第135話 アメリカジョッキークラブの実況と競馬好きな人達?

 祐一は大学のサークル活動の中で、何度か競馬場へと訪れていた。


 前から競馬という物がある事を知ってはいたが、特に興味があった訳では無い。大学に入り、試験問題や履修する科目の情報を欲してサークルに入ったのだ。そして、先輩達と共に競馬場や、場外馬券場へと行くようになった。


 競馬は馬を介する為、不思議と博打という印象が薄い。その為、サークルメンバーの女子学生達も一緒に競馬場へとやって来て、馬の写真などを撮影して喜んでいる。そして、自ずとお気に入りの馬が出たりもする。


「やっぱり、乗馬クラブに入ろうかなぁ」


 同期生の山田さんが、同じく同期生の加藤さんとそんな話をしている。


 大学内には残念ながら乗馬が出来るようなクラブは無い為、民間の乗馬クラブへ入会しようかと悩んでいるようだ。最近は、サークルの中でも良く同じ話をしている。


 ただ、その話をし始めて既に3か月近い時間が過ぎており、実際に乗馬クラブに入るのかは怪しい所だと思う。


「入会金で10万、会費や、ヘルメット、プロテクター、結構お金かかるんでしょ? 憧れるけど、私は無理だなぁ」


 山田さんの言葉に、加藤さんがそう答えている。そして、山田さんのテンションが明らかに下がったのが判った。


「うちそんなに裕福じゃ無いし、アルバイト代も、なんやかんやで消えちゃってるもんね」


「だよね。だからさあ、万馬券を狙おう」


 何か次第に会話が不穏な方向に向かっているが、これも何時もの事だった。


 そもそも、うちのサークルでは競馬の軍資金は1000円と決められている。その1000円で如何に楽しむかを前提にしている為、人によっては午前中で軍資金が消えてしまう事もある。


 もっとも、馬券を的中させて軍資金を増やしている人も時にはいるのだが。


「山田さんは、今日はまだ馬券買ってなかったでしょ? メインレースにするの?」


「うん、1番人気のサクラヒヨリが飛べば、万馬券になりそうだよね? だからメインで勝負するの。どれが良いかなぁ?」


 二人で顔を突き合わせて、サークルで購入している競馬新聞を見ながら、あ~でもない、こ~でもないと話をしている。


「内藤さんはどうするの? やっぱりサクラヒヨリの単勝?」


 祐一が漠然とその会話を聞いていると、それに気が付いた加藤さんが祐一へと視線を向け尋ねて来た。


「そうだね。やっぱりここはサクラヒヨリの単勝かな。AJCCは牝馬の勝率が悪いから、1番人気でも単勝4.2倍ついているからね」


「内藤、流石に人気はあるけど牝馬はきつくないか? 俺はカチドケイで流すぞ。前走からー4kgだし、良い感じに絞れてるように見えた。それに、カチドケイを軸に、どれか当たればサクラヒヨリの単勝より高い」


 同期生の木之瀬が、そう言って自分の購入予定を見せてくれる。


「う~ん、でもサクラヒヨリの単勝で行きますよ。応援馬券的な感じですし、昨年はミナミベレディーに儲けさせてもらいましたから」


「あ~~~まあ、それもありだな」


 まずは競馬場へとやって来て、みんなでパドックを見て、予想して、レースを見て、1レース毎にワイワイと一喜一憂するのが楽しい。


 そして、本日のメインレースが間もなく始まろうとしている。


『間もなく出走となりますアメリカジョッキークラブカップ、やはり注目は1番人気4番サクラヒヨリ。今回出走する馬の中では、牝馬限定戦とはいえGⅠを2勝。牡馬混合戦では、昨年の共同通信杯を制しています。 そして、何と言っても昨年の年度代表馬ミナミベレディーの全妹、今年のレースを占う意味においても、ぜひ此処を勝っておきたい所・・・・・・』


「サクラヒヨリも+6kgってあったけど、そこまで太い感じしなかったな」


「でも、休養明けだから。ほら、ミナミベレディーって休養明けは勝率低いんでしょ?」


「うん、GⅠの前哨戦の勝率は確か良くなかった」


「もう馬券は買っちゃってるけどね」


 それぞれがイヤホンでレースの実況を聞きながら、目の前のターフビジョンに視線を注いでいる。


 耳と視線を集中させて、各馬がゲートへと納まる様子を見ていた。


『各馬、ゲートへ無事に納まりまして、今スタートしました!


 4番サクラヒヨリ好スタート、このまま先頭に立つか! 16番ドミナクライ、やや出遅れたか。現在先頭は4番サクラヒヨリ、そのすぐ後方、2番手にはサイオウデショウ、半馬身後ろ3番手にツキノミチビキ、ここで外からキンメッキが上がって来た!


 11番キンメッキ、そのまま先頭に立って1コーナーへ。


 先頭はキンメッキ、鞍上戸田騎手の手は、依然動いている。後続を1馬身、2馬身と離し始めた! その後方2番手にサクラヒヨリ、キンメッキ、逃げに入って次第に差が広がって来た。

 その後ろ3番手にサイオウデショウ、そのすぐ後方にツキノミチビキは変わりません。更に1馬身後方に・・・・・・』


「うわ! キンメッキが先頭! このまま行ってくれないかな?」


「え? 山田さんキンメッキ買ってるの?」


「うん、キンメッキとカチドケイの馬連で231倍!」


「ギャ、ギャンブラーだ」


「勝ったらだけどね」


 そんな事を話している間にも、レースは進んで行く。


『4コーナーから直線に入った所、サクラヒヨリが動いた! 最内を突いて4番サクラヒヨリ、前を走るキンメッキをかわして先頭に立った!


 直線に入って、サイオウデショウにも鞭が入る!


 キンメッキ後退、後方からカチドケイ、更に後方からドミナクライ、コニシルンバも上がって来る! 依然先頭はサクラヒヨリ! 

 此処でコニシルンバ懸命に伸びて来る! 現在3番手に上がり、2番手カチドケイに並んだ! 届くか! ゴールまでに届くか! カチドケイも懸命に残す!


 先頭はサクラヒヨリだ! 今年も牝馬が強いか! コニシルンバ、カチドケイ、懸命に前を追うが是は届かない! サクラヒヨリ、サクラヒヨリがそのまま先頭でゴール!


 並み居る牡馬を押さえサクラヒヨリが先頭で駆け抜けました! 2着にはアタマ差でカチドケイ、3着にコニシルンバ・・・・・・』


「キンメッキとカチドケイ、がんばって~~~!」


「コニシルンバがんばれ~~~!」


「サクラヒヨリ負けるな~~~!」


 山田さんの応援も、他の人達の声に紛れてしまう。


 そして、馬がゴールする瞬間から、一斉に歓声や叫び声が周囲に響き渡る。負けた馬券が紙吹雪のように空を舞っている。


「あ~~~~、全然だめだ。キンメッキは結局9番くらいかな?」


「直線で一気に飲み込まれちゃったね」


「サイオウデショウも5着かあ。4番8番かあ」


「で、結局勝ったのって内藤君だけ?」


「勝ったと言っても4.2倍だけどね、交通費考えればトントンかな」


 祐一は、そう話し苦笑いを浮かべる。


 それでも、大して儲からなくても、祐一は最後の直線でサクラヒヨリが先頭に立ち、そのままゴールを抜けた時には思わず体が震えるのが判った。


 それは馬券が当たった喜びなどでは無く、応援している馬が勝つ瞬間を眼前で見れる感動の震えだ。昨年から幾度となくこの感動を、祐一は感じている。


 やっぱり、競馬はすごいなあ。


 そんな事を祐一が思っていると、何時の間にかサークルの代表である篠原先輩がみんなを集め始める。


「よし、12レース前に帰るぞ、それでも混むからな。集合場所は何時ものファミレスだ」


「は~い、反省会ですね」


 口々に今日のレースを振り返りながら、みんなで集まって競馬場の正面入口へと向かう。


「まあ、競馬は勝ち負けじゃ無いからな。特に応援している馬が勝てば嬉しい。負ければ悔しい。まさに競馬は馬が主役だ」


「お~~~、流石は部長! で、部長は勝てました?」


 このサークルの代表でありながら、なぜか部長と呼ばれる代表は、苦笑を浮かべながらみんなに馬券を見せる。


「うわ! 思いっきり外れてるじゃん」


「良いんだよ、俺はコニシルンバを応援していたんだから」


 そう言って笑う部長には、結構お気に入りの馬が多い。そして、何故か今一つ勝てない馬に感情移入する為、勝率も決して高くない。


「勝てない馬が勝つから競馬は楽しいんだよ」


 そう言いながらも、部長は強さが疑問視されていた頃から一度もミナミベレディーの馬券を買った事が無い。サークル内では、それ故にミナミベレディーは昔から強かったのだと笑い話にされるほどだった。


「よし、今日は内藤の奢りだ!」


「いや、部長其れは無理ですって!」


 周りが歓声を上げる中、内藤は思いっきり部長の肩を揺するのだが、部長はただ、笑って祐一の肩をバシバシ叩くだけだった。

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