第136話 遅れて来たヒヨリとトッコとヒヨリの次走?
ハムハム、ハムハム、ハムハム
「ブルルルルルン」(そろそろ勘弁してもらえないでしょうか?)
「キュヒヒヒヒン」
ハムハムハムハム、ハムハムハムハム
「ブフフフフン」(そうですか、駄目ですか)
「キュフフフン」
私は、せっせとヒヨリの毛づくろいをしています。勿論ヒヨリも私の毛づくろいをしてくれるのですが、かれこれもう1時間近く行っているんでは無いでしょうか?
「ブヒヒヒヒン」(いい加減疲れませんか?)
「キュフン」
どうやら、まだ満足はして頂けて居ない様です。
寒さは相変わらずですが、ここ最近は風も無く、日差しが射して暖かい日が続いています。この為、私も本当にのんびりと過ごしていました。
それこそ、フィナーレとミカミちゃんが一緒に遊ぶようになって、やっと楽が出来るようになったなぁと思っていたら、漸く? やっと? 牧場にヒヨリがやって来ました。
ヒヨリを抜きにして私達がのんびり牧場ライフをしているのを知ったら、大暴れするんじゃないかとちょっとドキドキしていた私です。そんな心配を余所に、ヒヨリは引綱を外されるとフィナーレやミカミちゃんに目もくれず、それこそ私へまっしぐら?
正に爆走ですね! 某猫さんのおやつのCMを思い浮かべちゃいました。
「キュヒヒヒヒン」
私に頭をスリスリさせて、思いっきり甘えん坊モード炸裂ですね。
離れてた期間は、だいたい3週間程でしょうか? 確かにこれだけ長く会わなかったのは何時以来でしょうか。
「ブヒヒヒヒン」(久しぶりだね、寂しかったんだね)
そう言って、私もヒヨリにスリスリしてあげます。
そして、一通りスリスリして満足したっぽいヒヨリが、今度はフンフンと匂いを嗅ぎだしました。
「ブフフフン」(臭く無いですよ)
私は綺麗好きですから、冬でもちゃんと全身丸洗いしてもらっています。冬ですから、ちゃんとお湯ですよ? ブラシで丁寧に洗って貰えますし、蹄にはクリーム迄塗ってくれます。
だから、そんなに臭くないはずなのですが、ヒヨリはやたらとフンフンと匂いを嗅いできます。
何となく記憶にある光景ですね。前にも同じような事があったような?
そんな事を考えていると、ひとしきり満足したのかハムハムとグルーミングが始まりました。
「キュヒヒン」
「ブフフフン」(仕方が無いですねぇ)
私もヒヨリのグルーミングを開始しました。そして、現在に至るのです。
ヒヨリの後にグルーミングして貰おうと、待ち構えて私の周りでソワソワしていたフィナーレやミカミちゃんも、既に諦めて二人で牧場を走り回っています。
普段でしたらフィナーレをグルーミングして、その後にミカミちゃんをグルーミングしていましたからね。
でも、フィナーレ達は空気を読んで諦めた様ですね。賢い選択だと思いますよ。
「ブヒヒヒヒン」(そういえばレースはどうだったのですか?)
「キュヒヒン」
うん、相変わらずですが判りませんね。落ち込んだような様子が無いので勝ったのかな? ヒヨリは負けた時には思いっきり落ち込みますよね?
「ブルルルン」(頑張りましたね)
「キュフン」
これでヒヨリも、お肉街道から少しずつ遠のいていると良いですね。
◆◆◆
「そうですか、タンポポチャの引退式の日程が決まりましたか。おめでとうございます。ええ、はい。事前にお話を聞いていましたから、ええ、ミナミベレディーも放牧中ですが問題はありません。牧場では食べ過ぎで体重が増えているでしょうから、おそらく競争にはなりませんよ? でも一緒に駆けるくらいであれば、いけるとは思いますが」
大南辺は笑い声を交えながら、タンポポチャの馬主である花崎から電話を受けていた。
内容は勿論タンポポチャの引退式に関してで、その引退式にミナミベレディーを参加させて欲しいという依頼だった。もっとも、その話自体は、昨年に纏まっていたのだ。
開催場所は、タンポポチャとミナミベレディーにとって思い出深い、更にはタンポポチャが勝った秋華賞の舞台である京都競馬場。騎手は勿論、鷹騎手と鈴村騎手。ここまでは、昨年中に問題無く決定したのだが、問題となったのは日程だった。
当初上がったのが、有馬記念レース後であった。しかし、その日程は既にファイアスピリットの引退式が組まれていた。
その後、引退式に参加する騎手の予定なども確認される。栗東所属の鷹騎手はともかく、鈴村騎手は美浦所属である。昨年の活躍も有って騎乗依頼が増えた為に、上手く日程を合わせないとならない状況だった。
その為、引退式の日付が遅くなってしまった。
「ミナミベレディーもタンポポチャに会えれば喜ぶでしょうし、あの馬は移動を苦にしませんから」
花崎との電話を終えた大南辺は、競走馬の引退式について思いを馳せる。
「来年にはベレディーも引退か、喪失感が凄そうで怖いな」
大南辺が現在所有している競走馬は4頭。個人の馬主としては多い方だと思っているが、安易に頭数を増やす事は妻から厳重に注意されていた。それは、ミナミベレディーが活躍し始めた以降も変わらず同様だった。
そんな大南辺の所有馬だが、ミナミベレディー以外の3頭は、1勝した5歳馬が1頭、2勝した6歳馬が1頭、そして、今年3歳になる未勝利馬が1頭となる。
もっとも、ミナミベレディーが活躍しだして慌ててサクラハキレイ産駒をチェックすると、既に桜川に購入された後だと知り、結構なショックを受けていたのだが。
そんな大南辺は、ミナミベレディーという馬を所有した事で強い馬を持つ馬主の楽しみを知ってしまった。せめてオープン馬を、出来れば重賞を勝てる馬を、そんな事をどうしても思ってしまう。
「まあ、ミナミベレディーの産駒に期待するしかないな」
自分の相馬眼を欠片も信用できない大南辺は、引退後に生まれるミナミベレディーの産駒に期待を寄せるのだった。
「それは兎も角、その前にまずはドバイだな」
年度代表馬になれた事も有り、恐らくドバイから招待される可能性は高い。その為にミナミベレディーはそろそろ放牧から美浦へと戻されるだろう。
何と言っても海外のレースへ出走させる為のノウハウを、大南辺も馬見調教師も持っていない。検疫や、現地での牧場手配などを含め、全て十勝川に頼る状況となっていた。
「来週も十勝川さんの所に行かないとだな」
現在、今回の海外遠征に向け、十勝川ファームとコンサルタント契約を結ぶ手続きを行っていた。相手が十勝川という事で、妻が前面に出て契約内容の確認をしてくれている。
「契約ごとなどは、頼りになるからなぁ」
馬が絡む事には中々手伝ってくれない妻が、今回は珍しく手伝ってくれている。その事で大南辺は非常に助かっており、妻に感謝するのだった。
◆◆◆
「無事にAJCCを勝ってくれてホッとしたな」
実際の所、実力馬がいなかったのかと言えば、勿論そんな事は無い。GⅠ出走経験馬は決して弱くはないし、GⅠ勝ちは無い物の重賞勝利馬もいた。昨年のAJCC勝利馬も出走していた。その中で、サクラヒヨリがGⅠを2勝しているとはいえ、牝馬限定のGⅠである。また、AJCCは牡馬の実績が群を抜いているレースだ。
「そうですね。まあここで勝ってくれないと、次はもっと厳しいですから」
次走は何と言っても大阪杯、GⅠである。出走馬達の格が更に1段上となるのだ。
「ミナミベレディーを見ていても芝2000mは油断できないからな。昨年の勝利馬であるトカチマジック以外にも、並居る古馬達が目白押しだろう」
「それでも、そのミナミベレディーが出走しないのですから、サクラヒヨリにはチャンスですよ。もし出走していたら屋根の乗り替わりまで発生しますからね」
独特の騎乗方法であるサクラヒヨリは、鈴村騎手とのコンビで最大の威力を発揮すると武藤調教師は思っている。長内騎手も調教などで同様に騎乗してくれてはいるが、いざレースとなった時にどうなるかは判らない。ましてや鈴村騎手が乗り替わりをしているという事は、同レースにミナミベレディーが出走しているという事だ。
「出来ればミナミベレディーとの直接対決は、避けたいのだがな」
「ヒヨリにマイル戦は厳しいですからね」
そういう点では、昨年のタンポポチャ陣営は冷静に馬の適正に合わせたレース選択をしたと言える。
それが出来る事が、これ程までに羨ましいと思う事になるとは、昨年までは欠片も思いもしなかった。
「ドバイシーマクラシックへ出走か。どうだ、来年はサクラヒヨリも出走するか?」
「ミナミベレディーの結果を見てからですね。流石にミナミベレディーといえど易々とは勝てないでしょう」
賞金額が高い事も有り、ドバイワールドカップデーで開催されるレースは、海外からも有力馬が挙って参戦してくる。
そんな中で、馬見厩舎も、手綱を握る鈴村騎手も、海外レースの経験が無い。これは大きなハンデとなるだろう。馬自体も空輸、検疫など受けるストレスは並ではない。
「十勝川さんが支援するらしいが、ドバイだからなぁ」
「日本と違い、海外のレースですから。まあ、賞金の額が額ですから狙えるならヒヨリでも狙いたいですね」
オイルマネーを背景に高額賞金で有名なドバイワールドカップデーで開催されるGⅠレースは、過去に日本の競走馬が優勝した事もある。それ故に、日本の競馬ファンには馴染みの深いレースである。
「羨ましくないと言ったら嘘になるが、ミナミベレディーには頑張って欲しいな」
「桜花賞に続いて2年連続姉妹でドバイ制覇ですか?」
「だな、それこそ夢がある」
そう言って笑う武藤調教師だが、まずは今年のGⅠレースだ。
「春は大阪杯、春の天皇賞、宝塚記念。秋はエリザベス女王杯、有馬記念か。もっとも、エリザベス女王杯は天皇賞春の結果次第ではミナミベレディー同様に秋の天皇賞になるがな」
「ミナミベレディーと丸被りしそうですね。特に春の天皇賞はミナミベレディーも出走しそうですよね」
「そうだなあ。秋は凱旋門やBCターフがあるから、そっちへ行ってくれんかな」
「それもドバイ次第でしょうか?」
調教助手の言葉に、腕を組んで悩みだす武藤調教師。
「・・・・・・北川牧場の御嬢さんをドバイに連れて行けば、何とかならんか?」
突然そんな事を言いだした武藤調教師に、調教助手は何を言い出すんだと呆れたような表情を浮かべるのだった。
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