第131話 トッコさんとフィナーレと姪っ子ちゃん

「ブフフフン」(放牧は良いですねぇ)


 まだ放牧に出されたばかりで、日数はそれ程経っていませんよ。それでも、自分のリズムでのんびり出来るのが嬉しいです。うん、こんなまったりした生活が続くと良いですね。


モグモグ、モグモグ


 今日はお日様の日差しが暖かいので、牧場の牧草を食べながらまったりしています。


 タンポポチャさんは引退したそうなので、もしかすると今頃は牧場で放牧されて、こんな風にマッタリしているのでしょうか? そうだとしたら羨ましすぎませんか? あ、でも食べ物とか変わるんでしょうか? レースで活躍しないとリンゴとか減らされるとすると、すっごく悲しいです。


 ご飯を取るか、のんびり牧場生活を取るか、非常に難しい選択です。


 タンポポチャさんを羨ましがりながらも、私はつい先程までフィナーレを追い立てる様に走らせていました。フィナーレも頑張らないと、馬肉にされちゃったら可哀そうですよね。


 でも、あの子は疲れてくるとキュンキュン鳴いて来るので、どうしても手加減しちゃうのです。中々ヒヨリのようにはビシバシとは出来ません。


 フィナーレの将来を考えると、ヒヨリみたいにしないと駄目なんだと思うのですが、あの眼差しでキュンキュン鳴かれると・・・・・・。


「ブヒヒヒヒン」(もう少し頑張らないと駄目ですよ?)


「キュフフフン」


 私はフィナーレを諭すのですが、フィナーレは私が声を掛けると構って貰えるのが嬉しいのか、尻尾をブンブンさせながら私に頭をスリスリしてきます。


 これはどうしたものかと途方に暮れていたのですが、そんな時に牧場に1頭のお馬さんが連れて来られるのが見えました。


「ブルルルン」(珍しいですね)


 放牧を始める時期としてはちょっとズレている気がします。もっとも、レースを走って疲れが出ての放牧と考えれば、そう可笑しい事では無いのかもしれません。ただ、お馬さんを連れているおじさんと一緒に、なぜか私も知っている人が居ました。


「ベレディー」


「ブフフン」(何でしょう? 氷砂糖でも貰えるかな?)


 呼ばれたのですから、慌てなくても何か貰えると思うのです。その為、特に慌てずにトットコと向かいました。


 柵を挟んで反対側の散歩道に、おじさん達と新しいお馬さんがいます。多分ですが相性が悪そうな場合の対策でしょうか? 


 フィナーレも私を追いかけて来ますが、ちょっと人見知りな子なので新しいお馬さんにちょっと警戒気味かな?


「ブルルルルルン」(氷砂糖が欲しいですよ? リンゴでもいいですよ?)


 私は調教師のおじさんの匂いをフンフンと嗅ぎながら、食べ物を探します。


 でも、リンゴやニンジンは持っていないようです。これは氷砂糖一択でしょうか?


「ミナミベレディーですか。話に聞いてはいましたが、本当に人懐っこいですね」


「ええ、ただこれは食べ物を強請っているんですけどね」


 調教師のおじさんが、ポケットから氷砂糖を出してくれます。


「ブフフフン」(わ~~い、氷砂糖です!)


 出された氷砂糖をお口の中でコロコロさせて味わいながら、新しく来たお馬さんを見るのです。


「キュフン、キュフン」


「キュヒヒヒヒン」


 新しく来たお馬さんは、見た感じフィナーレと同い年くらいかな? ただ先程から私に向かってキュフンキュフンと鳴いています。


「ブフフフン」(何処かでお会いしました?)


 何となく知っているような気はするんですが、流石に匂いを嗅いで相手を思い出すとか無理なんです。


 そもそも、ヒヨリやフィナーレを見ていると、何となく私と匂いの感じ方が違うような気がするんですよね。


 このお馬さんの様子だと、過去にお会いしているっぽい?


 一応フンフンとお馬さんの匂いを嗅ぎますが・・・・・・判らないですねえ。何か思い出すとかしそうなものですが、まったくです。


「ブヒヒヒン」


「ブフフン」(フィナーレ?)


 何でしょうか? フィナーレが新しいお馬さんを警戒している感じなんです。新しいお馬さんは、私に顔を寄せようとして知らないおじさんが持っている引綱を引っ張っています。


「プリンセスミカミは、ミナミベレディーを覚えているみたいですな」


「そんな感じですね。ただ、ベレディーは覚えていないかな? まあ、穏やかな馬なので特に問題は無さそうですが、フィナーレが逆に警戒していますか」


 プリンセスミカミですか? うん、知らない子ですね。でも、覚えてないという事は面識があるのでしょうか? 私が知っているお馬さんとすると、北川牧場の仔です?


「キュフフフン」


「ブルルルン」(えっと、お久しぶりです?)


 余程に特徴が無いと、お馬さんのお顔って覚えられないですよね?


 必死に自己弁護しながら、ご挨拶のお顔スリスリをします。でも、やっぱり馬語が判らないので、ご挨拶されていても判らないですね。


「ふむ、ベレディーは思い出したのかな?」


「母馬のサクラハヒカリと匂いが似ているのですかな?」


 おおお、そういえば桜花ちゃんの所の牧場で、ヒカリお姉さんの子供と遊びましたね。


 私の繁殖牝馬疑惑の時でしたっけ? 違いましたっけ? フィナーレとはお母さんが遊ばせてくれなかったので、ヒカリお姉さんの産んだ仔馬と遊んでいた記憶はあります。


「ブルルルン」(大きくなりましたね)


 思わず母親目線になっちゃいます。


「キュフフン」


 あの時と同じで、相変わらず人懐っこいですね。うん、だんだん思い出してきました。


「キュヒヒヒヒン」


 私が懐かしく思っていたら、フィナーレが私のお腹辺りに頭をスリスリしてきます。そして、私の意識がフィナーレに向くと、首の辺りをハムハムとしだしました。


「サクラフィナーレが、必死にベレディーの気を引こうとしていますね。サクラフィナーレもベレディーにべったりですから」


「なるほど。そうすると、フィナーレと一緒では拙いかもですね」


「どうでしょうか? ただ、ベレディーがいますから喧嘩はしないと思いますが」


「ブフフフン」(みんな良い子ですよ?)


 フィナーレもちょっと甘えん坊ですが、ヒヨリのしごきにも頑張ってついていく子です。姪っ子ちゃんも、牧場では私の後について一生懸命走っていました。どちらも頑張り屋さんですし、きっと仲良く出来ると思うのです。


 そんな私の思いを余所に、フィナーレは私より前に出て来ませんし、姪っ子ちゃんは柵の向こうから私にスリスリしますが、お互いに顔を見合わせたりはしませんね。


 う~ん、柵越しだからでしょうか? ほら、犬なんかも柵越しだと強気で吠えても柵が無くなると大人しくなりますよね。


 とにかく姪っ子ちゃんを牧場内に入れて貰わないと始まりませんね。


「いやあ、しかしミナミベレディーは流石GⅠ馬ですな。非常に落ち着いていますし、馬体もトモの張りも凄いですね」


「ええ、特に坂路での練習が好きで、それに付き合わされてサクラヒヨリも馬体が良くなったと武藤調教師も話していました」


「ブヒヒヒヒヒン」(のんびり話をしてないで中に入れてあげて)


 調教師のおじさん達は、私達を見ながら会話をしていて動く気配が無いのです。お口の中の氷砂糖も消えたので、私はおじさん達をせっつく事にしました。フィナーレと仲良くなってくれれば、私がいなくても一緒に駆けっことかしますよね?


 上手くいけば、私は牧草を食べながら見ていれば良いだけになるかな? そんな期待を胸に姪っ子ちゃん達を見ますが・・・・・・お互いに目も合わせませんね。


「ベレディーがプリンセスミカミを中に入れろと言っているっぽいですが、フィナーレの様子が気になる所ですね。焦らず武藤厩舎の調教助手が来てからにしますか。何かあってからでは遅いですから」


「ここで焦る事もありませんな」


「ブフン」(あれ?)


 結局、離れるのを嫌がる姪っ子ちゃんを引っ張って、おじさん達は行っちゃいました。


「キュフフフフン」


 うん、何かフィナーレが勝鬨みたいな嘶きをしていますが、別にあなたは勝っていませんよ?


「ブルルルン」(ヒヨリが来てくれませんかねえ)


 そういえば、ヒヨリはそろそろレースに出るのでしたっけ? 大丈夫でしょうか、勝利をお祈りしておくことにします。


「ブフフフン」(ヒヨリ頑張るんですよ~)


「キュヒヒヒン」


 フィナーレもヒヨリを応援してくれるみたいですね。

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