第133話 ベレディーとフィナーレとミカミちゃん

 お日様がポカポカしていて、私はのんびりまったり日向ぼっこをしています。


「ブルルルン」(たまには、こんな日も良いですねぇ)


 冬なので、まだまだ気温は低く私の吐く息も白いのです。それでも風が無く穏やかな天気で、本当に久しぶりに穏やかな気持ちになります。


「キュヒヒヒン」


「キュフフン」


 私の視線の先では、フィナーレ達が追いかけっこをしているのが見えます。


 そうなんです。私の傍から離れようとしなかったフィナーレ達が、今や一緒に駆けっこするまでに仲良くなりました。


 姪っ子ちゃん改め、ミカミちゃんが来てから早くも3日目になっています。


 初日は、フィナーレが焼き餅を焼いて仕方が無かったんですよ。

 ミカミちゃんが私の傍に寄って来ると、その間に立ち塞がって耳をペタンってさせちゃうんです。そんな時は、急いでフィナーレをハムハムして落ち着かせて、その後にミカミちゃんをハムハムして、お仲間ですよ~親戚ですよ~と頑張りました!


 その後、ジッとして顔を見合わせているよりはと皆で一緒に走ったのですが、ミカミちゃんよりフィナーレの方がやっぱり器用に走るので速いのです。


 その後、私がハムハムする順番なのか、足の速い順なのか、ランク付けが終わったみたいで、そのお陰で? フィナーレがミカミちゃんに対しお姉さんぶる様になりました。ミカミちゃんもそれを受け入れたみたいで、今日は早くから2頭揃って駆けっこしています。


「ブフフフン」(これで楽になるわぁ)


 今まではフィナーレを走らせないと、と頑張っていましたからね。あの子は私が走らないと、自分だけでは申し訳程度にしか走ろうとしませんでした。そんなフィナーレですが、ミカミちゃんと楽し気に駆け回っています。


 私は、牧草をモグモグしながらそんな2頭の様子を眺めていますよ。ただ、見ている限りではミカミちゃんの体型は私達姉妹に比べてスプリンター向きなのかな? って思います。


 ちょっと胴体と首が短いんですよねぇ。


 ただ、タンポポチャさんと比べると明らかに全体的に細いのです。でもタンポポチャさんも春から秋でひと回りは大きくなりましたし、ミカミちゃんも此れからだと思うのです。


「ブルルルルン」(でも、あの走り方は駄目ですねぇ)


 明らかにフィナーレより脚力が弱いのか、ストライド走法に伸びが無いですね。まだ若いですから、比較がどうしてもフィナーレになるのですが、更に細く感じるのです。


 坂路の練習不足なのかな? 昔は一緒に牧場の丘を上り下りしていたのですが、その後さぼっていたかな?


「ブフフフフン」(何となくフィナーレと半年くらい成長に差があるね)


 フィナーレに初めて会った時が、丁度こんな感じでした。これではタンポポチャさん走法を教えても、まだ効果は今ひとつかな?


 姪っ子ちゃんも馬肉の運命から解き放ってあげたいですが、思いの外大変そうです。もっと坂路を走らせないと駄目なのですよね。ただ、この放牧されている牧場には当たり前に坂路は無いので困りものなのです。


「キュフフフン」


「キュヒン」


 フィナーレたちが一通り牧場を走り回って私の所に戻って来ました。ただ、遊びの延長線上での駆けっこなので、まだまだ練習としては走り足りてないと思うのです。フィナーレは割と練習嫌いですからね。ヒヨリは何方かと言うと練習のしすぎに注意が要りましたが、やっぱり姉妹でもそれぞれ個性ってあるんだなぁと感じました。


「ブフフフン」(私と走りますよ~)


 2頭を休ませる事無く、私は走り出しました。フィナーレ達は慌ててついてきますが、私は少しずつ速度を上げていきます。誰も騎乗していませんし、そこまで負荷はかかっていないのでフィナーレ達もまだまだ余裕な感じですね。


 適度に走ったかなという所で休憩に入りますが、やはりミカミちゃんの方が疲れが大きいかな。フィナーレも程々に疲れた感じはあるんですが、そこはヒヨリや私に鍛えられていますからね。


「ブフフフフン」(ミカミちゃんは、もう少し持久力上げようね)


「キュヒヒヒン」


「キュフン」


 私の問いかけに、フィナーレとミカミちゃんが返事を返してきます。


「ブルルルン」(フィナーレは丈夫になって来ましたね)


「キュフフフン」


「キュヒン」


 うん、相変わらず何を言っているか判りませんね。ただ、返事の感じが変わるので、フィナーレ達は私の言葉を理解しているのでしょうか?


 思わず首を傾げていると、フィナーレがハムハムをしてきます。


 うん、頑張りましたからね。私もフィナーレをハムハムしてあげるのですが、フィナーレへのハムハムが終わるのをミカミちゃんがソワソワして待っているのが見えています。


 何か私の負担が減ってないような気がするのは、気のせいでしょうか?


 ここにヒヨリが入ってきたらと、思わず黄昏そうになっちゃいました。


◆◆◆


 プリンセスミカミが、サクラフィナーレ、ミナミベレディーと駆けまわっているのを見て、太田調教師は純粋に驚きの表情を浮かべていた。


 ミナミベレディーと一緒に放牧すれば、ミナミベレディーが幼駒を鍛えてくれると桜川さんに言われていた。しかし、太田調教師はその話を半分も信じていなかった。それが、目の前でミナミベレディーを先頭にプリンセスミカミとサクラフィナーレが走っている。ミナミベレディーの走りは、明らかに幼駒2頭の様子を見ながら調整しているのが判った。


「驚きましたな。馬が幼駒を鍛えるなど、考えた事がありませんでしたよ」


「鍛えている訳では無いのでしょうが、ミナミベレディーは他の馬とは比較にならないくらいに走るのが好きなんですよ。1日のトレーニングが終わっても自分で走っていますから、そんなミナミベレディーに懐いているサクラヒヨリやサクラフィナーレもそのお陰で良く走るんです」


 馬見厩舎から来ている調教助手が、笑いながらそう説明してくれる。


 太田調教師も、ミナミベレディーの噂は聞いていた。美浦トレーニングセンターへ来た当初は、GⅢを勝つのがやっとと言われていた馬だ。そして、その馬が今や年度代表馬だ。ミナミベレディーが築いた実績は、多くの競馬関係者を驚かす事になった。


 しかし、そんなミナミベレディーの強さの秘密が、馬自身の努力とでも言うのだろうか?


 バカバカしいと思いながらも、実際に目の前でミナミベレディーが走る姿を見て、それに釣られるように走るサクラフィナーレとプリンセスミカミの姿を見て、太田調教師は考えを改めた。目の前で行われている馬達の走りは、馬が自由に駆けていると言うには少々ハードな内容だ。


「心配ですか? まあ、ミナミベレディーだけであれば無理はしませんよ。ミナミベレディー以上にハードな調教を施すのはサクラヒヨリです。サクラヒヨリもとなると、ミナミベレディーですら最後の方は嫌々走っているのが判る時があるくらいです」


「それは何とも」


 更に驚くような話を聞かされるが、騎手が鞍上にいない分だけ馬にかかる負担は少ないだろう。そして、そんな状態で調教を行う事が出来るのは悪い事ではない。もっとも、疲労の蓄積や、怪我などの不安は常にあるのだが。


「見た感じでは、まだプリンセスミカミは幼いですね。体躯もまだまだ成長途中な様子です。丁度サクラフィナーレが此処に来た頃を思い出します」


 その後も太田調教師は様々な話を聞き、ミナミベレディーがこの牧場にいる間はとりあえず一緒に放牧させてみようと思うようになった。


「馬は馬を知るという所ですかな」


「さあ、ただ何を話しているんでしょうね」


 走り終わってお互いにグルーミングを始めた3頭の馬を見ながら、太田調教師達は馬達が交わす会話へと思いを馳せるのだった。

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