第187話 宝塚記念 前編
『第※※回 宝塚記念が阪神競馬場でまもなく開催されようとしております。金曜日から降り続く雨の影響で、芝の状況は重よりの稍重と言った状態、この馬場が開催される宝塚記念にどのような影響を及ぼすのか。
1番人気は圧倒的な支持を受け、昨年度の年度代表馬6番ミナミベレディー。今年のシーマクラシックを危なげなく勝利し、春の天皇賞を回避し宝塚記念に直行して来ました。ただ休養明けでの勝率が低いとの評価を受けているミナミベレディー、前走から3か月と間隔が開いている事が今日のレースに影響を及ぼすのか。
2番人気は9番トカチマジック。大阪杯を連覇し、安田記念を勝利。1600mから2000mを勝利しているトカチマジックですが、GⅠレース、中長距離で立ち塞がるのは女帝の壁。一昨年のダービー馬の意地を見せ、ここはミナミベレディーを倒し、リベンジを、女帝越えを成し遂げたい所。今日の天候が、トカチマジックにとってどう出るのか!
僅差で3番人気は2番プリンセスフラウ。昨年度タンポポチャ、サクラヒヨリを抑えエリザベス女王杯を制し、今年もシーマクラシックでは2着と善戦。その存在感を高めました。そして、何と言っても陣営悲願の女帝越え! すでにタンポポチャには勝った。サクラヒヨリにも勝った。しかし、しかし、前に立ちはだかるはミナミベレディー! 幾度もGⅠ勝利のチャンスはあった。そのレースで事如く立ち塞がったのは、女帝ミナミベレディー! この宝塚記念で女帝越えを誓います!
4番人気は13番シニカルムール。一昨年の宝塚記念を制し、これからと思われながらも昨年は遂にGⅠを1勝もできず。しかし、今年のドバイターフで見事な復活! すでに今年で引退表明されたシニカルムール。重馬場に強いが故に、この馬場状態は大歓迎。国内で再度復活を印象付けたい所。
5番人気は16番サウテンサン。祖父から繋いだ菊花賞馬の重み。春の天皇賞では同着ながらもGⅠ2勝目をあげ、祖父が為しえなかった古馬GⅠのタイトルを獲得。あとは何処まで勝ち続けるか。サクラヒヨリと並んで得たタイトルを手に、立ち塞がるはサクラヒヨリの姉ミナミベレディー。ここで姉に勝利し、サクラヒヨリに良い所を見せられるか!
6番人気は皆さんお馴染み1番サクラヒヨリ。昨年度の牝馬2冠馬。しかし印象に強いのは、何と言っても今年の春の天皇賞。サウテンサンと並んで掴んだそのタイトル。古馬に成り、姉と初めての直接対決! 偉大なる姉を超える事が出来るのか。鞍上を鈴村騎手から長内騎手へと乗り替わり、姉と、鈴村騎手のコンビに挑みます。
7番人気・・・・・・』
テレビでは、淀みなく宝塚記念の出走馬が紹介されて行く。そんな阪神競馬場の馬主席では、桜川夫妻と大南辺夫妻、十勝川が顔を合わせて挨拶を交わしていた。
「大南辺さんとは、お久しぶりですね。ミナミベレディーとサクラヒヨリが同じレースに出走する、馬主として感慨深いですよ」
桜川の思いとしては、何と言ってもミナミベレディーの桜花賞勝利から始まったのだ。その後、自身の所有するサクラヒヨリがGⅠを3勝し、更に今年はサクラフィナーレまでもが桜花賞を勝利した。
そして今日、自身の所有するサクラヒヨリがミナミベレディーと直接対決する。桜川はレース前から興奮状態であった。
「サクラフィナーレの桜花賞勝利、サクラヒヨリの春の天皇賞勝利、凄いですね。ベレディー絡みで、我が事のように大騒ぎしてしまいました。本当におめでとうございます。いやあ、所有馬2頭もGⅠ馬とは、楽しみが続きますな。羨ましい限りですよ」
大南辺としても、ミナミベレディー以外の所有馬もいるにはいる。その1頭であるミナミベキラリは先程3歳以上1勝馬のレースに出走し、残念ながら11頭中7着に終わっていた。
「ありがとうございます。実際の所、ミナミベレディーの活躍を見て期待はしてしまいましたが、此処まで活躍するとは思ってもいませんでした。ただ、今回はお互いに厳しそうですね」
桜川の言葉に大南辺も苦笑を浮かべながら頷く。
両者共に自分達が所有している馬達が、雨の日は走らない事を知っていた。それ故に、何とか今日は晴れてくれる事を願っていたのだが、残念ながら雨は降り続き、当日を迎えてしまったのだった。
「朝から、うちのベレディーは馬房を出るのも嫌がりまして」
「うちのヒヨリは、ミナミベレディーと同じ馬運車に乗れると判った途端に態度を一変させたそうです。今も出走まで並びの馬房を手配しましたから、多分ご機嫌なんじゃないでしょうか?」
苦笑を浮かべる大南辺に、桜川も同様に苦笑を浮かべた。
「馬見調教師から聞いた話では、最近はダートメインで調教をつけて来たので、以前よりは雨でも走れるかもしれないと言う事でしたが」
「オークスの時でも此処までの馬場状態ではなかったんですよね。あの時も頑張って走ってくれて何とか3着でしたが、牡馬も含めて一流馬が揃った宝塚記念では、ましてや、この馬場状態。厳しいですね」
「少しでも勝率を上げるために、北川牧場の桜花さんをご招待しようとしたんですがね。残念な事に御都合がつかなかったんで」
「確か大学2年生になって、色々と忙しくなったそうですね」
宝塚記念のレース予想と言うよりは、何となく愚痴交じりの会話となってしまう。そして、二人の会話は北川牧場の今年の産駒の話へと移り変わる。
「ベレディーを購入する際に、産駒を引き取る契約を入れておくんだったと、今更ながらに後悔していますよ」
「うちのヒヨリとフィナーレもです。今から契約内容の見直しは、流石に周りからの反発が怖いですね」
期待の牝馬となったミナミベレディー達は、零細血統と言う事も後押しして競馬関係者達から注目を集めている。その為、共に繁殖入りした後には何かと厄介な状況が発生する可能性が高い。
「ですな。5年間の種付け料半額負担だけではなく、その5年の産駒引き取りにしておけばと。もっとも、そうなっていたら購入価格をどう決めるかも考えないとですが」
「ぶしつけで申し訳ありませんが、ミナミベレディーの引退は?」
「問題無ければ、今年の有馬を最終レースにする予定です」
大南辺の言葉を予想していた桜川は、大南辺を見ながら小さく頷いた。
「そうですね。サクラハキレイ産駒は丈夫なので、6歳でも走ってくれます。それでも、此処まで競馬界から期待されてしまいますと、その先への責任が生まれて来ますから」
「ええ、それにベレディーには色々と夢を見させてもらいました。というか、叶えて貰いましたと言うべきですかな。この私がGⅠ馬を、更には年度代表馬を所有できるなど、思っても見ませんでした」
「それは私も同じです。サクラハキレイ産駒がGⅠを勝つなんて思いもしませんでした」
「なんせGⅢなら何とか、ですからな」
そう言って笑いあう二人は、此方へと向かって来る十勝川に気が付いた。
「私達以上にサクラハキレイ産駒に魅了された方がこちらへ来ますよ」
「ですな。生産者としても、特に牝系が強い血統は喉から手が出るほどでしょうからな」
顔を見合わせて話をする二人の所に、十勝川は笑顔を浮かべてやって来る。
「あらあら、私の悪口でしょうか?」
十勝川に気が付いた二人が顔を見合わせて何かを話していた。その事を笑いながら尋ねる十勝川に、二人は慌てて否定した。
「今日のレースの事もですが、十勝川さんがサクラハヒカリの産駒牝馬を購入された事を聞きましてな」
「あら、もうお聞きになったの? 馬見調教師からかしら? 2歳牝馬の可愛い仔ですわ。是非ともミナミベレディーの様になって欲しいと馬見厩舎にお願いしましたの」
笑いながらそう告げる十勝川だが、その狙いの本質は告げずにトカチドーターの様子を語っていく。
「それこそ、どこかGⅢなら勝ってくれそうですわ」
サクラハキレイ産駒定番となった冗談をコロコロと笑いながら告げる十勝川に、大南辺も桜川も顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
「おや、そろそろ宝塚記念のパドック入りが始まりそうですね」
桜川の言葉に、大南辺と十勝川は揃ってモニターを見つめた。そのモニターの中では、パドックの中へ1番のゼッケンを付けた馬が入って来るところが映し出されている。
「生憎の馬場ですわね。ですが、これでうちのトカチマジックに勝機が訪れましたわ。流石に良馬場の2200mでミナミベレディーに勝てるかと言われると厳しいですから」
「トカチマジックも良い馬ですからな。遅くなりましたが、大阪杯連覇、安田記念優勝おめでとうございます」
桜川と違い、大南辺が十勝川と直接会うのは久しぶりであった。
「あら、ありがとうございます。何とかこれでトカチマジックもGⅠ4勝になりました。ミナミベレディーのお相手候補に入れるかしら?」
「そこは私ではなく、北川さんのお考え次第ですよ。ただ、種付け料が高くなりそうですから、どうでしょうか?」
「残念な事に3歳はダービーのみ、4歳は大阪杯のみでしょ? どうかしら、出来ればここをまず勝って、秋の天皇賞、有馬記念と更に勝利を積み上げてお嫁さんがたくさん来て欲しいわ」
そんな十勝川の強気の発言に、思わず苦笑を浮かべる二人だった。
ただ、競馬ファンの評価とは違い、競馬関係者内ではトカチマジックは1600mから2000mが最適距離ではと言われており、有馬記念、宝塚記念共に厳しいのではと思われていた。
「ベレディーの婿探しは色々と大変そうですからね。パドックでも牡馬を威嚇していますよ」
そう言って笑う大南辺の視線の先では、パドックを回りながら牡馬を威嚇するミナミベレディーの姿が映し出されていた。
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