第190話 宝塚記念実況とレース直後のトッコさん

『第※※回 宝塚記念。昨日から降り続く生憎の雨の中、粛々とゲート入りが始まっております。すでに稍重から重へと変わった馬場状態が、レースにどう影響を与えるのか。未だに雨が止む気配は見られません。


 そんな中、ファン投票で1位に選ばれたミナミベレディー。昨年度の年度代表馬。今年になってドバイシーマクラシックを見事に逃げ切り勝ちを収めての国内レース第一戦。牝馬ながらもその逃げに多くのファンが魅了され、また昨年の宝塚記念では圧巻のレコードを記録! そんなミナミベレディーが連覇となるのか! 今日はどういった走りを見せるのか! ファンの注目が集まっています。


 奇数番号の馬が順調にゲート入りを行って、偶数番号の馬達がゲートへと案内されております。6番ミナミベレディーも早々とゲート入りが終わって、ゲート入りを嫌い最後になったサウテンサンが、漸くゲートに入りまして・・・・・・今スタートしました!


 2番プリンセスフラウが好スタート。最内1番サクラヒヨリも悪くない。2番プリンセスフラウがこのままハナを切って先頭に、1番サクラヒヨリはやや控えて2番手か。ミナミベレディー鞍上の鈴村騎手、早くも手綱が動いています。スタート巧者のミナミベレディー、僅かに出遅れたか。スピードに弾みがつきません。


 ここで、大外から18番サウテンサンも内に入って来る。


 先頭は2番プリンセスフラウ、そのすぐ後ろに1番サクラヒヨリ、その外に6番ミナミベレディー、更に後ろに9番トカチマジックが居ます。各馬、プリンセスフラウを先頭に第一コーナーへ。


 向こう正面に入って各馬大きな動きは無く、淡々とレースが進んでいます。ここで1000mの通過タイムが出ました。62.2秒! 重馬場の影響かスローペース! 最後の直線でどう影響をするのか! 追い込み馬はどう動くのか! 重馬場の宝塚記念、まだまだ波乱含みか!


 ここで早くもシニカルムールが動いた! やはりスローペースを警戒してか、外から一気に前の馬をかわしていく。


 先頭集団に大きな動きは無い中、中団以下の動きが激しくなってきた。シニカルムール、サウテンサンをかわして早くも現在5番手、前4頭は未だ動きがない。そのすぐ後方5番手以降で順位が大きく変動、6番手にサウテンサン、そのすぐ後ろショウコウシが7番手、さらに・・・・・・。


 4コーナーに入って、此処でプリンセスフラウが動いた! 手綱が動いて一気にスパートを掛けた! サクラヒヨリも併せてスパート! 僅かに開いた内側より、プリンセスフラウに並びかけて行った!


 ミナミベレディーはまだ動かない。プリンセスフラウ、サクラヒヨリが先頭争い! その1馬身後方にミナミベレディー、鞍上鈴村騎手の手は動いていない。間もなく最後の直線!


 ここでトカチマジックが頭を外へ振って前へ出て来る! 前を走るミナミベレディーをかわし、あっという間に半馬身程前へ! 更にはサウテンサン、シニカルムールを更に外からかわし前へと並びかけて行く!

 しかし、シニカルムールにも鞭が入った! 2頭揃って前を追走!


 最後の直線、先頭はプリンセスフラウか! サクラヒヨリか! ここでミナミベレディーに手鞭が入った! 先頭は僅かにプリンセスフラウ、ほぼ並んで2番手にサクラヒヨリ。1馬身程離れてトカチマジック、ここでトカチマジック外に位置取って鞭がはいった! 前2頭をこのまま前を捉えられるか!


 ミナミベレディーも懸命に前を窺うが伸びない! 鞍上鈴村騎手の手綱は動いているが、先頭との距離が縮まらない! 逆にトカチマジックが突き放して行く!』



 桜花は、未来と共に札幌競馬場の場外馬券売り場で宝塚記念を見ていた。ここ最近の桜花の日常は、毎週のように実習や課題、レポート提出などがあり、競馬場に招待をされたからと言って簡単に阪神競馬場へ行けるほど時間的な余裕が無くなっていた。


 そんな桜花にとって、今回の宝塚記念は雨で馬場状態が悪いが故にミナミベレディーが心配だった。その為に、出来れば競馬場へと行きたかったのだが結局は時間の工面が出来ずに泣く泣く諦めたのだった。


「え? ちょっと! 嘘! トッコ頑張ってる!」


「え? ・・・・・・トッコちゃん、ぜんぜん雨が苦手じゃなくない?」


 何時もの様に応援馬券を購入する桜花であるが、その桜花から事前にミナミベレディーとサクラヒヨリが雨だと走らない情報を得ていた未来は、思いっきりミナミベレディー、サクラヒヨリを外し、トカチマジックを軸に馬券を購入していた。その為、予想外のミナミベレディーの走りに顔を若干引き攣らせている。


「うっきゃ~~~! トッコ、どうしたの! 雨なのに! うわ! マジで! がんばれ~~~! あと少しだよ!」


「お、桜花ちゃん、声を抑えて! 声が大きいって」


 桜花は出走前からすでに諦めモードだった。降り止まない雨にブチブチと文句を言って、レースがスタートしても勝ち負けよりは無事にレースが終わって欲しいとそれだけを祈っていた。


 それ故にレース前半は大人しかった桜花だが、後半に差し掛かって来ると最初の様子が一変して、周囲にいた競馬ファンの大注目を受ける事となっていた。


「なあ、あれって・・・・・・」


「うん、あの感じ前にテレビで見た」


「間近で見ると凄いね。あんな感じだったんだ」


 チラホラと桜花に気が付いて、レースではなく桜花の様子を気にする人が出始めている。それに気が付いた未来は、必死に桜花の腕を引っ張るが桜花がそれに気が付いた様子はない。


『トカチマジック半馬身前に出た! プリンセスフラウ、サクラヒヨリは此処で後退! 最内からショウコウシが上がって来る! 大接戦だ! ミナミベレディーここで再度伸びて来た! 最後の坂、ピッチ走法で一気に駆け上がって来る! しかし、先頭はトカチマジック! トカチマジック遂にミナミベレディーを下し、の、伸びた! 伸びて来た! ミナミベレディーここで三度伸びて来た!


 ミナミベレディーだ! ミナミベレディーだ! 女帝だ! トカチマジックを頭一つ突き放し、ミナミベレディーが先頭でゴールを駆け抜けた!


 なんと、何という馬だ! 勝利への執念! 女帝の意地! 重馬場をものともせず、最後の最後で前を走るトカチマジックを差し切りました! ミナミベレディー並み居る強敵を下し勝利を掴み取りました! 宝塚記念連覇! 昨年度の年度代表馬! ファンの期待に・・・・・・』


「うっきゃ~~~~! 勝った! 勝ったよ! トッコが勝っちゃったよ!」


 周りの視線など物ともせず、桜花は横にいる未来を羽交い絞めの様に抱きしめ大騒ぎ。


「ちょ、ちょっと、桜花ちゃん! 離して」


「雨だよ! 重馬場だよ! どうしちゃったの! 勝っちゃったよ!」


「うんうん、判ったから、判ったから離して~~~」


 競馬場の場外馬券売り場の前で大騒ぎをしていた桜花と未来。そして、此処にいるのは競馬ファンが殆どであり、そんな競馬ファン達の多くは、テレビで放映されたミナミベレディーのノンフィクション番組を観ている。更には、そんな人達は、度々競馬番組にも牧場代表として出演していた桜花の事も知っていた。


「北川牧場のお嬢さんだ」


「ほんとだ、あの子、テレビで見た」


「え? テレビ来てる?」


 桜花達を中心に、自然に空間が出来あがっていた。


「ちょ、桜花ちゃん、正気に戻って! 見られてる。見られてるから!」


「ふぇ? あ、未来ちゃんごめんね。トッコが凄くって、つい・・・・・・」


 少し騒いだ御蔭で興奮が落ち着いて来た桜花は、漸く未来の言葉が耳に届いた。そして、バツの悪そうな表情で未来を解放する。しかし、未来はそんな事より周りの状況にちょっと神経質になる。


「桜花ちゃん、ゆっくり外へ」


 未来がそう言いかけた時、突然周囲から拍手が起こる。最初はパラパラと、そして次第に大きな音となって。


「ミナミベレディーおめでとう! すごかった!」


「宝塚記念連覇おめでとう~~~!」


「ミナミベレディー凄かったぞ!」


「ミナミベレディーのファンです! テレビも見ました!」


 周囲から拍手と共に投げかけられる祝福の声に、最初は何が起きたのか判らなかった桜花であったが、周りの状況が目に入るようになると次第に顔を真っ赤に染めていく。


「え、えっと、あ、ありがとうございます」


 祝福の声にペコペコと頭を下げる桜花の腕を取って、未来も同じように頭を下げながら急ぎ足で札幌競馬場から立ち去るのだった。


◆◆◆


 レースが終わったと思った途端に、一気に疲れが襲い掛かって来ちゃいました。


 疲れたよ~~~、脚が動かないよ~~。


 鈴村騎手の指示に従って停止したのは良いのですが、何時も以上に脚が重く感じられます。もっとも、脚が疲れてるのもあるんですが、それ以上に呼吸が整わないんです。


「ベレディー、お疲れ様、凄いよ! 勝ったよ! って大丈夫? 痛い所とか無い?」


 大丈夫じゃないの~~、疲れたの~~~。


 鈴村騎手は、何時も以上に疲れた様子を見せるミナミベレディーに、鞍上から様子を窺う。ただ、2歳や3歳の頃に比べて丈夫になって来たミナミベレディーであり、見た感じ異常が有るようには見えない事に一先ず安堵する。


「ゆっくりで良いから戻れる?」


 鈴村騎手が問いかけるが、未だ呼吸が整わないミナミベレディーはそれに返事を返す余裕もなさそうだった。そんな必死に呼吸を整えているミナミベレディーの目に近づいて来る馬の姿が見えた。


 ん? ヒヨリかな? うん、姉の威厳を示せたよね?


 ちょっと胸を張る感じでその近づいて来る馬へと視線を向けると、そこにはサクラヒヨリではなくプリンセスフラウの姿があった。


「ブルルルルン」


「ブフフフン」(フラウさんお久しぶりです?)


 漸く息が整ってきたミナミベレディーは、プリンセスフラウの問いかけに返事を返した。


「プリンセスフラウとミナミベレディーは仲がいいなあ。こっちは負けたんだけどなあ」


「馬は何処まで勝ち負けを気にするんですかね。ただ、ドバイで仲良くなってましたね」


 そんな事を鈴村さんとフラウさんの騎手さんが話をしています。


 ヒヨリかと思ったのですが、フラウさんでした。うん、海外でお友達になりましたもんね。


「ブフフフン」


「ブルルルン」(雨の日のレースは疲れるよね~)


 フラウさんが立ち止まっているので、ゆっくり近づいて頭スリスリしてご挨拶をしました。


「キュフン」


 すると、今度は横からヒヨリの嘶きが聞こえます。その為、嘶きの聞こえた方へ視線を向けると、ちょっと離れた所にヒヨリがいます。


「ブルルルン」(ヒヨリ、どうしたの?)


 普段は私に駆け寄って来るヒヨリですが、なぜかチラチラとフラウさんを見るだけで近付いて来ません。


 ヒヨリは人見知りですし、フラウさんが気になるのかな?


「ブルルルルン」(フラウさんですよ。お友達ですよ)


 ヒヨリにフラウさんを紹介するんですが、ヒヨリは警戒しているのか近づいてきませんね。


「ブルルルン」


「キュフフフン」


 何かフラウさんとヒヨリで会話をしています?


「こちらは勝ち負けを思いっきり気にしていそうですね」


「最後に辛うじてフラウが先着しましたからね。ただ、5着ですが」


 成程、会話的にフラウさんにヒヨリは負けちゃったみたいです。それで、ちょっと気後れしているのでしょうか?


「ブルルルン」(ヒヨリも頑張りましたね。良い子ですね~)


「キュヒヒヒン」


 漸くヒヨリも私の傍にやって来ます。その為、私は今度はヒヨリに頭をスリスリしてあげます。


「さあ、ベレディー、雨だから戻るよ」


 何時もだとヒヨリさんやフラウさんをハムハムしてあげるのですが、流石に雨ですし、私もヒヨリやフラウさんも泥で汚れがひどいですね。


「ブヒヒヒヒン」(早く綺麗にして貰おうね)


「ブフフフン」


「キュヒヒン」


 私は疲れた体にそれこそ鞭打って、移動を開始するのでした。

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