第216話 トッコさんのいない京都大賞典

『第※※回 GⅡ京都大賞典が間もなく此処阪神競馬場で開催されようとしております。今回のレースでは、何と言っても当初1番人気と目されていたミナミベレディーの出走取消で、早くも不穏な雰囲気を醸し出しています。現在の1番人気は、やはり今年の春の天皇賞を勝利しましたサウテンサン。この後に控えるジャパンカップへ向けどのようなレースを見せるのか。


 2番人気には、一昨年の菊花賞馬ダンプレン。サウテンサンと同様に、ここ京都大賞典をステップにジャパンカップ勝利し、GⅠ2勝目を目指します。その為にも、此処京都大賞典で何とか弾みをつけたい所。


 3番人気はシニカルムール、今年引退を表明しているシニカルムール。陣営はこの京都大賞典勝利をまずは目標と定めての一戦。次走は勝ってから決めるとの言葉通りに勝ちきれるのか!


 4番人気はテンネンボーイ。春の天皇賞では僅差の3着、満を持して出走した宝塚記念では天候も影響したのか8着と結果を残せず。ここで存在感を……』


 京都大賞典の実況が始まる中、パドックでは各馬が厩務員達に手綱を引かれて周回している。そのパドックの映像を眺め、祐一達はそれぞれの推し馬の状態を確認する。


「サウテンサンは良さそうだよね」


「うんうん、やっぱり軸はサウテンサンだよね」


「でも、それだとオッズが低いよね? 狙うなら万馬券だけど、どうする?」


「う~~~、ねえねえ、あの8番の馬良さそうじゃ無い?」


 山田さん達の話を何気なく聞きながら、祐一は自分の手にしている馬券を見る。


 9番シーザーサラダを軸に4番キタノフブキ、12番シニカルムール 何となくサウテンサンを外しての2点買いをしていた。もっとも、今回は共に500円と来週行われる秋華賞に向け、資金温存をしているのだが。


「内藤、なに落ち込んでるんだよ。ミナミベレディーが故障じゃなくて良かっただろう?」


「あ、木之瀬。まあ、そうなんだけどね。ただ、何となく気が抜けたと言うか」


 今回の京都大賞典において、枠番が決まる前からあ~だこ~だとサークル内で盛り上がっていた。勿論、祐一もミナミベレディーを軸にどうするかを真剣に検討していたのだが、その肝心のミナミベレディーが出走取消で一気に気力がなえてしまったのだ。


「しっかし、その後が凄かったな。必死に出走取消の原因を調べたりしてさ」


「自分なんかより、ネットの掲示板の方が凄かったけどね。流石はミナミベレディーって改めて思ったけど、大騒ぎしている大半がチューブキングのファンだったのが驚きだったね」


 ネットの掲示板では、正式に出走取消の理由が発表されるまで阿鼻叫喚と言って良いような状態になっていた。


 自分達の世代では、そんな凄い馬がいたんだと言う印象程度でチューブキングよりやはり実際に目にして来たミナミベレディーの方が印象に強い。それ故に今回の出走取消が発表されると直ぐに、怪我が発生したのでは? と騒ぐ掲示板に不安感を煽られる状況となった。


「いやあ、噂って怖いよな。ミナミベレディーが怪我したんじゃないか? から怪我したみたいだ、どうやら骨折が見つかったみたいだ、下手すると引退するんじゃないかって、どんどん話が大きくなっていったからな」


「だよなあ。あれはビビったよ。真面目に引退かと思った」


 出走取消が発表されて2時間ほどで、ネット内ではミナミベレディー引退かって文字が飛び交っていた。その後、馬見厩舎から、ただの風邪で症状も比較的軽くジャパンカップは問題無く出走できると発表されて騒動は一気に沈静化したのだが。


「未だに馬見厩舎の発表を疑っている連中もいるけどな」


 人気の高いミナミベレディーであるが、人気が高いが故にやはりアンチな競馬ファンもいる。また、チューブキングが頻繁に故障していた事を覚えている世代の中でも同様に話題は燻っており、ジャパンカップへ出走するまで噂は消える事は無いだろう。


「あ、そろそろ本馬場入場か」


「GⅡだから良いのかもしれないが、ここで勝ってもミナミベレディーが出走しなかったからとか言われそうだな」


「だよねぇ、まあ、タラレバは日常的に言われる事ですけどね」


 祐一は視線をモニターへと向けるのだった。


◆◆◆




『各馬3コーナーを回りまして、先頭は14番サウテンサン。後続との差は3馬身から4馬身、ここで早めに上がって行ったのはテンネンボーイ、サウテンサンとの距離をジワジワと詰めていく。


 依然先頭はサウテンサン、2番手にテンネンボーイ、3番手にキタノフブキ、各馬4コーナーを回って最後の直線。先頭は依然サウテンサン、このまま逃げ切れるか! 阪神競馬場、最後の直線470m、ゴール手前には最後の試練の坂!


 直線に入ってサウテンサン、ここで鞭が入った! テンネンボーイも上がって来た! ここで後方から一気に上がって来たのはシニカルムール! キタノフブキは伸びないか! 上がって来た! ここで最内を突いて来たのはプロミネンスアロー! 前を走る牡馬達に凄い勢いで襲い掛かる! 先頭はサウテンサン、坂に差し掛かって一気に伸びて来たのはシニカルムールとプロミネンスアロー!


 サウテンサンは此処に来て一杯か! 先頭は代わってプロミネンスアロー! サウテンサン、シニカルムールを一気にかわして先頭でゴールを駆け抜けました!


 第※※回京都大賞典! なんと勝ったのはプロミネンスアロー! ミナミベレディー世代最後の刺客か! 並み居る牡馬を蹴散らして、何と勝ったのはプロミネンスアロー! 常に上位評価を受けながら、中々勝ちきれなかった……』


「これは、とんだ伏兵がいましたね。まさかまさかのプロミネンスアローですか。山下調教師が荒れそうですね」


 自身の管理馬が第6レースを出走する為に阪神競馬場へとやって来ていた篠原調教師は、浅井騎手と並んでレースを見ていた。そして、人気上位馬が挙って負け、プロミネンスアローが勝利する姿を見て思わずそう呟いた。


「またミナミベレディー世代ですね。ミナミベレディーやタンポポチャが居なければと言われてきた馬の1頭ですよね?」


 桜花賞やオークスなど、常にミナミベレディーやタンポポチャに敗れて来たプロミネンスアローが、ここで並居るGⅠ馬を抑えての勝利。この勝利は、馬の未来を明るくしてくれるだろう。


 篠原調教師としてはそう願わずにはいられないが、そう考えると此処数年現役で走って来た牡馬達は辛い世代になるのだろうか。


「まあ、牝馬がこれだけ優秀なんだ。上手くすれば産駒実績で挽回できる馬もいるだろう」


「え? 何か言われました?」


 番狂わせの展開に競馬場内は未だに騒がしく、篠原調教師の呟きを聞き逃した浅井騎手が問いかけると、澄ました表情で篠原調教師は浅井騎手に告げる。


「来週はトカチフェアリで紫菊賞ですね。何か勝算はありますか?」


 他厩舎の管理馬であり、篠原調教師としても口を出す事は出来ない。ただ、何かと浅井騎手が人間関係を含め苦労しているのは知っていた。もっとも、今後浅井騎手がフリーへと転向した場合には必要な経験であり、篠原調教師としては時々助言するのみで浅井騎手に多くを語る事は無い。


「う~ん、展開次第ではかと思います」


 浅井騎手もそこは判っていて、自身が所属する厩舎の調教師であっても多くを語る事は無い。


 出来ればオープンやGⅢあたりの経験を積ませてやりたい所ではあるが、自身の所有している管理馬の馬主達も、やはりオープン以上となれば実績のある騎手に騎乗して貰いたがるのだ。


「騎手は結果が総てですからね。今はとにかく経験を積む事です。頑張りなさい」


「はい」


 頷く浅井騎手に再度視線を向け、篠原調教師は言葉を続けた。


「明日は何時もの様に今週の反省会を行いますからね」


「……はい」


 先程とは違い、まるで叱られる子供のような表情に軽い笑い声を響かせながら、篠原調教師はモニターの前から立ち去るのだった。

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