第196話 ミナミベレディーと北川牧場のお馬さん達

 私は、前のレース後に出たコズミが漸く治まってきて北川牧場に帰って来ました。

 桜花ちゃんは残念ながら大学に行っちゃって不在なのです。ただ、今度の週末に戻って来てくれるそうなんですが、週末って何時でしょうか? 曜日の感覚が無くなっているので、週末と言われても判らないんですよね。


 そんな私が牧場に戻って来て放牧されたら、すぐにヒヨリが駆け寄って来たんです。その時にヒヨリの様子を確認したんですが、私と違って元気そうです。やっぱりヒヨリは私より頑丈そうな気がしますね。


 ただ、雨の怖さを改めて感じた私は、ヒヨリに厳重注意する事にしました。雨の日に無理して走るものじゃありませんからね。今回の事でしみじみとそう思います。


「ブルルルルン」(ヒヨリ、今度から雨の日は慎重に走るのですよ?)


「キュヒヒヒン。キュフフン」


 北川牧場に先に帰って来ていたヒヨリが、先程からせっせと何かを教えてくれるのです。でもですね、相変わらず馬語が判らないんです。多分前回のレースの事を話しているのでしょうか? もしかしたら放牧されてからのフィナーレ達の事でも話しているんでしょうか? 


「ブフフン」(判らないわぁ)


 私は、いったい何時になったら馬語を覚えるのでしょうか?


 ともかく、今回の教訓をちゃんとヒヨリに教え直しましょう。雨だと色々と危険ですからね、雨の日のレースは慎重に走るくらいが丁度良いんだと思います。


「ブルルルン」(雨の日は、怪我をしない様にですよ?)


「キュフフフン」


「ブヒヒヒン」(判りましたか?)


「キュヒン」


 私の問いかけにヒヨリが返事をしてくれます。うん、今度から気をつけるって言ってるんだと思います。ヒヨリは素直な良い子ですからね。


「ブフフフフン」(ヒヨリは良い子ですね~)


「キュフフフン」


 ちゃんとお返事出来たので、褒めてあげるんです。お馬さんだって褒めてあげないと育たないんですよ?


 その後は勝手知ったる牧場なので、特に何かという事もないのです。のんびりヒヨリをハムハムして、ヒヨリが私をハムハムしてくれてます。


 そんな私達の目の前では、ドドドとフィナーレやミカミちゃん、そのすぐ後ろには姪っ子ちゃん改めドータちゃん、更には4頭のちびっ子たちが駆け抜けていきました。


「ブヒヒヒヒン」(う~ん、賑やかですね)


 ドータちゃんも牧場を覚えていたのでしょうか? 帰って来るなりフィナーレ達とも仲良くなって、元気よく牧場内を駆けまわっています。


「ブフフフフン」(ドータちゃんは、お母さんの所に行かなくていいのかな?)


 駆け回っているドータちゃんを見ていますが、何か駆け回るのが楽しくてお母さんの事を忘れているみたいです。


 私が牧場に帰ってきたら、今年のちびっ子達とフィナーレ達が追いかけっこしていたんですよね。その様子が楽しそうに思えたのか、ドータちゃんも追いかけるように走り始めたんです。


「ブルルルン」(フィナーレ達と比べてもまだ幼いですねぇ)


 こうやって走る姿を比べてみると、ドータちゃんはフィナーレやミカミちゃんに比べて小さいのが判りますね。


「キュフフフン」


「ブルルルン」(うんうん、ヒヨリは良い子ですよ~)


 ハムハムするのが止まってしまったので、ヒヨリから催促されちゃいました。ヒヨリは相変わらず甘えん坊さんです。ただ、前走を走った後にしょんぼりしていたのですが、どうやらご機嫌も回復したみたいで安心です。


「ブヒヒヒヒン」(ヒヨリはやっぱり元気じゃ無いとですね)


「キュヒヒヒン」


 うん、大丈夫そうですね。


 それにしても、今までは私やヒヨリ、フィナーレとで駆けまわっていました。それが一気に7頭ですか。私とヒヨリを入れれば9頭です。まさに賑やかとしか言いようがないですね。


 仔馬達とは違い、ヒカリお姉さん達は興味が無いのかノンビリと牧草を食べています。ただ、時折チラチラ仔馬の様子を気にしているようなので、心配は心配なのでしょうか?


「ん? さっそくトッコはのんびりしているな。一緒に走らなくて良いのか?」


 ヒヨリさんの気が済むまでハムハムしていると、何時の間にか柵の所に牧場のおじさんが居ました。というかさっき馬運車で帰ってきた時にはいましたよね?


「ブルルルン」(私は休養なのですよ?)


 北川牧場に移動できたとは言え、まだまだコズミだって残っていて痛みがあるんです。場合によっては温泉に行っても良かったのではと思うくらい? ただ、ドータちゃんと一緒の移動だから温泉は諦めました。


 ただ、何か食べ物を持って来ているかもと思って、改めておじさんに帰郷のご挨拶に行きました。


「よしよし、宝塚記念は頑張ったな。ただ、もう無理しなくて良いんだぞ?」


 おじさんがお鼻を優しく撫でてくれます。ただ、撫でるよりニンジンとかリンゴが欲しいですよ? 氷砂糖とかでも良いですよ?


 そう思ってフンフンするんですが、おじさんは何か食べ物を持っている様子がありません。


「ブヒヒヒン」(駄目駄目です)


「ん? トッコどうした?」


 相変わらず気が利かないおじさんですね。お母さんや桜花ちゃんだったら、必ず何か持って来てくれてると思うんです。おじさんに愛想良くしても何も貰えそうにないので、私はヒヨリの所へ戻りますよ。


 そう思って振り返ったのですが、おじさんにご挨拶している間にヒヨリはお母さんの所へ行っちゃってました。私は相変わらずお母さんには警戒されちゃうんですが、何故なのでしょうか? やっぱり馬語が判らないのが大きい気がします。


 嘶きもヒヨリやフィナーレは同じ感じなのに何故か私は違いますよね? これも原因があるのでしょうか? やはり馬語が判ると判らないの差は大きいのでしょうか?


 ヒヨリとお母さんの様子を眺めながら、とりとめもなく考えていると、フィナーレ達がやって来てお顔をスリスリしてきます。


「ブフフフフフン」(今日も頑張ってますね。偉いですよ~)


 フィナーレ達が頑張っているので褒めてあげます。


「キュフフフン」


「キュヒヒヒン」


「キュフン」


 フィナーレとミカミちゃん、そして何時の間にか仲良くなったドータちゃんが揃って嘶きますが、改めて思いますが賑やかになりましたね。そして、私達の周りを更に4頭の仔馬がウロウロとしています。何か前にも似たような光景を見ましたよ? ただ、それよりも賑やかですが。


「ブルルルルン」(頑張って走るのですよ)


 周りにいる仔馬ちゃん達にも声を掛けます。すると、何か慌ててお母さん達の所へ戻っちゃいました? 何かちょっとショックなのです。


「キュフフン」


 フィナーレが私をハムハムし始めますが、もしかして慰めてくれているのでしょうか? 私もハムハムしてあげますが、ミカミちゃんとドータちゃんがソワソワしています。


 ……えっと、フィナーレが終わったら姪っ子ちゃん達をハムハムでしょうか? 何となくそれが終わったらヒヨリが来て、それが終わっても次にフィナーレが来てと、エンドレスハムハムになりそうな気がするんですが、ずっとハムハムされる私は禿げませんか? あと、流石に疲れちゃいますよ?


 とりあえずハムハムを一巡したら、軽く走る事にしましょう。ずっと止まっていると永遠のハムハム地獄に嵌まりそうです。


 フィナーレ達をハムハムしたら、やはり4頭の仔馬がソワソワしています。うん、可愛いのですが流石にハムハムし疲れたのです。


「ブフフフン」(ハムハムはお母さんとしてね)


「キュヒヒン」


「キュフン」


 何かがっかりした感じでお母さんの方へ歩いていきますが、そこはやはりお母さんがお世話をしないとなのです。特にヒカリお姉さんは仔馬のお世話を私任せにする常習馬なので、注意が必要ですよね。ただ、ヒヨリやフィナーレ達にも負担を分け合うのも良いかな?


 という事で、此方へキラキラした眼差しで向かって来るヒヨリを見なかった事にして、体を解すくらいのペースで走りますよ。


「ブルルルン」(まだ体が強張っていますね)


 ただ、今更ですがお馬さんって運動前にストレッチとかしないのでしょうか? 突然走り出したら怪我しますよね? あとでお馬さんのストレッチを考えてみると良いかもしれません。


 トコトコと軽めに走っていると、ヒヨリが追いかけて来ました。ただ、その後ろからフィナーレ達もやって来ます。


「ブヒヒヒン」(体を解してるだけよ?)


「キュフフン」


 ヒヨリ達はすぐに追いかけっこをしようとします。ただ、私はまだ無理は出来ないのでのんびりと走ります。


「ブルルルン」(ヒヨリはフィナーレ達と走って来なさい)


「キュヒヒン」


 ちょっと御不満っぽいヒヨリですが、しばらく私に合わせてトコトコ走っていると、仕方なくフィナーレ達と走り始めました。ただ、まだ仔馬の4頭は私の後を付いてきます。


「ブヒヒヒン」(一緒に軽い運動をしましょうね)


「「「「キュフフン」」」」


 生まれて間もない仔馬ですからね。という事で、仔馬達と一緒に軽く放牧地を回ります。走りながらもヒヨリ達を見ていると、ドータちゃんは一生懸命追いかけていきますが、やはり離されちゃっていますね。

 特に丘に差し掛かる所では、ドータちゃん以外は自然と小刻みなピッチ走法になるので、そのまま突き離すような格好になちゃうみたいです。


「キュヒヒン」


 置いて行かれて立ち止まったドータちゃんは、ヒヨリ達を物悲しい眼差しで追いかけながら悲しそうに嘶きます。


「ブヒヒヒン」(ドータちゃんはこっちに来なさい)


 私はドータちゃんの横を通過しながら声を掛けてあげるのです。そして、丘を行ったり来たりして丘の走り方をドータちゃんと仔馬ちゃん達に教えてあげました。


「ブルルルン」(暫くは一緒なのですよ? 毎日練習しましょうね)


 私が見本を見せてあげているのですが、ドータちゃん達は私の意図が良くつかめていないのか、それとも、どうやって走れば良いのか判らないのでしょうか? すぐには同じ走りが出来ないんです。ただ、まだしばらく一緒なので段々出来るようになれば問題無いですよね。


「ブルルルン。ブルン」(これが出来ればお肉にならなくて済む……かもですよ?)


 姪っ子ちゃん達がお肉になっちゃったら可哀そうなので、何とか無事に過ごせるように出来るお手伝いはしてあげたいのです。ゆっくり走っているので私にも負担は少ないですし、しばらくはこんな感じで行きましょうか。

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