第130話 年度代表馬とその他もろもろ?

 ミナミベレディーが無事に、昨年度の最優秀競走馬及び最優秀4歳以上牝馬に選出された。大南辺は表彰式の行われる会場へとやってきたが、未だかつて自身が所有する馬が表彰される経験などない。それ故に、若干なりとも緊張していた。


 しかし、そんな大南辺以上に会場で緊張していたのは、こちらも年間GⅠ6勝を挙げ、競馬協会特別賞を受賞した鈴村騎手であった。


「大南辺さんは、よく平気ですね。私は緊張してしまって・・・・・・」


 鈴村騎手は、自身と違い慣れたような雰囲気である大南辺に訝しげな表情を向けた。


「ははは、緊張していない訳ではないですよ? ただ、企業の会合など似たような集まりはあります。中にはライバル企業が集まるものもあります。それに比べれば遥かに気持ち的には楽です。

 表彰される側ですし、これぐらいの規模の集まりであれば慣れていますよ。もっとも、知り合いがほとんど居ませんから、鈴村騎手がいてくれて助かりました」


 そう言って笑う大南辺に対し、鈴村騎手は未だ緊張した様子で顔をこわばらせている。


「私も大南辺さんがいてくれて助かりました。リーディングでも、最多勝利や最多賞金でも外れていたので、まさか呼ばれるとは思わなかったんですけど」


 それであっても、さすがに年間GⅠ6勝であれば呼ばれる可能性に気がついてもよかったと思うのだが。そこに思い至らないのは、鈴村騎手ならではかもしれない。


「大南辺さんで宜しいでしょうか? 栗東で調教師をしております磯貝と申します」


 鈴村騎手と同じテーブルにやってきた小柄な男性が、先に座っていた大南辺を見て声を掛けてきた。大南辺も慌てて席から立ち上がり、磯貝調教師へと挨拶を交わす。


「これは、最優秀調教師おめでとうございます」


「いやあ、ありがとうございます。ある意味ミナミベレディーの御蔭で獲れた様なものですが。例年争う調教師達が、重賞を取りこぼしてくれて助かりました」


 そう告げる磯貝調教師の表情には、笑顔はあるが其処に嫌味は感じられなかった。


「タンポポチャも最優秀短距離馬を受賞できました。まもなくオーナーの花崎さんも来ますよ。タンポポチャもGⅠ3勝で悪くはなかったとは思うのですが、まあ今後はミナミベレディーとの2強時代だったと言われるんですかね」


「牝馬最強世代と、そう言われるかも知れませんわよ」


 そう言って声を掛けてきたのは、4歳以上最優秀牡馬に選ばれたトカチマジックの馬主である十勝川勝子だった。


 トカチマジックはGⅠにおける大阪杯、GⅡでは金鯱賞、毎日王冠と重賞3勝に加え、天皇賞秋を含め出走したGⅠレースで掲示板内を死守した事も評価されて僅差での受賞となった。


「これは十勝川さん、先日振りです」


 大南辺を含め、皆が十勝川へと挨拶をする。そして、このテーブルで最後の一人となる花崎を待つ。


「そう言えば、鷹騎手も来ているはずですが、どうやらテーブルは分かれたようですね。彼も久しぶりの最多賞金受賞です」


「最近は4位前後を常連としていましたわね」


「クラブ系列は比較的ロンメル騎手など海外騎手を使いますし、資金力のあるクラブが良血馬を買い締めますからね。個人馬主では、資金力で敵いませんから」


 そう言って苦笑を浮かべる大南辺だ。そもそも、大南辺が購入する馬などは高くても2000万から3000万だ。その中で重賞を勝てる馬など、よほどに運がよくなければ厳しいのがサラブレッドの世界だ。


 走る馬が選別され、より強い厩舎に預けられ、其処から勝利を積み重ねる。その血が次代に受け継がれ、更に走る馬が作られていく。


 もっとも、そこに突然変異とも言える馬が登場し、新たな血統を作ったりする。その典型的な例がサクラハキレイ産駒とでも言うべきであろうか。


「しかし、タンポポチャは顕彰馬としては中々に厳しそうですよ」


「あれは時期が違いますから、顕彰馬としてノミネートはされるでしょうが選ばれるかは何とも。もっとも、ミナミベレディーが更に記録を積み上げてくれれば、GⅠで今の所ミナミベレディーに勝てたのはタンポポのみですからな」


 磯貝調教師の言葉に、大南辺は苦笑を浮かべる。


「ミナミベレディーとの出会いは、私にとって本当に奇跡のような物です。購入当初は、まさか此処まで走ってくれるとは思いもしませんでした。血統でいえば零細といっても過言ではありませんが、数年後にはミナミベレディーの産駒がGⅠを獲ってくれるかもと、ついつい期待してしまいます。

 その時は、ミナミベレディーよりその母馬のサクラハキレイ系列となるのかもしれませんが。何せあちらはGⅠ馬をすでに2頭、若しかするとサクラフィナーレも重賞をとればそれこそ重賞馬を6頭も生んだことになりますからね」


 ミナミベレディーの事となると、一気に饒舌となる大南辺に周りは苦笑を浮かべる。そんな中、鈴村騎手は先程から緊張の為に、不動の姿勢で周りの会話を聞いている。表情には欠片も余裕が感じられない。


 そんな鈴村騎手の様子に気がついた十勝川は、鈴村騎手へと声を掛ける。


「鈴村騎手は緊張されているみたいね。そんなに緊張しないで良いのよ? 幸いこの席は身内で集まったようなものでしょ? ほら、もっと力を抜いて」


「あ、ありがとうございます。競馬の表彰式とは全然違うので、つい緊張してしまって」


 そう話す鈴村騎手に、他の面々も緊張を和らげるために色々と声を掛けて行く。特に大南辺などは、敢えてミナミベレディーの話題を振り鈴村騎手の緊張を和らげることに成功していた。


「ところで、鈴村騎手・・・・・・今日はスーツなのね。そのスーツは何処かでご用意なされたの?」


「え? あ、はい。何を着たら良いのか分からなかったので、競馬学校の卒業式に着たスーツを着てきました」


 普段は騎乗服が主体となり、それ以外の服を着て公の場に出ることなど無い鈴村騎手である。


 最近は、テレビ番組にも、競馬協会主催のイベントにも呼ばれる事が増えて来ている。その際には、友人である細川美佳が自身のマネージャーなどを巻き込んで、貸衣装やスタイリストなどの手配をしてくれていた。

 その為、番組などを見たりしている人達は、鈴村騎手に比較的垢抜けたイメージを持っている。


 しかし、その細川フィルターを通さない鈴村香織という人物は、服装や化粧などに頓着することなどない。自身で公の場で着る様な服を持っているかといえば、競馬学校卒業式に着たスーツのみであった。


 10年前の服であるが、騎手として常に体重制限があり、厳しい節制が求められる職業であるからこそスタイルの変化は小さく、今でも問題なく着ることが出来たのは良いのか悪いのか。


「そうねぇ。若し宜しければ、今度お買い物にお付き合いくださらないかしら? ご紹介したいお店とかがあるのよ。でも、騎手のお仕事はお忙しいわよね? お休みなどは、良い人とお約束が入っているのかしら?」


「え? い、いえ。今はベレディーやヒヨリで手一杯ですから」


「あら? 公私は分けないと駄目よ?」


 ぐいぐいと来る十勝川に、鈴村騎手は押されまくっている。ただ、周りの男性陣が会話に入るには中々に難しい話題であるために、周囲から助けの手が入ることは残念ながら無かったのだった。


 その後、鈴村騎手は十勝川から私生活を含め色々と質問をされ、時に女性としての助言迄受け、先程まで感じていた緊張など消し飛んでいる。ただ、それ以上の疲労を感じながら、表彰式を無事に終えるのだった。


◆◆◆


「ベレディー~~疲れたよ~~~」


 一日の調教を終えて綺麗にして貰った私が飼い葉桶のご飯をモグモグと食べていたら、鈴村さんがやってきました。


「ブフフフフフン」(今日は表彰式だったのよね? なんでいるの?)


 昨日まで表彰式に行きたくないとか、緊張するとか、色々と言っていた鈴村さんです。調教も別の人が行ってくれたので、別に鈴村さんが今日わざわざ来る必要は無いと思うのですが、何となく前の結婚式騒動の時みたいですね。


「う~~~、表彰されたのは嬉しいんだけど、でもああいう場は苦手なんだよ。ベレディーはいいなあ、式典とかで呼ばれること無いものね」


「ブルルルルン」(でも、美味しい物とか食べれたんだよね?)


 今日の式典では、本当は私も御呼ばれしたみたいです。でも、お馬さんだからとご主人様が代理で出席したそうです。そういった所って、美味しいご飯も付いてくるよね? 何となく立食パーティーとかがありそうです。


 いいなあ、美味しい物食べ放題ですよね。


「十勝川さんから今度一緒に買い物に行かないかって言われたんだけど、何となく服装が駄目だったみたいなの」


 そう言う鈴村さんですが、えっと、スーツ姿って言うんでしょうか? わたしも良く分からないんですけど、テレビとかで就職活動している学生さんとかが着ていた感じの服です。


「ブヒヒヒヒン」(お洋服は良く分かりませんよ?)


 何せ今はお馬さんですし、前世の記憶でもスーツとか着たこと無いですから。騎手の制服と考えれば騎乗服? でも騎乗服でパーティーはきつそうです。ドレスとかって普通の人は着ないですよね? でも、お馬さんを持っている人はお金持ちだからドレスが普通なのかな?


「ブルルルルン」(ドレスより、リンゴ飴とかのほうが嬉しいですよね?)


 滅多に着ない服より、食べ物のほうが良いと思うのです。そう話す私を他所に、鈴村騎手は何かぶつぶつ言っています。


「お正月に実家に帰ったら、いい加減結婚しなさいって煩さかったの。早くしないと子供が産めなくなるわよって」


「ブフフフン」(30過ぎたって、この前言ってたもんね)


 ある意味、鈴村さんのお母さんに同意なんですが、こんな鈴村さんにしちゃった原因もお母さんとかですよね? ただ、鈴村さんは兄弟は居るのでしょうか? 一人っ子だったら親としては心配ですよね。


「結婚以前の問題で、相手さえ居ないって言ったら、お見合いしろって言うんだよ。そんな暇ないって言ったんだけど、どうすればいいのかなぁ」


 うん、それを私に相談しても意味は無いと思うのですよ。


 それと、そのスーツでそこに座り込むのは、女性としてどうなんでしょう? お尻が汚れちゃいますよ?

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