第212話 京都大賞典 前のトッコとミカミちゃん

 馬運車に載せられて栗東トレーニングセンターにやってきました。今週末に開催されるレースを走るみたいなんですが、此処に来ると何となくタンポポチャさんと一緒に駆けっこをしたのを思い出しますね。


「ブルルルン」(タンポポチャさんお元気でしょうか)


 引退しちゃったら、もう会う機会が全然ないのですよね。引退後の方が時間があると思うので、会いに来てくれても良いと思うのですが、そこら辺はどうなんでしょう? 忘れられちゃってないか心配ですね。


 そんな風にタンポポチャさんを思い出しているんですが、レース前ですから普通に調教はあるのです。それで今回調教でご一緒するお馬さんなのですが、ミカミちゃんですね。先程から頭スリスリしてくるので、私はハムハムしてあげています。


「ブフフフン」(元気にしていましたか?)


「プヒヒヒン」


「ブルルルルン」(前走は頑張りましたね。偉いですよ)


「ブルルルルン」


 鈴村さんから聞いたのですが、前走はフィナーレに勝ったみたいです。レース自体は残念ながら2着になってしまったみたいですが、フィナーレに勝った事は褒めてあげないとですね。

 フィナーレと違ってミカミちゃんは頑張り屋ですから、フィナーレは調教でもさぼり癖がありますからね。きっと今頃はヒヨリに絞られていると思うのです。


「ブヒヒヒン」(今度も頑張るんですよ、頑張らないとお肉にされちゃいますからね)


「ブヒュフフフン」


 うんうん、ちゃんとお肉になる怖さは判っているみたいですね。ただ、フィナーレも一緒に走るらしいので、片方に肩入れしすぎちゃっても駄目なのです。中々に難しいのです。


 そんな私とミカミちゃんを余所に、おじさん達は会話をしています。


「京都大賞典は次走のジャパンカップへの調整くらいで考えています。だからと言って負けても良い訳ではありませんが」


「軽めでというお話だったので、お言葉に甘えさせていただきました。北川牧場ではご一緒しているので、そう言う面では心配はありませんから」


 う~ん、何やら話し込んでいるみたいです。その為、私はお話が終わるまでミカミちゃんをハムハムしてあげましょう。


「プリンセスミカミも来週には秋華賞ですね。前走はあと少しで本当に惜しかったですね」


「鈴村騎手にはベストの騎乗をしていただきました。あれで負けたら仕方が無いと諦めましたよ」


 ふむふむ、そういえばヒヨリもですが、ミカミちゃんも次走は鈴村さんが騎乗するみたいですね。鈴村さんが嬉しそうに話していました。鈴村さんならヒヨリ達も慣れているので安心かな? ただ、フィナーレが心配ですね。


 私がのんびりとミカミちゃんをグルーミングしていると、鈴村さんがこっちにやって来るのが見えました。ただ、お隣に知らない女性の騎手さんがいますね。


「お待たせしました」


「今日はよろしくお願いします。色々と勉強出来ればと思っています」


 鈴村騎手と女性騎手さんが調教師のおじさん達に挨拶をしています。ただ、ミカミちゃんもお耳をピクピクさせているので、何となく女性騎手さんとはお知り合いっぽいかな?


「浅井騎手、無理を言って申し訳なかった。ミナミベレディーとの併せ馬で誰に手綱を頼むかと考えた時に、鈴村騎手から提案があったんだ。乗り替わりで色々と思う所もあると思うが、今日はよろしく頼む」


 知らないおじさんが女性騎手に何か謝っていますね。


「ブヒヒヒン」(悪い事をしたら駄目なんですよ?)


 鈴村さんが何か意見を言ったという事は、たぶん悪い事をしたのでしょう。騎手さんを虐めたのかな? それともミカミちゃんを虐めたのかな? とにかく、このおじさんは要警戒なのです。


 私の嘶きが聞こえたのか、鈴村さんが私の様子に気が付いてこっちにやって来ました。


「ベレディー、どうしたの? 大丈夫だよ。今日は軽く走るだけだからね」


「プリミカ、お久しぶり。覚えててくれてるかな?」


 私の横では女性騎手さんがミカミちゃんのお鼻を撫でています。ミカミちゃんの安心している様子から、知っている騎手さんみたいです。


 でも、プリミカですか。確かミカミちゃんのお名前はプリンセスミカミでしたね。お名前を短くした感じなのですが、何かカッコイイですし、可愛い感じもします。


「ブルルルルルン」(ミカミちゃんのお名前が可愛いの。わたしもお名前変えたいですよ?)


「もうちょっとまってね、プリミカと一緒に併せ馬するからね」


 私の首筋をポンポンと叩きながら、鈴村さんは答えてくれます。ただ、私が聞きたい答えじゃないんです。


「ブフフフン」(ベレディーローズとか良いよ?)


 何かゴージャスなイメージですよね? 背後にバラが一杯咲いていそう? ただ、何となく悪役っぽい? やっぱり可愛い方がいいかな?


「ブフフフン」(ベレディーフラワー?)


 何かしっくりきませんね。


 もう馴染んちゃった名前ですが、ミナミベレディーって聞いた時は可愛くないなって思ったのでした。


 どうせならこの機会に私もプリンセスとか、フラワーとか、ローズとか名前を変えたいですけど、可愛くて私に似合う名前って難しいです。


「ブヒヒヒヒン」(ベレディーってどういう意味なの?)


 よく考えたら、ベレディーっていうお名前が可愛く無いかも? ベがそもそも駄目ですよね? レディーは良いのかな? プリンセスレディー? うん、プリンセスなの? レディーなの? 良く判んないですね。


 そんな事を考えている間に、調教の準備が整ったみたいです。その為、私のお願いも結局はスルーされて調教が始まっちゃいました。


「馬なりで行きますが、先行しますから残り200で追い込んできてください」


「差しちゃっても良いですか?」


「ベレディーが抜かさせないと思いますが、差せるなら差して貰って構いません」


 何やら鈴村さん達が話をしています。でもですね、流石に調教とは言えミカミちゃんに抜かれる訳にはいかないですよ。という事で、少し真剣に走りましょう。


「ベレディー、今日は軽くで良いからね」


 鈴村さんの言葉にお耳をピクピクさせます。


 その後、お砂のコースをミカミちゃんと走りますが、ミカミちゃんは私よりお砂のコースは苦手じゃ無さそうです。


 私が先行して走り出して、ダートを軽く走り始めました。そして、後ろからミカミちゃんが追いかけて来るんですが、足音と言いますか、リズムと言いますか、油断しているとあっさりと横に並ばれちゃいそうです。


 私は、雨の時に身に着けたフラウさんっぽい走り方に切り替えます。普通の芝だとピョンピョン跳ねちゃいそうになるんですが、お砂の上だと割と形になるんです。


「よし、良い感じだね」


 鈴村さんはそう言ってくれますが、やっぱりお砂は苦手ですよね。ヒヨリと結構練習してきましたし雨での走りも経験しましたから、以前程では無いですがやっぱり走り辛いです。


 そのお陰もあって最後までミカミちゃんには抜かせなかったですよ。


 その後、ミカミちゃんと並んで洗って貰っていると、鈴村さんと女性の騎手さんが会話をしているのが自然と耳に入ります。


「前回の紫苑ステークスは勝ちたかったんだけど悔しいなあ。プリミカも頑張ってくれたんだけど」


「はい、見てました。私も思わず手を握りしめて見てました」


 前回のミカミちゃんのレースの事ですね。ミカミちゃんも自分の事を話されているのが判るみたいで、お顔とお耳を二人へと向けました。


「プリミカは頑張ったよね。偉いよ」


 女性騎手さんがミカミちゃんのお鼻の所を撫でてあげました。すると、嬉しそうに尻尾をブンブンさせています。


「プリミカは浅井ちゃんに馴染んでるね。何処かで鞍上が戻れると良いね」


「ありがとうございます。私もプリミカには愛着があるので、そうなれば嬉しいですけど。ただ、今はコツコツ実績を上げて行くしかないかなって」


 何と! このお姉さんは元々はミカミちゃんに騎乗していたみたいです。だからミカミちゃんも懐いているのですね。


「鈴村さんは京都大賞典どうですか?」


「ベレディーは、実際の所は余裕を持たせての仕上がりだからどうかな? 何と言ってもジャパンカップからの有馬記念でしょ? ベレディーにとって結構レース間隔が心配だから」


 鈴村さんが私にブラシを掛けながら、首の所をポンポンとしてくれます。でも、レース間隔が短いと疲れちゃいますよね。筋肉痛が治らないと走れませんよね。


「あ、そこは判ります。プリミカもレース毎に体調崩しますから」


「ベレディーは4歳後半くらいから改善してきたんだけど、どうしても限界以上に走ろうとするから」


 う~んと、限界以上です? 


「ブルルルン」(限界ってどこで判るの?)


 いつも頑張って走っているけど、限界超えたなって判りませんよ?


「うんうん、ベレディーは頑張り屋さんだね。洗い終わったら氷砂糖あげるからね」


「ブヒヒヒン」(わ~い、氷砂糖だ~)


 鈴村さんがお鼻を撫でてくれて、氷砂糖もくれる約束をしてくれました。でも、何となくお話が誤魔化されちゃいました?

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