第129話 武藤厩舎とフィナーレとトッコ

「ミナミベレディーは放牧に出てしまったか」


 有馬記念を終え、ミナミベレディーは栃木県にある牧場へと放牧に出された。


 例年であればサクラヒヨリも同様に牧場へと放牧に出されるのだが、今年は1月にあるアメリカジョッキークラブカップに出走する為に継続して調教が行われている。


「ミナミベレディーにはヒヨリのレースまでいて欲しかったが、流石にそんな無理は言えないしなあ」


「まあ、有馬記念を走ってそのまま放牧無しは有り得ないでしょう。聞こえて来た話ではドバイに挑戦するようですし、1月一杯は放牧なんじゃないですかね」


 武藤調教師は助手の言葉に頷きながら、サクラヒヨリの今年のレースについて考える。


「サクラヒヨリは、AJCCの後は中山記念、そして大阪杯だ。一番懸念していたミナミベレディーがドバイ出走となった。大阪杯での勝ち目も見えて来たはずだ」


「芝2000mであれば、ミナミベレディーが出走してもヒヨリが勝つ可能性はあると思っていました。もっとも、騎手が乗り替わると予想がつきませんが」


 鈴村騎手に慣れているサクラヒヨリが、長内騎手でどれだけのパフォーマンスをしてくれるか、そこが不確定であり思いっきり不安要素だった。


 それ故に、ミナミベレディーがドバイシーマクラシックへ出走する事となり、春のレースでサクラヒヨリに鈴村騎手が騎乗確定した。その事で、武藤厩舎としてもレースの組み立てに不安が減る事となった。


「鈴村騎手が騎乗している間に、重賞を一つでも多く獲りたいな」


「長内騎手は残念がるでしょうね」


「まあその分フィナーレで頑張ってもらうさ」


 サクラフィナーレも昨年の内に2勝し、すでに放牧に出されている。その放牧先は勿論ミナミベレディーが放牧に出された牧場であり、放牧でありながらも精神面も含めより一層の成長が期待できる。


「上手くすれば桜花賞か。まあそこまで期待するのは酷というものだが、ミナミベレディーとの放牧が本当に良い効果を齎してくれれば夢も見れる」


 武藤調教師から見てサクラフィナーレは、サクラヒヨリより更に成長が遅い気がしていた。気性に関してもムラが強く、どちらかと言えば気難しい馬だと言えるだろう。


「同じ姉妹でも、3頭ともそれぞれタイプが違いますからね」


「そうだな、ミナミベレディーは大らかな気性で、ヒヨリはヤンチャ、そしてフィナーレはどちらかと言えば内弁慶といった所か?」


「どうなんでしょう? 内弁慶というよりは引っ込み思案ですかね? あれだけ上2頭が強ければ、どうしてもああなるんじゃないですかね?」


 調教助手の言葉に、強い姉が上に二人も居れば人間でもああなるかと何処か納得できるものがあった。


「サクラフィナーレは、やはり秋以降に期待だな。それでも、春のレースをどうするかなんだが。フラワーカップで行きたいのだが、そうなると桜花賞の出走が厳しくなる。それこそ周りが何と言うかだよなあ・・・・・・」


 流石に昨年のサクラヒヨリのように共同通信杯という訳にもいかない。当時のサクラヒヨリの仕上がり具合と比べても、サクラフィナーレはまだまだ幼い。それ故にレース選択を悩むところではあるが、武藤調教師は桜花賞を基準に組み立てるかどうかで悩んでいた。


「桜川さんは無理をしなくても良いとの事だが、チューリップ賞で予定を組むしかないか」


「チューリップ賞で勝てないかと言われると、展開次第としか言えませんね。ただ、芝1600mではやはり厳しいですよ」


「キレイ産駒だからなあ。ただ、姉2頭はそれでも桜花賞を勝っているんだよなぁ」


 ブツブツと自身の考えを呟きながら、武藤調教師は思考を纏めていく。そして、漸くフィナーレのレースに対し踏ん切りがついた。


「どのみち桜花賞の前哨戦だ。チューリップ賞で惨敗したら桜花賞回避で行こう。本命はオークスだな。姉2頭が勝てなかったが、天候さえ味方に付けば可能性はある」


 どのみちチューリップ賞で善戦しなければ、桜花賞で勝てるはずも無いのだ。


 武藤調教師は、ここに来てようやく開き直ったのだった。


◆◆◆


「そう言えば、太田調教師から連絡があった件ですが、とりあえずベレディーの放牧した牧場を紹介したんでしたよね?」


「そうだな。太田調教師と話をした感じでは、プリンセスミカミはメンタル面がまだまだ幼いとの事でな。一度ベレディーの放牧のタイミングで一緒に放牧させてみたらと話はしてみた。北川牧場でベレディーを放牧した時には懐いていたという事だしな、悪い事にはなるまい」


 馬見調教師は、プリンセスミカミの馬主である三上氏からの相談に対し、一度この冬のタイミングでミナミベレディーと同じ牧場で放牧してみたらと提案してみた。


 ミナミベレディーはすでにGⅠを6勝している牝馬であるし、ここ数か月で一気に雰囲気なども出てきているように思う。そのミナミベレディーと共に牧場で過ごす事で、プリンセスミカミが精神的に成長するのではと説明していた。


「まあ、流石に馬が調教してくれるとは言えませんし」


 蠣崎調教助手の言葉に、馬見調教師も苦笑を浮かべる。


「ただ、サクラフィナーレも放牧に出されている。良い関係を築いてくれればよいが」


「まあ、ベレディーは誑しですから。ベレディーを巡ってのライバル関係になったりはするかもしれませんね」


 蠣崎調教助手の言葉に、実際に無い事も無い話ではあるなと思い、馬見調教師は苦笑を深めるのだった。


◆◆◆


 レースが終わって少しして、漸くですが放牧に出して貰えました。


 てっきりヒヨリも一緒に放牧に来るのかと思っていたのですが、今回ヒヨリはお留守番みたいです。厩舎が違うから私が放牧に出た事は判らないと思いますが、もし自分だけお留守番だったと後で知ったら・・・・・・うん、怖い事しますねぇ。


「ブフフフン」(私は無罪なんですよ!)


「キュフフフン」


「ブルルルルン」(ヒヨリも居ると思ってたのですよ)


「キュヒヒン」


 そこはハッキリと証言して貰わないといけません。その為、私の横でハムハムしているフィナーレに言い聞かせているのですが、今一つ伝わっている気がしませんね。


 それにしても、もう12月も終わったんじゃないかな? そうすると年を越したと思うのですが、お節料理も無いですし、神社にお参りに行くわけでもないですし、今一つ情緒と言うか感慨深い物がないのですよね。


 お節料理でなくても良いので、何か特別なお料理が欲しいですよね?


「ブルルルルルン」(お馬さんって、お餅は食べれるのでしょうか?)


 ただ、味付けのされていないお餅だとちょっとなので、やはり黄粉か餡子が良いですよね。お雑煮も捨てがたいですが、お椀を引っ繰り返さずに食べれる自信がないのです。


 食べ物の事を考えていると、お腹が空いて来たので牧草を食べます。ただ、牧草も冬で枯れているので瑞々しさが無いのです。


 そう考えると放牧は、やっぱり夏が良いですよね。


「キュフフフン」


「ブヒヒヒヒン」


 フィナーレがハムハムに飽きて来たのか、頻りに私と競争をしたがります。


 私のお腹に頭を擦り付けて、走る様に促してくるのです。


 私もレースの疲れはすっかり取れて来ているので、フィナーレと駆けっこくらいは問題無いかな? という事で、牧場内をタッタカとフィナーレを連れて走り始めます。


「キュフン」


「ブフフフン」(しっかり走るのですよ)


 ヒヨリがいると後ろからフィナーレを追い立ててくれるから良いのですが、私だけだとどうすれば良いかな? フィナーレもそろそろ大きなレースを走るようになるでしょうし、そう考えるともう少しスムーズに走り方を切り替えられるようにしないとですね。


「ブヒヒヒン」(私達は瞬発力が今一つらしいのですよ)


「キュヒヒヒン」


「ブルルルルン」(勝たないと馬肉ですよ?)


「キュヒン」


 競走馬は常に馬肉との戦いなんですよね? フィナーレも頑張らないとお肉になっちゃうんです。


 流石に、ここまで可愛がっているフィナーレが馬肉になっちゃったら悲しいので、ここは鬼にならないとです。


「キュフフフン」


「ブヒヒヒン」(甘えても駄目なんですよ?)


 疲れてくるとフィナーレは、すぐに甘えて来るのです。ヒヨリだと気にせず後ろから追い立てるのですが、私はどうしても甘くなっちゃいます。


 それでも、一日の結構な時間を走るので持久力はつくと思うのですが、どうなんでしょう? 見る限り放牧されている他のお馬さんで、私達みたいに走っている馬っていませんよ? だから大丈夫だと思うのです。


「ブフフフン」(筋肉痛になったら言うのですよ?)


「キュフフフン」


 無理して怪我や病気になるのも怖いです。あくまでも私は素人なので、加減が難しいのです。


 私がフィナーレの前を走ってタンポポチャさん走法をして見せます。フィナーレは、置いて行かれないように必死に走って来ます。ただ、中々走り方を変えようとしないのは、坂じゃ無いからかな? 私が走り方を変えてスパートするのが判ってないみたいですね。


 上り坂だとストライド走法は走り辛いので、自然とタンポポチャさんっぽくなるのです。それが、平らな所でも瞬発力に変わるのが判らないみたいです。


 これを教えるのは、結構大変そうですね。ヒヨリが居てくれると2頭で教えられるので楽なのですが、ヒヨリの時はどうしていたんでしたっけ?


「ブフフフン」(競い合う相手が欲しいですねぇ)


 思わずそんな事を思っちゃいました。

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