トッコさん海外へ行く

第141話 フィナーレとミカミちゃんとヒヨリの次走決定?

 ミナミベレディーがタンポポチャの引退式へと向かった頃、武藤調教師はサクラフィナーレの次走について頭を悩ませていた。


「そろそろ、フィナーレを次走に向けて戻さないとだよな」


「そうですね。先日見に行った様子では、放牧期間中でもしっかり鍛えられていて良さそうな様子でした」


「放牧での成長は、ヒヨリで既に実績があるからな」


 武藤厩舎では、サクラフィナーレの今年最大の目標は桜花賞だと考えている。


 ミナミベレディー、サクラヒヨリと、全姉2頭による桜花賞連覇。競馬ファンとしては、3年連続、全姉妹による桜花賞制覇を夢見てもおかしくはない。


 2歳での成績は、今ひとつ振るわなかったサクラフィナーレだが、其処は全姉であるサクラヒヨリも同様だ。それでいて、3歳になって桜花賞勝利のみならず、その後は秋華賞を勝利し、牝馬2冠まで達成したのだ。


 それ故に、まだまだチャンスはあると武藤厩舎の関係者以外は思っているだろう。


「ヒヨリと比べるとなあ」


「GⅢはとれても、GⅠはきつそうですよね」


 昨年にも同じような会話を厩舎内で行っていたが、サクラフィナーレは気性的に大人しすぎるのだ。


「しかし、ミナミベレディーも大人しいですよね」


 年明けから雇った育成助手の一人が、そんな疑問を呈する。しかし、武藤厩舎に2年以上勤めている面々は、複雑な表情を浮かべた。


「確かに、ミナミベレディーの気性が荒いという話は聞かないな。前にも言ったが、大人しいと言うより大らかな馬だな。

 だが、あの馬は間違いなく負けず嫌いだろう。そうで無ければ、鞭すら使わず最後の直線をあそこ迄粘れるわけがない」


 レースでの最後の粘り。そして、更なる伸び。あのミナミベレディーという馬は、恐らく他馬に対して負ける事を良しとしないボス的な性格を持っているのではないだろうか? 馬自体に精神的な余裕がある。それ故に、一見すると大人しく見えるのでは。


 武藤調教師達は、ミナミベレディーに対しそんな感想を抱いていた。


「群れの中に入れば面倒見も良い。ヒヨリなどは血統も関係しているのかもしれないが、恐らくミナミベレディーはヒヨリを自分の群れの一員として認識しているのだろうな。勿論サクラフィナーレも同様だ」


「そうですね。あれだけ面倒見が良い御蔭で、ヒヨリも良い感じに感化されて強くなりました」


 自分達の力だけで、サクラヒヨリが強くなったと言い切れないのは忸怩たる思いがある。それでも、この2年で自分達は直接見て、経験しているのだ。此処にいるのは身内のみであり、誤魔化しなど意味はない。


「サクラフィナーレもミナミベレディーと一緒に放牧させて以来、一気に調子を上げてきている。まだまだ幼さが目立つが、今回の放牧で更に成長してくれれば」


「ヒヨリも放牧に行きましたし、更なる上積みを期待しましょう」


「それでも来週には戻さんとな。チューリップ賞が目標であれば遅いくらいだ」


 武藤厩舎ではサクラフィナーレの次走に向け、一気に慌ただしくなっていくのだった。


◆◆◆


 太田厩舎では、プリンセスミカミの調教を終えた調教助手と太田調教師が、現状確認の打ち合わせを行っていた。


「プリミカの次走は、3月に阪神で行われるアルメリア賞でいくぞ」


 3歳1勝馬であるプリンセスミカミにとって、まだまだ重賞どころかオープン競争ですらハードルが高い。


 今の目標は、何としてもまずは2勝目だ。ミナミベレディーやサクラヒヨリの活躍に少なからず感化され、2歳の間に2勝目をと思っていたが残念ながら叶わなかった。


 まだ成長途上の馬達であればと果敢にチャレンジしたが失敗、いまや2勝目を挙げる為のビジョンが見えず、願掛けも含めての放牧であった。


 そんな陣営は、放牧から帰って来たプリンセスミカミを見て驚いた。予想以上に馬体がしっかりとして来ており、特にトモの成長が著しい。今後の展開に希望が見えて来たのだ。


「ミナミベレディーの放牧終了と共に戻しましたが、放牧前と比べて明らかに馬体が良くなっていますね」


「まだまだ成長途上であるのは変わりませんが、調教の手応えでは確実に持久力が上がっています。以前は同程度の調教でバテていたのが、今はまだ余裕が感じられました」


「メンタルも良くなっていますね。周りの馬に気をとられる事が少なくなりました。放牧前とはえらい違いですわ」


 放牧から戻って来たプリンセスミカミの状態を確認した太田厩舎の面々は、一様に驚きの報告をしてきた。そして、次走の予定をどうするかという所で、やはり1600mは厳しいと判断し、3月に阪神競馬場で行われるアルメリア賞へと照準を定めた。


「しかし、放牧でこれ程までに状態が良くなるとはな」


 調教自体は嫌がらないプリンセスミカミではあるが、まだまだ馬体もメンタルも幼く、持久力、瞬発力など課題は多かった。特に馬自体が疲れてくると途端に走る気を無くす。競り合ったり、馬群に囲まれると途端に大人しくなってしまう。特に、レースでは周囲の馬を気にして、集中力を欠いてしまうのが問題であった。


 血統的にも晩成の印象が強く、まだまだ成長途中な為に無理も調教も出来ない。太田調教師はそんなジレンマを抱えていたのだが、1ヵ月に満たない放牧で馬の状態が一変したと言っても良い。


「これで何とか2勝目も見えて来たか。今日の感じでは1勝馬の中で比べれば上位だろう」


 1勝馬と言っても千差万別、1戦1勝で能力未知数の馬もいれば、プリンセスミカミの様に2勝目が出来ずに足踏みをしている馬もいる。3歳1勝馬のレースは玉石混合と言っても良い。


「しかし、先日のタンポポチャ号の引退式。あの時のミナミベレディーの様子を見ると、そこまで放牧期間中に走っていたようなイメージは無いんですがね」


「そうだなぁ、あれは明らかに太かったからな」


 あの時のミナミベレディーは、太目残りというより明確に太目と言っても良い状態だった。もっとも、ここからレースへ向けて絞っていくのだろうから、昨日のエキシビションの結果は何の参考にもならないが。


「それでも引き取りに行った時に見たサクラフィナーレ、あの馬も見るからに良い状態でした。悔しいですが、うちのプリミカと比べるとひと回り上だと思います」


 調教助手が聞いた話によると、サクラフィナーレは3月のGⅡチューリップ賞へ出走するそうだ。ここでの着順によって、桜花賞へ出走させるかどうかを見る試金石にするらしい。


「あちらは桜花賞へ出走させないと、という周りからの圧力が強いみたいだな」


「まあ、2年連続姉妹での桜花賞勝利。何と言っても、その全妹ですからね。桜花賞を獲るための血統でしたっけ? マスコミや競馬協会が煽りに煽ってますから、まあ勝てばそれこそ歴史的な偉業ですがね」


 レースに絶対という言葉は無い。また、桜花賞はまだレース慣れしていない馬も多く、実力を出し切れずに終わるケースも多い。それ故にサクラフィナーレが勝つ可能性も無くはない。


「此方は、まずは2勝目だ。流石に桜花賞には間に合わんが、オークスなら間に合うかもしれんしな。同じサクラハキレイ系統と言えど、まだオークスを勝利した馬はいない。狙うならやはりオークスだ」


 太田調教師の言葉に、一同は大きく頷く。


「まあ、それは冗談だが、とにかく何処かの重賞は獲りたいな」


「ですよねぇ」


 途端に、周りから笑い声が溢れるのだった。


◆◆◆


「拙いなぁ、うちのお姫様ご機嫌斜めだぞ」


 武藤厩舎の調教助手は、サクラヒヨリの放牧状態の確認に来ていた。そして、放牧中のサクラヒヨリの様子を見て頭を抱える。


 先日、AJCCを無事に勝利したサクラヒヨリは漸く放牧地へとやって来た。そこでミナミベレディーに会えた喜びも束の間、3日後にはミナミベレディーは京都競馬場へ向かい、そのまま美浦トレーニングセンターへと戻ってしまった。


 更には、共に放牧されていたサクラフィナーレも、その2日後に美浦トレーニングセンターへと戻ってしまった。更にサクラフィナーレと一緒にいた為に多少馴染めたプリンセスミカミも、同じタイミングで栗東トレーニングセンターへ帰って行ってしまった。


 馬は、群れる生き物である。その為、サクラヒヨリもキョロキョロと周囲を見渡すのだが、見るからに放牧されている他の牝馬と仲良くなる切っ掛けが無さそうだった。


「サクラヒヨリは寂しがり屋だが、内弁慶だからなあ」


 そんな事を呟きながら、調教をつける為に曳綱を持って放牧地の入口に向かう。すると調教助手に気が付いたサクラヒヨリは大きく嘶いて、慌てたように調教助手の所へと駆けて来る。


「会えて嬉しいって感じじゃないんだよなぁ」


 もっとも、知り合いがいて嬉しいのは間違いないのだろうが。


「キュフフフフン」


「よしよし、何だ、寂しいのか」


 サクラヒヨリ専属である為に、武藤厩舎では一番長くサクラヒヨリと接してきている。その為、サクラヒヨリも気を許してくれていると思う。ただ、残念な事に鈴村騎手に対するような甘えた様子を見せられたことは無いのだ。


 鼻先を擦り付けて来るサクラヒヨリの首をポンポンと叩き、轡に曳綱をつけ装鞍所へと連れて行く。その間にもサクラヒヨリへと声を掛けて宥めるのだが、明らかにサクラヒヨリのご機嫌は悪い。


 ミナミベレディーとは、結局は数日しか会えてないからな。前後考えれば1か月以上、最長記録だしなあ。


 もっとも、これに慣れて行ってもらわなければ、ミナミベレディーの引退後はどうなるんだと不安にもなる。


「まあ、しばらくすれば慣れるんだろうが、大阪杯の頃はあちらは海外だろうし」


 果たして大阪杯をベストな状態で走れるか、中々に不安要素の多い現状であった。

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