第153話 シーマクラシック祝勝会とトッコさん
ドバイシーマクラシックが無事に終わり、ミナミベレディーの祝勝会が予定通りにホテルの日本料理店で個室を借りて行われていた。
参加者は大南辺夫妻、馬見調教師、鈴村騎手、桜花と友人の未来。そして、馬見厩舎のスタッフ3名、更には細川とカメラマン。更には、現地で雇用していた通訳1名が招待されている。
「期待はしていました。ベレディーならと思っていました。それでも、実際に勝利を収める瞬間を間近で見た今も、まだ、あれは現実だったのかと夢見心地の半信半疑でいます」
大南辺が、普段より長めの挨拶を行っていた。
その間にも、参加者たちは出て来る料理を摘まみ始めている。もっとも、これは予め皆に言われていた事であり、日本へと帰国する飛行機の時間を考慮しての事ではあった。
「すごいね。本当に私も参加して良かったの?」
「うん。経費だから気にしなくていいって」
思いっきり部外者の未来が気にして桜花へと尋ねるが、事前に確認を取った際に道子から気にしない様にと言われていた。
「通訳さん達もボーナスを貰えたみたいだし、気にしなくていいよ~」
思いっきりリラックスして会話に入って来る美佳は、自分が連れて来たカメラマンが食事も出されずに祝勝会の記録を撮影していても、まったく気にした様子が無い。
「カメラマンさんは、食事は良いのですか?」
逆に、その様子が気になった桜花が美佳に尋ねる。
「あ、うん。カメラマンさんは、今日の祝勝会を記録する為に雇われてるの。大南辺さんにも撮影の許可は貰ってるから。一応、そこそこの金額は払っているから大丈夫だよ」
美佳と桜花の会話に、通訳も兼任していたカメラマンは視線を二人に向けニヤリと笑うのだった。
そして、何時もの様に食事を気にする方々から、桜花と未来へと料理が廻される。その為、二人は黙々と食事をする事となった。
「桜花ちゃん。食事は豪華で美味しいけど・・・・・・食べ過ぎだよね?」
「今食べておかないと中々食べられないよ?」
「でも、太るよ?」
「大丈夫、その分動いたから」
ドバイに来てからの桜花達は、観光に、ミナミベレディーの様子を見になど時間を余すことなく動いていた。
確かに、動いてはいたのだが、その分色々と食べ歩いてもいる。
「絶対食べ過ぎだと思うんだけど・・・・・・」
未来はそう呟きながら、自分に回って来る料理の何割かをこっそりと桜花のお皿へと移すのだった。
そんな桜花達の攻防を余所に、祝勝会と言いながらもアルコールが入らない為に、馬見達の会話は自然とミナミベレディーの次走へと移り変わっていく。
「やはり宝塚記念ですね。ただ、秋のレースが悩みどころですか」
「海外をという事でしょうか?」
大南辺の言葉に、すかさず馬見調教師が反応する。
「ええ、今回のシーマクラシック終了後に、すぐに色々な所から祝福と、次はぜひ凱旋門賞をなどと」
大南辺の困惑した様子に、馬見調教師も思わず同じような表情を浮かべる。
「今までは他人事でしたから。ただ、いざ自分の所有馬がとなると中々」
「そうですな。欧州は今回の様にはいかないでしょう」
今年のレースをどうするかと検討した際に、馬見調教師は海外の芝の状況なども調べていた。
そして、その中においてミナミベレディーの走りが通用しそうな海外レースは、思っていた以上に少なそうだと思っていた。
「あの、あくまで一ファンとしてと、マスメディアに関わる者としての意見なんですが、競馬協会も期待しているみたいです。あ、それと世論もでしょうか?」
普段の口調とは違う、しっかりした話し方で二人の会話に入って来たのは美佳だった。
「ええ、そこは理解しています。ただ、私としてはベレディーに無理をさせるつもりは無いんですよ。ベレディーは、もう十分な程に頑張ってくれました」
大南辺は、優しく諭す様に美佳へと語りかける。
「すみません。部外者が勝手な事を言って」
「いえいえ、細川さんの言葉はベレディーのファンみんなの言葉だと思います。ただ、ファンの為ではなく。これからは、ベレディーの為にを考えても良いのかと思うようになりました」
「・・・・・・引退でしょうか?」
大南辺の言葉に、何時の間にか部屋にいる全ての人達が話す事を止め、食事をする手を止めて大南辺の次の言葉に注目していた。
「いえ、引退がベレディーの為かと言われると、是もまた違う気がします。まずは日本に帰ってから、落ち着いて考えましょう」
その後、祝勝会に参加した面々は、思いの外時間が経っている事に気が付いて、慌てて食事を進めるのだった。
大南辺夫妻、馬見調教師、鈴村騎手は祝勝会を終えると早々に帰国の途に就く事となっていた。大南辺は仕事があり、鈴村騎手は週末にはサクラヒヨリで大阪杯に騎乗しなければならない。
この為、鈴村騎手はレースが終わったからとのんびりする事など出来ず、慌ただしい中で如何にか時間を作り、ミナミベレディーへと会いに来ていた。
レースに出走したミナミベレディーは、何時もの様に翌日にはコズミを発症した。その事を聞いていた鈴村騎手は、その状態が心配だったのだ。
夜にはミナミベレディーも移動を開始する為に、此方も慌ただしい状況は変わりなく、蠣崎調教助手達は消炎クリームなどを使用してミナミベレディーの体調回復を行っていた。
◆◆◆
「ベレディー、先に行くけどすぐ会えるから。日本では輸入検疫で暫くのんびりできるからね」
「ブヒヒヒン」(置いてかないで~)
体中がギシギシ言って相変わらず動きが取れない私に、日本へ帰国直前の鈴村さんが会いに来てくれました。
そうなんです! 鈴村さんは私を置いて日本へ帰国しちゃうんです。
まだレースを出走したばかりで、私は体中がギシギシ言っているんです。その為、上手く体が動かせないんです。だから、置いて行かれるのでしょうか? すっごい不安なんですよ。
馬房も綺麗に清掃してくれて居心地は悪くないんです。それでも、お掃除してくれている人達が話している言葉が日本語じゃ無いんです。
言葉が判らないので、何を話しているのかが判らないんです。言葉が判らないって、こんなに不安になるんですね。
「ん~、ベレディー大丈夫だよ。ベレディーは今日の夜というか、夜中の飛行機で帰れるからね。すぐに会えるからね」
「ブフフフン」(一緒に帰るの~)
「少しの間だからね。帰ってきたら会いに行くからね。元気に帰って来てね」
鈴村さんに必死に訴えるんですが、鈴村さんは知らない人が呼びに来て、私を置いて行っちゃいました。
「キュヒヒヒヒン」(置いて行かれるのは心細いよ~~。怖いよ~~)
思わず何時もと違う鳴き声が出ちゃいます。
お母さんとの乳離れの時以上に心細いのです。
「ブフフフフン」
出て行った鈴村さんが、若しかすると帰って来てくれるかもと馬房の入口を見詰めていると、お向かいからフラウさんの嘶きが聞こえてきました。フラウさんを見ると、思わず視線が合っちゃいます。
うん、そうだよね。まだフラウさんがいるから大丈夫だよね。
そう思いこむ事で何とか気持ちを立て直していると、今度はフラウさんの厩舎の人が来て、フラウさんに引綱をつけています。
「ブルルルルン」(え? フラウさんも行っちゃうの?)
来る時の飛行機から一緒だったフラウさんです。出来たら帰りも一緒が良いと言いますか、是非ご一緒したいのですが。
そんな熱い思いでフラウさん達を見ている私です。
「よし、フラウ運動に行くぞ」
あ、運動に行くのですね。良かったです。もしかしたら帰国しちゃうのかとちょっと焦りました。
「ベレディー、どうだ? 少しは状態は良くなって来たか? 曳き運動は出来そうか?」
フラウさんが馬房から外へと出されるのを見ていると、今度は私のいる厩舎の厩務員さんが顔を出します。
「ブヒヒヒヒン」(体はまだ痛いの~。でも日本には帰りたいの~)
起き上がろうとするんですが、体がまだ上手く動かせません。
「あ、よしよし、無理しなくて良いぞ。ちょっと待ってろよ」
そして、いつも塗ってくれるクリームを取り出すのが判りました。
これスッとするから好きです。ちょっと痛みが和らぐような気がします。
ただ、寝転んでいると反対側がですね・・・・・・。
仕方が無いので、厩務員さんが少し離れた瞬間に頑張って起き上がりましょう。
「お、さすがベレディーだな。自分から動いてくれるから楽だ」
のそのそと起き上がって、ついでにお水とご飯を食べます。
「ブルルルルン」(リンゴがいっぱいだ~~)
飼葉桶からリンゴの香りがしてはいたのですが、普段より多めにリンゴが入っています。
思わず小躍りしそうになって、体に痛みが走って涙目になっちゃいました。
「よしよし、食欲が出て来たみたいだな。大南辺さんが頼んでくれたリンゴが余っているから、こっちにいる間は食べ放題だぞ」
「ブヒヒヒン!」(リンゴ食べ放題!)
久しく聞いたことの無い魅惑的な言葉です。桶をカランカランと鳴らせばリンゴが貰えたのは遥か昔、いまや中々リンゴが貰えない辛い日々でした。こっちにもうしばらく滞在するのも悪くは無いかもです。
その間にも、私の後ろ脚を重点的にスッとするクリームを塗って行ってくれました。
カランカランカラン
飼葉桶が空になったので、お替わり自由と聞いてリンゴを所望しますよ?
「・・・・・・食べるの早いな」
何かブツブツ言っていましたが、厩務員さんは言葉通りにリンゴを追加してくれます。
2回も追加してくれるか判りませんから、此処からは味わって食べる事としますよ。でも、初めての海外旅行だったけど、ぜんぜん海外らしさを感じないんですけど。
もう海外は懲り懲りですね。
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