第210話 サクラヒヨリと長内騎手とオールカマー 後編

『ゲート開きまして、今スタート! ややバラけたスタートか。その中で好スタートは最内1番スーパートゥナイト、手綱を扱いてハナを切ります。コールスローが2番手、そのすぐ後ろにサクラヒヨリ。

 好スタートを切ったこの3頭が先頭集団を形成するか。4番手には大外から内へと切り込んで来たニードルフェルト。5番手には……。


 1番人気トカチマジックは此処にいました、現在8番手。鞍上ロンメル騎手、今日はどの様なレースを見せてくれるのか。9番手にはザイタクユウシャ、何時もよりやや後方での位置取りか。


 ここで各馬最初の坂を上って1コーナーへ。先頭はスーパートゥナイト、すぐ後ろにコールスロー、そのすぐ横にサクラヒヨリと続いて、1馬身離れて4番手にはニードルフェルト。最後方まで12馬身といった所。


 前半、緩やかな上り坂が続くこの中山競馬場、後半に向けて比較的落ち着いたレース展開。レースは平均よりやや遅いペースか。


 向こう正面へと入り依然先頭はスーパートゥナイト、2番手はコールスロー。淡々とレースが進行、おっと! ここで早くもザイタクユウシャが前へと上がって行った! 前を走るニードルフェルト、サクラヒヨリをあっさりかわし、2番手を走るコールスローへと並んだ。


 先頭はスーパートゥナイト、2番手にコールスロー、ザイタクユウシャが並んだ状態で下り坂へと入って行く。後方を走るトカチマジック、ヤマギシンフォニーはまだ動かない。


 このままスーパートゥナイトを先頭に3コーナーへと入った。ここで、後方の馬達が早くも動き出した!


 1000m通過タイムは63.6、これは遅い! このタイムがこの後どう影響を及ぼすのか! 先行馬有利な展開で1番人気トカチマジックはどう動くのか! レースは未だ淡々と進んでおります。


 先頭が3コーナー入った所で、各馬一気に前へと位置取りを上げて来た!


 先頭は依然スーパートゥナイト、しかし、そのすぐ後ろにザイタクユウシャが上がって来た。コールスローはザイタクユウシャが壁になったのか勢いがつかない! ここでサクラヒヨリが最内から前へ! 前が膨らむ中、最内からサクラヒヨリが上がって来た!


 4コーナーから直線へ入った所、依然先頭はスーパートゥナイト。

 そのスーパートゥナイトをザイタクユウシャ遂に捉えた! 先頭は代わってザイタクユウシャ! しかし、内から一気に上がって来たのはサクラヒヨリ、サクラヒヨリ現在3番手、コールスロー伸びない!


 後方からヤマギシンフォニー、トカチマジックも上がって来た! 先頭はザイタクユウシャ! ほぼ並んでサクラヒヨリ! スーパートゥナイト後退!


 トカチマジック! トカチマジック! ここで一気に上がって来たのはトカチマジック! 明らかに勢いが違う!


 各馬、最後の坂へ入って現在先頭はサクラヒヨリ! 


 しかし、後方からトカチマジックが襲い掛かる! 末脚爆発! 一気に先頭集団を捉えた!


 此処でトカチマジックが並びかけ、そのままかわした! ここで一気にトカチマジック先頭! サクラヒヨリをかわして先頭に立った! 更に半馬身から1馬身突き放して、先頭はトカチマジック!


 2番手にサクラヒヨリ! 此処でヤマギシンフォニーも上がって来た! 激しい2番手争い! トカチマジック、1馬身差をつけて先頭でゴール! ダービー馬の貫禄を見せ、トカチマジック1着!


 2番手は首差でヤマギシンフォニー、3番手にサクラヒヨリ、4番手はザイタクユウシャ、5番手に・・・・』


「何とか此処では勝てたわね」


 馬主席でレースを観戦していた十勝川は、トカチマジックの勝利で漸く安堵の溜息を吐く。


 実際の所、ここでは能力上位で有る事に疑いを持ってはいなかったが、勝てるかどうかは運次第な所がある。レースがスローペースになった所で、このまま前残りで決着してしまわないかヤキモキしていたのだ。


「サクラヒヨリはちょっと不運だったかしら?」


 レース全体を見て、トカチマジックは事前に打ち合わせした通りのレースを行えたと思う。レース自体がスローペースな展開であった為に、予定より早くトカチマジックは前へと進む事にはなった。その為、末脚が最後に鈍らないかが心配ではあったが、最後まで切れのある走りを見せてくれた。


 そんな中、十勝川が併せて注目していたサクラヒヨリは、前2頭が壁になった段階でスパートが遅れ中々に厳しいレース展開となったように思われる。ロングスパートをする事無く最後の直線からの末脚勝負では、そもそも厳しかっただろう。


 先程のレースを振り返りながら、十勝川は表彰式へと移動する為に席から立ち上がる。


「十勝川さん、おめでとうございます」


「ありがとうございます。何とか勝たせて頂けましたわ」


「これで次走へ弾みがつきましたな」


「ありがとうございます。そうなると嬉しいですわね」


 十勝川に降り注ぐ周りからの祝福の声に会釈を返しながら、十勝川は表彰式へ向かう為に歩き出した。その中で、サクラヒヨリの所有馬主である桜川夫妻の姿が見えた。


「桜川さん、ご無沙汰しております。奥様もお久しぶりですわね」


「十勝川さん、この度はおめでとうございます。残念ながらうちのサクラヒヨリは完敗ですね」


 そう告げる桜川に対し、十勝川は微笑みを返す。


「レースは時の運ですから。サクラヒヨリも3着、次走はどうされるのですか?」


「やはり天皇賞は厳しそうなので、昨年獲り損ねたエリザベス女王杯を予定しています」


「あら、ちょっと勿体ない気がしますわね」


 そう返事を返しながらも、十勝川は既にサクラヒヨリが秋の天皇賞を回避してエリザベス女王杯出走する事は情報として知っていた。


「まあ皆さんからは別の意見を頂きますが、サクラヒヨリの本格化はこれからだと思っています。まあ、来年は主だった強敵が引退してくれる事を期待してですが」


 本音を隠すことなく屈託のない笑顔を浮かべる桜川に、十勝川も思わず苦笑を浮かべる。


「トカチマジックは秋の天皇賞ですね」


「ええ、何とか勝ってくれればと願っていますの。大阪杯を連覇してくれていますけど、やはり私ども世代で芝2000mと言えば秋の天皇賞ですわ。どうしても大阪杯は下に見られますでしょ? トカチマジックの将来の為にも秋の天皇賞を勝って欲しい物です。GⅠ4勝している割に評価が今ひとつなので困っていますわ」


 トカチマジックはすでにGⅠを4勝している。しかし、大阪杯は比較的歴史的に新しいレースであり、同じGⅠと言ってもオールドファンからの扱いは軽い。宝塚記念や有馬記念の人気投票などでは如実にその傾向が見られる。


「牡馬も引退後は大変ですなあ。関係者の評価が自然と種付け数に反映しますから」


「そうですわね。種付け数が多ければ多い程に良い結果を出してくれる後継が出やすいのは間違いないですわ。もっとも、それでも上手くいかない事もざらですけど」


 十勝川は口元を手で隠し、コロコロと笑い声をあげる。


「それでは、表彰式に遅れますので」


 そう言って頭を下げ、十勝川は足早に表彰式の会場へと向かうのだった。


◆◆◆


「3着かあ、なかなか厳しいな」


 武藤調教師は、サクラヒヨリのレースを見終わり厳しい表情を浮かべた。


 展開的にはスローペースの前残りが期待できる展開であり、内枠のスーパートゥナイト、コールスローを含めまずまずの出だしであっただろう。ただ、このオールカマーは3コーナーからの位置取りが重要となって来るレースである。3コーナーからの緩やかな下りにおいて各馬の速度も上がり、また最後の直線で一気に追い込むも届かないケースが多い。


 この為、オールカマーは先行馬が有利と言われていた。


「やはりザイタクユウシャに前に出られたのが痛いですかね?」


 調教助手の言葉に、武藤調教師はレースのリプレイ映像を見ながら考える。


「最後の直線勝負となったのがきついな。トカチマジックやヤマギシンフォニーも早めに位置取りを上げている。サクラヒヨリも余力自体はあったのだろうが、末脚勝負では格の違いを見せつけられたな」


「オールカマーで良かったと言えば良かったですね」


「そうだな。ただ、オールカマーより距離が短くなった秋の天皇賞では、更に勝てんな。エリザベス女王杯にしておいて良かったよ」


 苦笑を浮かべる武藤調教師ではあるが、実際に古馬GⅠ馬と比較するとサクラヒヨリの地力は一段下に思える。そこを何とか勝ちを拾うには、もう一つ何かきっかけがいるのだろう。


「今まで鈴村騎手は良く勝ってきたな」


 ミナミベレディーのみならず、このサクラヒヨリでGⅠを3勝している鈴村騎手だが、今日のレースを見て改めてその異常さが際立つように思える。


「サクラハキレイ血統特化、満更冗談じゃありませんね。3歳の時ならともかく、4歳になって改めてGⅠ馬の凄さを思い知らされます」


「運も良いがな。ただ、その運を引き寄せられるかが大きいのかもしれん」


 武藤調教師も、調教助手も、今日のトカチマジックのレースを見て最後の直線で爆発した末脚の凄さを感じていた。そして、そのトカチマジックに幾度となく勝利しているミナミベレディーの凄さも改めて感じ取っていた。


「長内騎手には悪いが、エリザベス女王杯は鈴村騎手に頼むしかないな。牝馬限定とはいえ、ベストの態勢で挑んでも勝てるかどうかなのは変わらん」


「牝馬としても2着ですか、他の有力牝馬は関西ですからこうなるとエリザベス女王杯も中々に厳しそうですよね」


 助手の言葉に頷く武藤調教師であるが、エリザベス女王杯の後に予定している有馬記念をどうするかで頭を悩ませる。


「オーソドックスな騎乗スタイルであれば悩まないのだが、有馬記念の騎乗をどうするか」


「手鞭ですからね。最後の粘りも今日のような展開だと不完全に終わります」


「そうなんだよな」


 恐らくだが、ミナミベレディーであれば坂でトカチマジックに並ばれた段階でもう一伸びしたのではないだろうか? もっとも相手がミナミベレディーであればロンメル騎手も戦法を変えて来たとは思うが。


「とにかく、長内騎手を労いに行くぞ。3着とはいえきっちり掲示板に載せて来てくれたからな」


「当初心配していた無茶なレースもしませんでしたし。そこは安心しましたね」


「そこは長内騎手を信じてやらんとな」


 調教助手の言葉に、思わず苦笑を浮かべる武藤調教師だった。

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