第145話 ミナミベレディーのダイエット事情?
坂路をせっせと走っている私は、ちょっとお腹が空いてのお疲れモードです。
放牧されていた牧場から、タンポポチャさんの引退式にお呼ばれして、そのまま美浦トレーニングセンターに帰って来たのです。
ですが! そこから何故か突然に、食事制限が始まったんです!
「ブルルルルン」(しっかりご飯を食べないと力は出ませんよ?)
私は正当な意見を幾度も述べるのですが、調教量は増えるのにご飯の量は何時もより少なめです。夜にお腹が空いて思わず起きちゃうくらいにお腹が空いているんです。
その為、最近は夜のご飯を少し残して、夜中に起きたら食べるのが日常化しちゃいました。
「ブヒヒヒン」(流石に寝藁は食べる気にならないです)
厩務員の人が、寝藁は食べないから安心だとか私を見て言ってました。寝藁が減っちゃうと、横になって寝るときにフンワリ感が無くなっちゃいますよね? それに、何か汚そうですよね? でも、これ以上お腹が空いたら・・・・・・止めましょう。考えていたらお腹が空いて来ちゃいます。
2本目の坂路を上がった所で、鈴村さんが私の首をトントンとしました。
「ベレディー、何か集中できていない?」
「ブフフフン」(お腹が空いたの~)
久しぶりに鈴村さんが騎乗しての調教です。鈴村さんが来るときには、氷砂糖とか、リンゴとか持って来てくれるから嬉しいです。毎日でも鈴村さんが来て欲しいです。でも、最近は鈴村さんも忙しそうで、調教に来てくれる回数も減って来ました。
「なんか、お腹が空いたって言ってそうね」
「ブフフフン」(そうなの~、お腹が空いたの~)
鈴村さんに思いが通じたのが嬉しくて、思わず頭をブンブン縦に振ります。
長いお付き合いの御蔭ですよね。なんと鈴村さんが私の言っている事を理解してくれました。若しかすると食事量を改善して貰える?
そんな期待で、私は目をキラキラさせて鈴村さんを見ようとします。
「こらこら、まだ調教は終わってないからね。この調教が終わったらリンゴあげるから」
「ブヒヒヒン」(わ~~い、リンゴ貰える!)
やりました! リンゴゲットです。でも、このリンゴは夜までとっておいた方が良いのでしょうか? 何とも判断に困りますね。
貰ったリンゴをどうするかという高尚な命題に私が悩んでいると、鈴村さんから思わぬ話が飛び込んできました。
「次は初めての海外でのレースだから、ベレディーも十分体調に気をつけるんだよ。今度の競馬場はドバイだからね。たぶん空気も乾燥しているイメージかなあ」
「ブフン」(海外?)
なんと! 前世も含めて海外旅行は経験が無いと思うんです。記憶の欠片にも、海外の文字はありません。もっとも、すっかり前世の事が思い出せなくなって久しいのですが。
でも、ドバイですか? 聞いたことの無い名前ですね。お馬さんが走るのですから、何となく大きくて緑が豊かな牧場のイメージです? ヨーロッパとかかな?
「私もパスポートが切れてたから、慌てて申請したの。危うくパスポートの期限切れで、ベレディーに騎乗出来ないなんて事になる所だった」
そう言って笑う鈴村さんです。でも、ここでちょっと心配になります。
「ブフフフフフン」(お馬さんのパスポートは? 無くても無事帰って来れる?)
お馬さん取り違えなんて無いですよね? 外国は怖い所だって聞きますし、間違えられて、気が付いたらお肉になんて無いのでしょうか? ドバイって何となく語感がハワイに似ていますから、場所的にはアメリカでしょうか? 何かすっごく不安になって来ちゃいました。
「ん? ベレディー、どうしたの?」
「ブヒヒヒン」(海外は怖いから止めとかない?)
良く考えたら、海外に行っても観光とか出来ないですよね?
海外旅行のメリットが全然ないと思うのです。
「う~ん、何か一気に元気なくなったけど、疲れた?」
「ブフフフン」(海外より、桜花ちゃんの所で放牧の方が良いよ?)
この後、調教後にリンゴも貰えたんですが、不安がいっぱいで気が付いたら貰ったリンゴを食べちゃってました。
「キュフン」(ぐっすん)
◆◆◆
馬見厩舎では、馬見調教師と蠣崎調教助手がドバイのレースについて検討を繰り返していた。
「ドバイから実際に打診が来るまでは、本当に招待されるのか不安になるな」
「そうですね、競馬協会へ連絡が入るのでしょうが」
昨年の年度代表馬であるミナミベレディーがドバイシーマクラシックへの出走に意欲的だという事も有り、招待される事は確実視されている。しかし、未だ海外遠征の経験が無い馬見厩舎としては、実際に招待されるかどうか内心ヤキモキした日々を過ごしていた。
そんな状況であれど、ミナミベレディーの減量と調教は共に順調に行われている。
ドバイシーマクラシックが行われるメイダン競馬場の芝の質なども日本の競馬場に近いと言われている。それ故に馬見厩舎としては、調べれば調べるほどミナミベレディーであれば勝ち負けまでは行けるのではないかと気合十分であった。
「問題は枠番だな。スタートしてすぐに第一コーナーになる。外枠であれば先行するのは厳しくなりそうだ」
「そうですね。スタートして250mですぐコーナーですから。下手すれば団子になりますよ」
スタートに定評のあるミナミベレディーではあるが、それこそ世界中の有力馬が集うドバイシーマクラシックである。そうそう思い描くようなレースが出来るとは思わない。
「先行馬が有利なんですよね?」
「どうなのかな? 外枠の勝率の方が良いとも聞く。であるならば、最後400mからの差しが有効なのかもしれん」
レースの映像を幾つも確認をするが、いざ勝利するにはとなると意外に必勝法のようなものが見当たらない。
「3着までに入ると限定すれば、先行馬の実績が良さそうですね。であるなら、何時ものようなレースで良い気がしますが」
「そうだなぁ。ただ、逃げ馬は勝てていないからな、そう考えると好位差しが有利なのか」
そんな話をしていると、今日の調教を終えた鈴村騎手が厩舎に戻って来た。
ただ、その表情は今ひとつで、何か困惑した様子が見られた。
「ん? 鈴村騎手、どうした?」
その様子を怪訝に思った馬見調教師が声を掛ける。鈴村騎手は、首を傾げながら馬見調教師達に対面した。
「いえ、何かベレディーの様子が変だったので」
「何!?」
鈴村騎手の言葉に、途端に馬見調教師と蠣崎調教助手が焦り出す。
「あ、異常といっても何処かが悪いという訳じゃ無く、海外遠征の話をしてたら何となく行きたく無さそうなと言いますか」
鈴村騎手も何と言い表して良いのか判らない為、ミナミベレディーの様子を上手く表現が出来ない。とりあえず、3人揃ってミナミベレディーの馬房へと向かう事となった。
「ベレディー、どうかなあ?」
「ブフフフフン」(わ~~い! もしかしてリンゴとか届いた?)
大南辺や北川牧場からリンゴやニンジンなどが送られてくると、とりあえずその日の調教後にミナミベレディーへ1個か2個提供される。
その為、後は寝るだけの状況で馬見調教師達がやって来るという事は、おやつが貰える時とミナミベレディーは認識してしまっていた。
「あ~~~、思いっきり尻尾ブンブンしているぞ。これは絶対に勘違いしているな」
「そうですね。特にダイエット中ですから」
「ベレディーとしては、ダイエットとか気にしませんし」
3人揃って顔を引き攣らせる。
「ブフフフン」(お腹空いてますよ!)
馬房の柵から思いっきり頭を突き出して食べ物を催促するミナミベレディーに、馬見調教師達は仕方なく入口にある箱からリンゴを取り出して与えるのだった。
シャリシャリ、シャリシャリ
満足げにリンゴを食べているミナミベレディーをよそに、馬見調教師と蠣崎調教助手は鈴村騎手が言う異常を見極めようとしていた。
「・・・・・・いつもと変わらないような」
「ですねぇ。リンゴを食べられてご機嫌ですね」
そんな感想を述べる二人に、鈴村騎手は慌てた様子でミナミベレディーに向き合う。
「いえ、本当なんです。海外遠征って聞いた途端、様子が変わって」
「ブヒヒン」(なあに?)
一噛み一噛み集中してリンゴの味を堪能していたミナミベレディーは、鈴村騎手の言葉を聞き逃してしまう。そして、何か言った? といった様子で鈴村騎手へと顔を向ける。
「変わらんなあ」
「ですねぇ」
「本当なんです!」
「ブフフン」(何かあったの?)
結局、特に異常が無いという事で、ミナミベレディーの海外遠征は中止される事はなかったのだった。
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