乗姿勢だな」


 まだ出走前であるが、鈴村騎手は内面の緊張を表に出すことなく騎乗し、それ故にプリンセスミカミも他の馬に気をとられず集中出来ているように思われた。


 メンコにブリンカー、シャドウロール、フル装備だな。恐らく他の馬を気にするからの対策なんだろうが。


 プリンセスミカミに騎乗した事は無いが、前走のレースを何度となく見ている。それ故に本来サクラフィナーレの優位点となる走法の切替をプリンセスミカミも身につけているのは判っている。その為、馬本来の特性として考えるなら距離的にこの秋華賞はプリンセスミカミに軍配があがるのではないだろうか?


 何を弱気になっているんだ、俺は。


 ついつい悪い結果ばかり想像してしまう自分に思わず歯を噛み締める。


「頑張ろうな、フィナーレ」


 明らかに自分に余裕が無い事を痛感し、そんな気持ちを落ち着ける意図も有り優しくサクラフィナーレの首をポンポンと叩く。


 中々結果を出す事が出来ていない状況に、此処に来て改めて好位差しで良いのか迷いが出て来る。


「スタート次第だ」


 長内騎手はそう口に出し、自分の集中力を高めていくのだった。

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