新しい年を迎えて

AJCCとタンポポチャの引退式

第128話 トッコの来年の計画と、リンゴ飴を食べれなかったトッコさん

 有馬記念の表彰式も無事に終わり、大南辺主催の祝勝会が近くのホテルで行われていた。


 有馬記念直後という事も有り、あくまでも身内達でのみの祝勝会であったが、その場で話される内容は主に来年度におけるミナミベレディーのレースをどうするかといった、実質的には方針打ち合わせ会であった。


「年度代表馬、4歳以上最優秀牝馬はミナミベレディーで決まりですよね。同一年での春秋天皇賞、春秋グランプリレース制覇、すっごいですよね! 今日のレースで思わず震えが来ちゃいました」


「そうですね。今年はベレディーの年と言っても過言ではない。終わってみれば、そんな一年でした」


 何故か混じっている細川嬢がそう話を振ると、馬見調教師が頷いて答える。


 本来、マスメディアの関係者という事で除外されるはずの細川嬢だが、なぜか普通に関係者の一人として参加していた。ちなみに、テレビ局はこの祝勝会は撮影していない。


「後日、行われる競馬協会の表彰式ですが、どういった感じでご連絡が来るのか。何せ初めての事ですから、ドキドキですよ」


 大南辺はそう言いながら満面の笑みを浮かべている。もっとも、このメンバーの中で表彰式に呼ばれるのは大南辺のみである。それ故に周りのメンバーは皆、苦笑を浮かべながらも生暖かく大南辺を見る。


「鈴村騎手も今年は飛躍の年でしたね。最終的にはリーディングは8位、獲得賞金は7位でしたか」


 鈴村騎手は、ミナミベレディーでGⅠを4勝、GⅡを1勝。サクラヒヨリでGⅠを2勝、GⅢを2勝。2頭合わせて今年は重賞を9勝している。正に飛躍の年と言っても過言ではない。


「ありがとうございます。でも、確かに今年は良い結果が残せましたが、ベレディーとヒヨリに助けられての結果ですから。乗鞍数はありがたい事に増えて来ました。まだまだ、未熟な点も多いですが、此処でしっかりと結果が残せるように頑張ります」


「そうですね。うちも同様です。他の預託馬も結果を出してくれてはいますが、重賞となると出走は出来ても結果となると。来年こそこの勢いに乗って、より結果を出さないといけませんね」


 ミナミベレディーが春秋天皇賞、春秋グランプリと大きなレースを4勝したとはいえ、1頭だけの成績では流石に馬見厩舎として上位に入る事は厳しかった。それでも、近年の成績によって馬見厩舎でも預託馬は増え、重賞はともかくとしてもオープン馬への期待が出来そうな2歳馬も入って来ている。


 そう考えれば、来年に向け馬見厩舎としても明るい兆しが見えている。その為、自ずと表情は柔らかくなる。


 みんなの会話を余所に、桜花は黙々と食事をしていた。


 食事制限がある鈴村騎手が居る為、是まで同様桜花に鈴村騎手から手を付けない料理がスライドされる。桜花は、その料理を黙々と食べていたりする。細川嬢も食事量は気にする為、どうしても年齢的にも若い桜花に、更なる料理が集まる傾向にあった。


 ちなみに、桜花の隣に鈴村騎手、鈴村騎手の向かいに細川嬢、桜花の正面には大南辺道子と女性陣が固まって座っている。


「此処から上の騎手は、それこそ格が違う人が居ますから。上位3名は勝率もそうですけど、獲得賞金も私の3倍近いです。それでも、この一年で一昨年くらいまでの私の総獲得賞金に匹敵するくらいの賞金を頂けました。本当に夢みたいです」


「鈴村さんも、これでGⅠを何勝になるんだっけ?」


「ベレディーとヒヨリ合わせて8勝です。本当に夢のようです」


「競馬協会特別賞も貰えるかもだよ? 何と言っても今年GⅠを6勝でしょ。もしかしたらだよね」


 細川嬢の質問に、鈴村騎手が答え、それに桜花が意見を言う。中々に賑やかな席に座りながら、道子は鈴村の発言にちょっと心配になって尋ねる。


「鈴村さん。ちなみに、確定申告とかはどうされているの?」


 お金絡みに厳しい道子ならではの指摘で、何時の間にか話題は鈴村騎手の金銭がらみに移行していくのだった。


 そんな女性陣とは違い、馬主である大南辺、馬見調教師、蠣崎調教助手は、来年のミナミベレディーが出走するレースをどうするかで意見を擦り合わせている。


「大阪杯は、まだベレディーは走った事がありません。秋の天皇賞でも勝てていますし、出来れば出走させてみたいですね」


「そうですなあ。あと、ベレディーは長距離に強い。であるなら、やはり春の天皇賞は出したい所ですが」


 馬見調教師の言葉に続き、大南辺も意見を述べる。


 距離的に2000mは秋の天皇賞と同じく厳しいレースになる可能性がある。その点、距離が延びた2400m以上のレースでは、比較的危なげなく勝利しているようにも見える。


「距離的に激戦の2000mですが、そこを勝利していると先々の評価は不動になりそうですね」


「流石にマイルは走らせられないからな」


「相手次第だとは思いますが、敢えてマイルを走らせる必要は無いでしょう」


 実際の所、桜花賞を勝利しているとはいえ1600Mは厳しいだろう。今年のマイルを制覇したと言えるタンポポチャが引退したとは言え、トカチマジックを含め強敵は多数いる。


「あと問題は海外ですか。色々な声が聞こえて来ますから、ただ出走させるとなると秋ですか?」


「春となるとドバイなどでしょうか? 私は海外のレースに造詣は深くないのですが、馬見調教師は如何に考えて見えるのですかな?」


 蠣崎調教助手の言葉に、大南辺は率直に馬見調教師へ尋ねる。その質問に馬見調教師も少し考え込む。


「自分で見た訳ではありませんが、調べた限りでは欧州の遠征は厳しいかと。重馬場を苦にするベレディーとしては、来年も実績を残すなら出来るだけ日本のレースや、日本の馬場に近いコースが良いと思いますが」


「そうすると、やはり春は大阪杯と天皇賞をターゲットとなりますな」


「そうですね。それが無難ではないかと」


 国内の競馬ファンの中からは、海外GⅠレース挑戦などへ期待する声が増え始めている。今回の有馬記念優勝で、その声は更に強くなるだろう。その中でも、特にドバイシーマクラシックや、凱旋門賞を望む声は大きく、今後のレース選びは中々に大変になる事が見えていた。


「あとは、騎手ですね。特にサクラヒヨリと同じレースへ出走となると、鈴村騎手はどちらかにしか騎乗出来ません。既に鈴村騎手からはベレディーを優先すると言って貰えていますが、鈴村騎手としては出来れば2頭に騎乗したい所でしょう」


「それもありましたね」


 今年の重賞レースにおいても、エリザベス女王杯や有馬記念など、サクラヒヨリと同じレースを走る可能性はあった。その為、馬見調教師は鈴村騎手の意思確認は済ませていた。


 特にサクラヒヨリの乗り替わりとなると、ミナミベレディーが引退した後に鈴村騎手がサクラヒヨリの主戦に戻れるかは何とも言えない。それを考えると鈴村騎手としては断腸の思いだろう。


「サクラヒヨリは、大阪杯に出走すると思われます。春の天皇賞はベレディーの状況次第でしょうか?」


 蠣崎調教助手の質問に、馬見調教師達は頷いた。


「思い切ってドバイも視野に入れてみますか。勿論ベレディーの体調次第ですが、まあベレディーには稼がして貰いましたよ。夢も見させてもらいましたし、見せて貰っています。負けて元々でも構いませんから走らせても良いですかな」


 大南辺の言葉に、馬見調教師や蠣崎調教助手ですら驚きの表情を浮かべる。


「馬見調教師には多大なお世話になりました。どうせなら、海外経験をここで積んでも悪く無いでしょう。十勝川さんも協力してくれるとの事ですから、それに甘えましょう。鈴村騎手も今度は初の海外経験ですね。楽しみですね」


「いや・・・・・・大南辺さん。本当にそれで宜しいのですか?」


「ええ、まあベレディーですから。のほほんとした様子で、ドバイでもあっさり勝ってしまうかもしれません」


 そう言って笑う大南辺の発言に、誰もがその様子が見えるかのようで、誰もが同じように笑い声をあげるのだった。


◆◆◆


「ブフフフフン」(結局、リンゴ飴は貰えなかったのです)


「キュフフン」


「ブルルルン」(ぜんぜん、お祭りじゃ無かったんです)


「キュヒン」


 お祭りという言葉に騙されて、全然お祭りっぽくないレースを走った私は、美浦トレーニングセンターに戻って来ました。鈴村さんがお祭りっていうから楽しみにしていたのに、全然お祭りじゃ無かったのがショックです。


 でも、タンポポチャさんが先日のレースで引退だって鈴村さんが言っていました。


 でも、お祭りじゃないのにお祭りだって言う鈴村さんが言う事だから、本当か判らないですけどね。これでタンポポチャさんに2度と会えなくなるとなると寂しいのです。


 私が引退したら、タンポポチャさんのいる牧場に遊びに行ったり出来ないのでしょうか? ちょっとそこは気になりますよね。


「ブフフフフフフン」(お姉ちゃんが、ヒヨリの代わりにタンポポチャさんに勝ちましたからね)


「キュヒヒヒヒン」


 エリザベスさんのレースで、ヒヨリがタンポポチャさんに負けてショボンとしていたのを思い出しました。そこで、先日のレースでタンポポチャさんに勝った事をヒヨリに伝えておきましょう。


 お姉ちゃんの威厳が、これで強化されるはずです。ギリギリ勝てた事とか、危うく負けそうだったこととかは内緒なのです。如何にも余裕で勝てたように話してあげました。


 ふふふ、これでお姉ちゃん凄い! ってなりますよね。


 ただ、そういえば私の引退はどうなったのでしょうか? 桜花ちゃんの所の牧場で、のんびりスローライフも良いのですが。ご飯を食べて、リンゴとかニンジンも貰って、放牧されれば牧草も食べ放題。


 でも、レースを走って勝たないと私としての収入が無いですから、ご飯は減るのでしょうか? リンゴを貰える回数が減るとなると悲しいですね。そう考えれば、ずっと走っている方が良いのかな? 中々に悩み処です。


 あと、一抹の不安は、お母さん達って繁殖牝馬さんなんですよね。私達を産んでいるんですから、当たり前なんですが・・・・・・。


 うん、考えない事にしましょう。とりあえず、リンゴが欲しいですね!


「ブヒヒヒン」(お腹がすきました~)


「キュヒン」


 リンゴの事を考えていたら、お腹が空いたのです。ただ、ヒヨリが何か呆れたような視線を送って来るのは何故なのでしょうか?

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