第150話 ドバイシーマクラシック 実況?

『ドバイワールドカップデー、世界の強豪馬を招待してメイダン競馬場で行われますこのレース。既にいくつかのレースを終え、日本から出走の馬達が大健闘! ダート1200mドバイゴールデンシャヒーンでは栗東、美浦からそれぞれ・・・・・・。


 そして、この後に行われるドバイシーマクラシックには、日本から3頭の馬が招待されております。


 注目は、何と言っても昨年の年度代表馬ミナミベレディー! 昨年の春秋天皇賞、そして春秋グランプリを制覇。国内敵無しのこの牝馬が、初の海外遠征でどういったレースを見せてくれるのか! 鞍上には、これまた皆さんご存知の鈴村香織騎手! 女性騎手の記録を次々と塗り替えて行く鈴村騎手、世界に名だたるこのレースで、初の女性騎手勝利となるか!


 次に、昨年のエリザベス女王杯を制したプリンセスフラウ! 何と言っても春の天皇賞ではミナミベレディーに敗れるも2着! その後、このエリザベス女王杯でタンポポチャ、サクラヒヨリなどの強豪を抑え念願のGⅠ初勝利。次に目指すは女帝ミナミベレディーを抑えてのGⅠ勝利だ!


 唯一の牡馬にて参戦は、此方もGⅠ戦線の常連キタノシンセイ。主な勝ち鞍はGⅡ日経新春杯のみと、常に掲示板には載るものの勝利にあと一歩届かない。そのキタノシンセイ擁する陣営が、満を持してこのドバイシーマクラシックへ。狙うは勝利の文字ただ一つ。女帝ミナミベレディーを・・・・・・』


 武藤調教師は、自宅のテレビでドバイシーマクラシックを観戦していた。妻や子供は既に眠っており、朝の早い仕事であるが故に、普段であれば武藤調教師も既に寝ている時間だ。


 勿論、録画の設定はしているのだが、ミナミベレディーが出走しているが故に気になって眠る事が出来ない。その為、夜中の1時出走という時間帯でありながらテレビに噛り付いていた。


「女帝か・・・・・・」


 競馬番組の解説で告げられる女帝という言葉に、思わず武藤調教師は黙り込む。


 自厩舎で調教しているサクラヒヨリは、桜花賞、秋華賞と2冠を達成し、重賞は既に5勝している。それこそ、ミナミベレディーの全妹として十分な実績を出していると言っても良い。

 武藤調教師としては、4歳になった今年も既にアメリカンジョッキークラブカップを勝ち、更に重賞を1つか2つ勝ってくれればと思っている。ただ、更にGⅠをと考えると、前に聳え立つ壁が高い。


「ミナミベレディーはエリザベス女王杯には出走してこないだろうから、何とかここで1勝は欲しいが。大阪杯の後は春の天皇賞か。はたしてヒヨリに対応が出来るだろうか」


 テレビを見ながらも考えるのは、今年サクラヒヨリを出走させるレースの事だった。


 そんな武藤調教師に関係なく、テレビではドバイシーマクラシックの出走が迫っている。映像の先では、各馬が順当にゲートへと入っていく。


『各馬順調にゲートへと入っていきます。14番ロードグラッスが入りまして、各馬納まりました。


 ゲートが開いて綺麗なスタート! ここで先頭に立つのは、やはり3番ミナミベレディー! 11番プリンセスフラウも好スタート! 騎手が手綱を扱いて、前へ前へと速度を上げて行きます。

 プリンセスフラウ、これは外から先頭を窺うのか! キタノシンセイは先頭から6番手、中団に位置しました。


 1番人気ペルシアンカーテンはその後ろ7番手、2番人気シュワルツガルテンは更に後ろ10番手に控えます。先頭はミナミベレディー、その後ろにプリンセスフラウで最初のコーナーへ。

 ここでミナミベレディー更に後方を突き放す! これは逃げです! ミナミベレディー逃げを打ちました! 2番手プリンセスフラウと3馬身から4馬身、その後方3番手との距離が更に4馬身、5馬身と離れて行きます。


 これは驚きました。ドバイシーマクラシックで逃げ馬の勝率はそれ程高くありません。世界の一流馬が揃うこのドバイシーマクラシックを最後まで逃げ切るのは簡単ではない。そこをミナミベレディー敢えて逃げに出ました!


 ミナミベレディー後方と差をつけて先頭で向こう正面へ。その間に早くもキタノシンセイが前に上がって3番手。これはミナミベレディーの逃げ切りを警戒したか。日本で幾度もその怖さを実感しているキタノシンセイ、早くも動きました! その後方は未だ動きは見られない。


 向こう正面に入った所で、先頭から最後方まで20馬身程か。このままミナミベレディーは逃げ切れるのか。向こう正面に入った所でミナミベレディーは息を入れた! 後方の馬と差が徐々に縮まっていきます。


 しかし、未だ先頭はミナミベレディー! その1馬身後方にプリンセスフラウ。更に1馬身後方にキタノシンセイ、日本馬が現在先頭集団を形成して3コーナーへ。


 ここでシュワルツガルテンが動いた! 大外から前の馬を交わし前に出て行く。ペルシアンカーテンは未だ動きが無い。


 3コーナーへ入った所、先頭はミナミベレディー。2番手にはプリンセスフラウ。その後ろキタノシンセイは変わりません。


 ミナミベレディー先頭で4コーナーへ入った所で、日本の競馬ファンお馴染みの手鞭が入った! ミナミベレディーお得意のロングスパートだ! しかし、最後の直線は長い! 世界の強豪を相手にロングスパートで勝てるのか! 


 プリンセスフラウにも鞭が入った! 前を行くミナミベレディーとの差は2馬身から1馬身、一気に並びかけて行った! ここで後方から上がって来たのはペルシアンカーテン! 現在6番手か5番手か、更に前へと上がって来た!


 ミナミベレディーを先頭に、各馬直線に入って一気に馬群は縮まって来る! 1番人気ペルシアンカーテン、持ち味の末脚で3番手、しかし先頭とは、まだ4馬身から5馬身はあるぞ! 


 シュワルツガルテンも必死に上がって来る。しかし、これは届かないか! 先頭は依然ミナミベレディー! その半馬身後方にプリンセスフラウ! 信じられない! ミナミベレディーここでさらに伸びた! プリンセスフラウ後退! その後方にペルシアンカーテンが来た! プリンセスフラウを捉えるか! 


 プリンセスフラウ粘る! このまま下がるかと思われたプリンセスフラウ粘る! ジワジワとミナミベレディーとの距離がまた詰まり始めた! ペルシアンカーテンは届かない!


 ミナミベレディーだ! やはり先頭はミナミベレディーだ! これが女帝だ! 日本の誇る年度代表馬だ! 強い! 強い! ミナミベレディー、先頭でゴールを駆け抜けた! 並み居る世界の強豪を突き放し、圧勝! 最後まで先頭で駆け抜けました!


 2着にはプリンセスフラウ。これは、まるで昨年の春の天皇賞を再現したかのようだ! 圧倒的な強さを世界に見せつけて、ミナミベレディー完勝! メイダン競馬場を華麗に駆け抜けました!』


「おいおいおい、ちったあ自重してくれよ。完勝かよ」


 レースを見ていた武藤調教師は、思わず頭を抱える。そして、しばらくして大きく溜息を一つ吐いた。


「はあ、明日起きれるか? そもそも、寝れるかなあ」


 武藤調教師はそう言って立ち上がると、のそのそと寝室へと向かうのだった。


◆◆◆


「うっきゃ~~~~! 勝ったよ! トッコが勝った! 凄いね、凄いよね!」


 メイダン競馬場の観覧席で、桜花は思いっきり爆発していた。


 毎日のように調教後のミナミベレディーを見に行き、その状態の良さに最初から笑顔満開であった。それに釣られる様にミナミベレディーの調子も上がり始め、馬見厩舎の関係者達からは、まさに勝利の女神かのような扱いを受けていた。


 そんな桜花は、勿論ミナミベレディーの勝利を願ってはいた。しかし、パドックを回る世界の強豪馬達を見て、勝てるんだろうかと次第に不安が増していく。


「桜花ちゃん、大丈夫?」


 レース当日、メイダン競馬場へと連れ立ってやってきた桜花と未来は、揃ってテンションが高かった。もっとも、桜花はミナミベレディーがあの有名なドバイシーマクラシックを出走する事、そして、もしかすると勝つのではないかと期待しての、あげあげ状態である。


 それに対して未来は、今まで行った事のある札幌競馬場とは全く違うメイダン競馬場のセレブ感と、その競馬場にいる如何にもアラブのお金持ちですといった人達の雰囲気に呑まれ気味でのテンションだったのだが。


「うわあ。セレブ感が凄いね。何か周りの人が全員セレブに見えるよ。これでアラブの石油王に見初められちゃったりしたら、どうしよう?」


「トッコがドバイシーマカップを勝ったとして、生産者賞と繁殖牝馬所有者賞って貰えるんだっけ?」


 そんな事を呟く未来に対し、桜花は桜花で取らぬ狸の何とやら、頭の中でそろばん勘定が激しい。


 しかし、当初のそんな気持ちも、パドックを見た段階で、一気に消火されてしまっていたのだ。


「うわぁ、トッコよりゴツイ馬ばっかりだよ」


「大きい馬が多いね。あと、トモの張りとか凄いね」


 桜花に付き合わされ、にわかではあるが馬の見方を教えられている未来が素直な感想を言う。


 世界の並居る強豪馬。しかも、どの馬も勝てる見込みがあると思っての出走だ。まさに一流馬大集合と言っても良い。


「いま回っている馬は、トッコの出走するレース1個前に走る馬だけど、何か凄いね」


 馬と、その関係者達の並々ならない気迫が、見ている二人にもビシバシと伝わってくるようで、二人は自然と黙り込んで前を通り過ぎる馬達を眺める。


 そして、その馬達が本馬場へと移動し、遂にドバイシーマクラシックへ出走する馬達がパドックに現れる。


「トッコ~~~、頑張って~~~」


「トッコちゃん頑張れ~~」


 周りの視線そっちのけで、桜花と未来はミナミベレディーへと声を掛ける。


「ブヒヒヒン」(桜花ちゃんだ~)


 桜花の姿に気が付いたミナミベレディーが、尻尾ブンブン、頭ブンブンさせるのは何時もの事。パドックを見詰める桜花の姿に気が付いていた細川は、すかさずこの光景もカメラで録画していくのだった。


 その後、桜花達はメンバー席で大南辺達と合流し、ドバイシーマクラシックを観戦する。


「トッコ勝てるかなあ? 何か強そうな馬ばっかりだったし、やっぱり牡馬が有利だよね?」


「私に聞かれても判んないよ。兎に角、トッコちゃんを応援しよう」


 不安そうな表情を浮かべる桜花の目の前で、ミナミベレディーは圧倒的な強さを見せ、逃げ切り勝ちを決めたのだった。


「トッコは凄い! やっぱりトッコが1番だよ! 未来、凄かったね!」


「うん。桜花ちゃん、凄かったね」


「うん、トッコが先頭でそのまま逃げ切って、凄かったよね」


「えっと、そうじゃ無くて、桜花ちゃんが凄かった」


「ほへ?」


 その後、桜花のご機嫌が若干悪くなるのだが、ミナミベレディーの表彰式で、再度桜花の感情が爆発し、未来の言動は忘れ去られる事となる。


「うわぁ。一生の思い出だよね」


「うんうん。やっぱり外国は違うね」


「ブヒヒヒン」(疲れたの~)


 三者三様の表彰式ではあったのだが。

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