第163話 桜花賞実況他

 桜が舞う阪神競馬場に、サクラフィナーレの桜花賞出走という事もあって、桜川は子供達を連れてやって来ていた。


「昨年に続いて、今年も所有馬が桜花賞に出走出来るなんて、幸せ過ぎるなあ」


 以前であれば、桜花賞どころか自身の所有馬がGⅠを走るなど夢でしかなかった。そんな桜川にとって、昨年はサクラヒヨリ、今年はサクラフィナーレと2年連続の桜花賞だ。


 それに、何と言ってもサクラヒヨリが初めて勝ってくれたGⅠレース桜花賞。


 数あるGⅠレースの中で、桜川にとって一番思い入れのあるGⅠレースとなった。


 そして、その桜花賞に出走するのは、同じく思い入れのあるサクラハキレイ産駒サクラフィナーレ。同血統、3年連続桜花賞勝利を懸けて、サクラハキレイ産駒最後の牝馬として、様々な思いを背に出走する。


 まさに馬主冥利に尽きると言っても良い。


「おっきなお馬さん!」


 そんな桜川の横には、昨年に春秋天皇賞、春秋グランプリを制したミナミベレディー特別製LLサイズアイドルホースぬいぐるみを、まさに両手で抱えてご満悦の娘がいた。


「里美。ほら、こっちのお椅子にお馬さんを座らせてあげなさい」


「嫌! 抱っこしてるの!」


 予想していなかったであろう大きなぬいぐるみを購入して貰えた娘は、先程からぬいぐるみを片時も放さずに妻を困らせている。


 息子は息子で、パドックでサクラフィナーレを見るまでは自分と一緒に行動していたのだが、馬主席に戻って来ると、馬そっちのけで先日買って貰った携帯ゲーム機でゲームをしている。


 まだまだ子供だから仕方が無いか。そんな事を思いながら娘へと声を掛ける。


「大きなお馬さんで嬉しいね」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべる娘を見て、妻と顔を見合わせて苦笑を浮かべた。


「お父さん、今日は桜花お姉ちゃんは来ないんだよね?」


「そうだな。桜花お姉ちゃんは学校が忙しいからね」


「つまんないの」


 ゲームをしていた息子が、不意に顔を上げて尋ねて来た。そして、返事を聞くと、ちょっと頬を膨らませて黙り込み、またゲームを始める。


「桜花お姉ちゃんが来れなくて寂しいわね。今度また遊びに行きましょうね」


 妻がそう言葉をかけるも、息子は無言でコクンと頷くだけだった。


 そんな桜川ファミリーとは関係なく、視線の先では順調に桜花賞への準備が進んで行く。


 レース前のファンファーレが鳴り響き、スタンドに詰めかけた観客達の声が、手拍子が、そして拍手が轟くように響き渡る。ゲームをしていた息子も、思わず手を止めてターフビジョンへと視線を向けるのだった。


『今年3歳になった乙女達が、桜花賞のタイトルを懸け、ここ阪神競馬場を駆け抜けます。この桜花賞を制した馬だけが、牝馬3冠へ挑戦権を得る事が出来る大事なレース。今年は、どんなドラマを見せてくれるのでしょうか。


 2番人気サクラフィナーレは、既にゲート入りを果たしています。9番ヤマブキショウマが、ややゲート入りに苦戦している模様。11番ラトミノオトが先にゲートへと収まります。9番ヤマブキショウマは・・・・・・』


 各馬ゲート入りの様子が馬主席のモニターに映し出され、桜川はジッとその様子を眺める。


「ウメコブチャも怖いが、やはりライントレースだなあ」


 1番人気という事も有り、ライントレースの様子が先程から頻繁にモニターに映っている。もっとも、そのライントレースに負けず劣らずサクラフィナーレも映されているのではあるが。


『各馬無事にゲートに納まりまして、今スタートしました! 3番サクラフィナーレ此処一番の好スタート、そのままハナを切って先頭に立ちます。 12番ブラウーラも好スタート、外から一気に中へと入って来る。


 先頭は3番サクラフィナーレ、その後ろに12番ブラウーラ、すぐ後ろに1番グレードライド、やや出遅れてこの位置。その外に9番ヤマブキショウマ、やや前寄りの位置取りか。その後方に・・・・・・。


 3コーナーに入って、未だ先頭は3番サクラフィナーレ。しかし、ここで後方から早くもライントレースが位置取りを上げて来た。既に前から6番手付近。11番ラトミノオトそれに続くかのように7番手、4コーナー手前で早くも各馬動いてくる!


 これはサクラフィナーレのロングスパートを警戒したか! サクラハキレイ産駒の代名詞、ロングスパート! 間もなく先頭サクラフィナーレは4コーナーへ、まだサクラフィナーレに動きは無い。

 長内騎手の作戦か! 各馬4コーナーに入って、早くもライントレースは4番手に、ウメコブチャは8番手くらいか。


 間もなく先頭が直線へ入るかという所、サクラフィナーレに此処で手鞭が入った! サクラフィナーレ、先頭で直線に入って、続々と各馬に鞭が入る! 先頭は依然3番サクラフィナーレ、しかし、すぐ内に1番グレードライド、外には11番ラトミノオト、最内を狙ってウメコブチャが上がって来た。


 残り200m、阪神競馬場最後の坂、先頭は依然サクラフィナーレ、しかし、その外半馬身後ろにライントレース、同じく内にウメコブチャ! この3頭の争いになった!


 サクラフィナーレ先頭、しかしほぼ差はない! ここで、やはりライントレースが前に出た! ライントレース先頭! サクラフィナーレ、ウメコブチャ2着争いか!


 ライントレース頭一つリード! 残り100mを切ってライントレース先頭!


 ライントレースか! しかし、サクラフィナーレ、ウメコブチャも粘っている! 伸びた! サクラフィナーレ、再度伸びてライントレースに並んだ! 並んだ! 並んだところでゴールだ!


 勝ったのはどっちだ! 判らない! ほぼ同着だ! 第※※回桜花賞、大接戦! ライントレースがGⅠ2勝となるか! サクラフィナーレがGⅠ初勝利となるか! 勝ったと思われたライントレース、しかし最後の最後でサクラフィナーレが執念の伸び! 桜花賞に懸ける思いが、最後の一伸びを齎したか!』


 未だに実況は、興奮冷めやらぬ調子でレースの実況を行っている。そんな実況を余所に、桜川は止めていた息を大きく吐く。


「凄いレースだったわね」


 そんな桜川の様子を見て、妻が声を掛ける。


「ああ、思わず息を止めて見ていたよ。うん、最後の伸びは凄かった」


 サクラヒヨリは、比較的勝ち負けがハッキリしたレースが多かった。その為、桜川はここまでの接戦を、自身の所有馬では経験した事が無かった。


「大南辺さんは、いつもこんな緊張を味わっていたんだね。いやあ、競馬は常に新しい経験を与えてくれる」


「あら、まだ勝ち負けは出ていませんよ?」


「うん。もう勝っても負けても、サクラフィナーレが此処まで頑張ってくれた事で満足したかな。勿論勝って欲しいけどね。僕と違って、長内騎手や武藤さんは、此処まで頑張ったら、負けても仕方がないとは、絶対に言わないだろうけどね」


 そう言って笑う桜川ではあるが、そんな父親を見ていた子供達が声を掛ける。


「お馬さん勝ったの? 負けたの?」


「まけたの?」


 息子はモニターを見ていたが、娘はぬいぐるみで遊んでいた。その為、兄の言葉を繰り返しただけだったが、桜川は娘の頭を撫でながらモニターで再生されるゴール画面を見る。


「う~~ん、まだ勝ち負けは出ていないね。もう少しかかるかな」


「お姉ちゃんが居ないから勝てない?」


「かてないの?」


 桜川は、息子の言葉に思わず苦笑を浮かべる。


「騎手のおじさんも、調教師のおじさんも、サクラフィナーレも頑張ってくれていたから、勝っていると良いね」


「うん」


「うん」


 今度は息子の頭を撫でてあげながら、さてさて、どうなるかと電光掲示板を見る。しかし、まだ順位は表示されていなかった。


◆◆◆


 準レギュラーを務める競馬番組のレポーターとして、今日も細川は阪神競馬場へ足を運んでいた。


 そして、今まさにレースの終わった桜花賞を目の当たりにして、興奮でテンションが上がりまくっている。


「うわあ、すごいレースでした! まさに接戦です! サクラフィナーレとライントレース、どちらが勝利したのでしょうか? 3着は既に確定し3着ウメコブチャ、人気上位3頭が1着から3着までを占める、ある意味手堅いレースでしたね。


 でも、それ以上にゴール直前の接戦! 勝ったかと思われたライントレースに対し、最後の最後でもう一伸びしたサクラフィナーレ、まるでミナミベレディーとタンポポチャのレースを彷彿させるレースでしたよね。


 もう美佳は、見ていて手が震えて来ちゃいました! ほらほら、今もまだ震えてますよほんと! 北川牧場の桜花さん、凄いレースでしたね!」


 桜花賞、更に自家生産馬が出走という事で、細川は当たり前に阪神競馬場へ北川桜花が来ると思っていた。それが事前の取材の中で、現地に来れない事を知る。そして、今やミナミベレディーの熱狂的なファンであり、更にはサクラハキレイ産駒激推しとなった細川は、なんと北川牧場とテレビ中継を行うと言う暴挙に出ていた。


 ミナミベレディー、サクラヒヨリの表彰式で度々テレビに出演している桜花は、競馬ファン内では既に有名人であった。特に表彰式でのミナミベレディーとの絡みは有名である。この為、番組としても一般人ではあるが、本人と両親の了承があれば、ぜひ出演して欲しいと細川に一任していた。


 母親である恵美子は、最後まで桜花の出演を渋っていたのだが、桜花賞という事も有り桜花は非常に乗り気であった。そして、細川の巧みな説得も有り、こうしてテレビ中継に桜花が参加する事に決まったのだった。


「はい、凄かったですよね! サクラフィナーレが最後まで頑張ってくれました! もう、すっごく、すっごく感動しちゃいました!」


 番組では、レースの実況と共に、画面の片隅で小さくではあるが応援する桜花の映像も流れていた。幸い音声はカットされていたのだが、まさに最後の最後まで結果が判らない大接戦という事で、桜花の応援は限界突破してしまった。番組出演者が、レース画面より思わず桜花の応援映像に気をとられる事すらあったのだ。


「ですよね! 最後の粘りは、もうミナミベレディーを彷彿させちゃいましたよね! 美佳ももう大興奮でした! 桜花ちゃんもすごかったですね~!」


「え? そうですか? いつもとそんな、あ! うそ! うっきゃあああああ~~~~~~!」


 まさに中継の最中に、電光掲示板に1着と2着の番号が点灯した。そして、その番号を見た桜花は、テレビ中継中である事も忘れ、歓喜の叫び声をあげる。


「うわぁ、って、きゃあああ~~~~! 勝った! 勝ちました! サクラフィナーレが1着、1着です! 凄い! 勝っちゃった! 3姉妹3年連続桜花賞勝利です!」


 桜花が叫び声をあげた理由に気が付いた細川も、同様に叫び声をあげる。


 後に、この日の番組は伝説となって度々他の番組でも放送されたとかされていないとか。ただ、ここに3姉妹3年連続桜花賞勝利という、競馬史上前馬未踏の大記録が達成されたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る